ヨハネ福音書7:1~10
「私の時はまだ来ていないが、あなた方の時はいつでも用意されている」
ヨハネ福音書は主イエスが宣教なさった3年間の様子を記録しています。宣教の1年目に主イエスはガリラヤで弟子たちを集め カナで最初のしるしを行われました。
過越祭の時期、つまり春にエルサレムに上り、神殿から商人たちを追い出し、夜ニコデモと対話をなさいます。そしてユダヤを離れ、サマリアを通ってガリラヤに戻り、再びカナで2度目の印を行われました。
その年の終わりに再びエルサレムに登って祭りに参加し、安息日に病気の人を癒されたことで、ユダヤ人の指導者たちの内に、主イエスへの殺意が芽生えました。これを知って、主イエスはリラヤへと戻ることにされました。
これが、イエス・キリストの宣教1年目の活動です。
宣教の2年目には春の過ぎ越し祭の時期に5000人の人たちを癒し、その後彼らと対話をされました。今、我々が見ているところです。
今日読んだところのはじめには、「こののち、イエスはガリラヤをめぐり歩いていた」とあります。この半年間、主イエスはガリラヤを巡回しながら、神の国の福音を宣教しておられたのでしょう。季節は秋になり、収穫の祭りである「仮庵祭」の時期となりました。
仮庵際について、少し解説を加えておきたいと思います。この祭りは収穫のある 9月か10月の1週間、開催される秋の収穫祭です。これが、ユダヤの人たちにとっては年末の収穫祭であり、新年祭でもありました。つまり仮庵祭が、年の変わり目となるのです。
祭りの間の1週間、人々は畑に小屋を建ててそこで過ごします。そうやって自分たちの先祖が体験した出エジプトの荒野の苦しみと天幕生活を記念し、追体験するのです。同時に、神の導きと守りを思い出して、自分たちが生きているこの世が仮の住まいであることを告白するしるしとしました。終わりの日には自分たちが天の国という「約束の地」に入れられることに思いを馳せる祭りでした。
主イエスの兄弟たち、つまり弟たちは自分たちの兄イエスが、エルサレムに行くことを期待しました。主イエスはもうガリラヤでは有名人でした。ガリラヤ地方を巡り歩いて、いろんな会堂で宣教なさっていました。水をワインに変え、役人の息子を癒し、5000人を満腹させ、水の上を歩くという全ての奇跡はガリラヤにおいてなされたことでした。
主イエスの兄弟たちは「ことをひそかに行って自分を知ってもらうような人はいません」と言って、自分たちの兄がエルサレムで有名になるよう励まし、勧めます。確かに、仮庵の祭りで、たくさんの人たちがエルサレムに巡礼に来ている中で何か奇跡を行えば、人々からの賞賛を得ることになります。兄弟たちの言うことは正論です。
しかし、ヨハネ福音書は、主イエスの兄弟たちも主イエスのことを「信じていなかった」、と書いています。
ここで私たちは考えさせられることになります。ここで聖書が言っている「信じる」とはどういうことなのでしょうか。
主イエスの兄弟たちは、自分たちの兄のことを信頼していたことは間違いありません。
自分たちの兄に対する信頼があったからこそ、エルサレムの人たちに奇跡を見せよう、と提案したのです。
しかし、そのような信頼について、聖書は、「それは信じるということではない」と断じています。それでは、イエス・キリストを信じるとはどういうことなのか、ということです。
主イエスの弟たちは、間違った期待を持っていました。それは「自分たちの」期待でした。彼らが自分たちの兄イエスに求めたのは、公の場で奇跡を行って自分の力を示してこの世の成功を収めることでした。兄が成功を収めると自分たちにも何かいいことがあるのではないか、という期待があったのではないでしょうか。
しかしそれは、主イエスがお望みになったことではありませんでした。主イエスを信じる、ということは主イエスがお望みのことを同じように求める、ということでしょう。
主イエスはご自分の兄弟たちに「あなたたちはエルサレムに上りなさい。私の時はまだ来ていないから祭りには行かない」とおっしゃいました。「私の時はまだ来ていない・私の時はまだ満たされていない」とおっしゃいます。
主イエスは、最初のしるしを行われたカナの婚礼の席でも、同じことをおっしゃいました。母マリアから「葡萄酒がなくなりそうだから何とかしてほしい」と頼まれたとき、主イエスは「私の時はまだ来ていない」とお答えになるのです。
「キリストの時」というものがあります。主イエスの兄弟たちをはじめ、主イエスを信じられなかった人たちが求めていたのは、「キリストの時・神の時」ではなく、「自分たちの時」でした。「自分たちにとって何かいいことが起こる時」です。
しかし主イエスにとっての御自分の「時」は、十字架の時なのです。ヨハネ福音書は、主イエスの十字架のことを「栄光」と呼んでいます。十字架という処刑方法による死がなぜ「栄光」なのか、普通に考えると分かりません。
しかし、聖書は、この方の十字架上の姿こそ「栄光の姿」であり、それこそ私たちにとっての「救いの時」であり、自分たちの罪が許され神への立ち返る道が切り拓かれた「時」であることを伝えています。
その「救いの時」「キリストの栄光の時」を求めることが、この福音書においては本当の意味で「信じる」ということなのです。
私たちは福音書を読むたびに、「キリストを信じるとはどういうことか」ということを問われています。それは「キリストと共に歩むとはどういうことか」ということでもあります。
都合のいい時だけキリストと共に歩いて、少ししんどくなったら、キリストから離れて楽な道を選ぼうとしてしまうのが、我々弱い人間の歩みではないでしょうか。
しかし今、私たちには「キリストの時」が十字架という栄光の時であったことを知っています。自分が今キリストに抱いているものが、本当に信仰と呼べるものなのか、自分の身勝手な期待なのか聖書は私たちに常に問いかけるのです。
さて、御自分の兄弟たちに「私はエルサレムに行かない」とおっしゃった主イエスでしたが、兄弟たちがエルサレムに出かけた後、ひそかにエルサレムに向けて出発されました。皆に知ってもらえばいいのに、という期待を持っていた兄弟たちとは思いとは反対に、主イエスは誰にも知られない仕方でエルサレムに上って行かれた。
大切なことは、主イエスは人が望む仕方でエルサレムには行かれていない、ということです。そして、人が期待する仕方ではエルサレムで活動なさっていない、ということです。
仮庵の祭りは、水と光の祭りでした。神はイスラエルの出エジプトに水を与え、光で導かれことによります。人々はそれを仮庵の祭りの中で思い出すのです。そしてこの水と光の祭りの中で主イエスはご自分のことを「命の水」「世の光」として示されることになるのです。
「祭りの盛大な最終日に、イエスは立ったまま叫んだ。『誰か渇いている人があれば、私のところに来て飲むがよい』」(7:37)
「私は世の光である。私についてくる者は闇の内を歩むことなく、命の光を持つことになる」(8:12)
この主イエスの言葉に対して、世の人々はどうだったでしょうか。人々は主イエスのことを命の水として求めただろうか。主イエスのことを世の光として求めたでしょうか。
人々は疑いました。目の前にいる人が自分のことを命の水だと言っても、世の光だと言っても、簡単に信じられるものではないのです。多くの人は疑いました。信じた人たちも、主イエスの言葉を更に聞いているうちに、「よくわからない」と離れて行ってしまいます。
このことは、今でも変わらないのではないでしょうか。聖書を読んでも、聖書の言葉を聞いても、簡単に受け入れて信じる人はほとんどいません。聖書に興味が湧いても、自分の主義主張と異なることが書かれていたり、理解しづらいことがあったりすると背を向けてしまうのです。自分の期待に応えてくれないキリストであれば、ついて行こうとしなくなります。
繰り返しますが、キリストに自分に都合のいい期待をかけるということは、本当の意味で「信じる」ということではありません。キリストがお求めになることを、キリストと共に求めていく、ということが私たちにとって「信じる」ということなのです。
キリストがどこに行こうとそこへとついて行くことが出来るか。 Continue reading →