4月23日の礼拝説教

使徒言行禄18:23~28

「彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった」(18:25)

パウロは二度目の宣教旅行で、ヨーロッパ大陸へと聖霊に導かれて来ました。福音宣教の旅を終えて、エルサレム、アンティオキアへと戻っていきました。23節には、パウロがしばらくアンティオキアにしばらく滞在したことが書かれています。アンティオキアで次の福音宣教の旅の準備を整えながら、出発するのにいい時期・季節を待っていたのでしょう。

ここからパウロの三度目の福音宣教の旅が始まることになります。この第三回福音宣教の中でパウロは多くの手紙を書き残すこととなりました。後のそれらの手紙が、新約聖書の中に入れられ、今の私たちの元へと残されることになります。

まず、このことを少し考えておきたいと思います。なぜパウロは、旅をしながらいろんな教会に手紙を書いたのでしょうか。理由は簡単です。それぞれの教会で、いろんな問題が起こっていたからです。

パウロはコリントの信徒への手紙の中でこう書いています。

2コリ11:28 「日々私に迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。誰かが弱っているなら、私は弱らないでいられるでしょうか。誰かがつまずくなら、私は心を燃やさないでいられるでしょうか」

パウロが自分の足で駆けずり回っても解決しきれないほど、諸教会の中に問題が起こっていたのです。パウロはいろんな教会に手紙を書き、教会が純粋な教会として、聖いキリストの体として、誠実な信仰共同体であるよう、訴えていったのです。

パウロが第三回宣教旅行の中で、いろんな教会を心配して書き送ったたくさんの手紙が新約聖書に入れられて、今まで教会で大切に読まれてきました。教会は、パウロの手紙の中に見られる諸教会の問題を他人事とせず、自分たちへの戒めとして読んできました。パウロが当時抱いていた「厄介ごと、心配事」は今の教会にも変わらずある、ということなのです。教会の中に起こってくる問題は、根本的なところでは今も昔も変わらないのです。

教会は「設立されてそこで完成」、自分は「キリスト者となってそれで終わり」、というものではありません。それはスタートであってゴールではないのです。自分がキリスト者になることよりも、キリスト者であり続けること、キリスト者としてまっすぐに歩み続けることの方が実は難しいのです。教会を作ることよりも、教会がキリストの体として正しく立ち続けること、キリストの十字架によって敷かれた道を踏み外さずに歩み続けることのほうが難しいのです。

旧約聖書に記されているイスラエルの歩みを振り返るとよくわかります。何の取柄もない弱小の民イスラエルを、神はただ愛され、御自分の民とされました。イスラエルは神と契約を結び、神と共に生きる道を選び取りました。

しかし、その後のイスラエルを見ると、この世の誘惑の中で、神の民として相応しく歩めなかった、ということがわかります。イスラエルは、神が示された道を何度も踏み外してしまいました。旧約聖書は、そのイスラエルの失敗の歴史の記録です。

イスラエルが出エジプトを終え、これから約束の地に入ろうとする直前で、神はモーセを通しておっしゃいました。

申命記8:11以下 「あなたが食べて満足し、立派な家を建てて住み、牛や羊が増え、銀や金が増し、財産が豊かになって、心驕り、あなたの神、主を忘れることのないようにしなさい」

この言葉は、今の私たちにとっても有益な警告ではないでしょうか。この世には、私たちを神から引き離す誘惑に溢れています。満腹になり、大きな家に住み、財産を得て、心がおごる時、私たちの心はそれでも神に向いているでしょうか。

神は、約束の地に入るイスラエルに、前もって警告なさいました。それにも関わらず、イスラエルは約束の地に入り、すぐに快楽を伴う偶像礼拝へ心惹かれていったのです。

同じ誘惑が今、キリスト教会に、キリスト者に向かいます。私たちは洗礼を受け、そこからキリスト者としての本当の歩みが始まります。それは、誘惑との戦いの日々が始まる、ということです。神が示された道を歩むことが出来ているかどうか、私たちはいつでも聖書から問われるのです。

さて、パウロがアンティオキアに戻っている間、エフェソの町ではアキラとプリスキラの夫婦がそこに留まってパウロ帰りを待っていました。ここでアポロという人が登場します。この人は、アレクサンドリアという北アフリカにあった街からやって来たユダヤ人でした。「聖書に詳しい雄弁家」であった、とあります。

この人がどのようにイエス・キリストのことを知ったのかは書かれていません。使徒言行禄には記録されていないところでも、福音はアフリカにまで何らかの形で広がっていた、ということがわかります。無名の使徒たち・キリスト者たちの、知られていない福音宣教がありました。

アレクサンドリアは、地中海全域に離散して住んでいたユダヤ人の共同体の中で最も栄えていた都市です。非常に洗練された学問の都で、当時、博物館や図書館も建てられていました。ギリシャとユダヤの高度な文化交流がなされていた町です。

アポロはそのような町で生まれ育った、非常に高度な教養のあった人でした。ユダヤ人だったので、聖書に精通していました。それだけでなく、アポロは、「主の道」を受け入れていた、と書かれています。「ナザレのイエスをメシア、キリストとして受け入れ、信じていた」、ということでしょう。

アポロはエフェソの会堂で雄弁に、大胆に聖書とイエス・キリストを正確に語りましたが、ここをよく見るとアポロは「ヨハネの洗礼しか知らなかった」と書かれています。「ヨハネの洗礼しか知らなかった」ということがどういうことなのかはよく分かりませんが、イエス・キリストに関して、何か理解が足りなかったようです。そこで、アキラとプリスキラは、アポロを自分たちの滞在場所に招いて、もっと正確に「神の道」を説明しました。

これは不思議な光景です。学術都市アレクサンドリアから来たエリートの学者アポロに、ローマから追放された革職人のユダヤ人夫婦が聖書を教え、それをアポロが謙虚に聞くのです。

アポロは夫婦から正しく福音を聴き、海を越えてヨーロッパのギリシャのアカイア州、コリントの町に渡って行きました。今日読んだ最後のところを見るとこう書かれています。

「アポロはそこへ着くと、すでに恵みによって信じていた人々を大いに助けた。彼が聖書に基づいて、メシアはイエスであると公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せたからである」

この「ユダヤ人」というのは、パウロをコリントから追い出したユダヤ人たちのことです。そんな人たちを相手に、メシアはイエスであると聖書に基づいて語り、「説き伏せた」というのですから、アポロの言葉はパウロ以上に激しく、説得力があったのでしょう。

パウロはコリントの町にこう手紙を書いています。

1コリ3:4以下 「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です」

教会の成長は不思議です。その時その時で、必要な働き手が与えられるのです。コリントの町では、初めにパウロが行き、福音を伝えましたが、途中でユダヤ人たちによって追い出されてしまいました。しかしその後にアポロが来て、そのユダヤ人たちを説き伏せるのです。そうやって、必要な時に必要な仕方で福音の種がまかれ、水が注がれ、神による成長が与えられるのです。

パウロは、こう書いています。

1コリ3:9 「私たちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです」

教会は神の畑です。

イエス・キリストは弟子達におっしゃいました。

「目を上げて畑を見るがよい。色づいて借り入れを待っている。刈り入れる人は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めている。こうして、種を蒔く人も刈る人も、共に喜ぶのである」

パウロとアポロの業を通して、私たちは教会に働く神の御業の不思議に打たれるのではないでしょうか。畑は色づき、収穫を待っています。私たちは福音の種を蒔いたり水を注いだりする中で、「うまくいった・・・いや、だめだった」と喜んだり落ち込んだりします。しかし、神はもっと高いところで、広い視野をもって、教会に必要なものを必要な時に与えてくださり、成長させてくださるのです。私たちが思ってもみなかったところから何かが「上から」与えられるのです。

さて、今日読んだところで、「主の道」「神の道」という言葉が用いられています。この言葉に注目したいと思います。アポロは「主の道」を受け入れていました。アキラとプリスキラはアポロに正確に「神の道」を説明しました。

「主の道」「神の道」とは何でしょうか。

聖書で一番初めに「主の道」という言葉が使われているのは創世記18:19です。神がアブラハムをお選びになった理由をおっしゃった時です。

「私がアブラハムを選んだのは、彼の子孫に『主の道』を守り、主に従って正義を行うように命じるためだ」

「主の道」というのは、「神に従って正義を行う生き方」のことでした。

出エジプトの荒野の旅を終える時、モーセはイスラエルに言います。

「あなたの神、主の戒めを守り、『主の道』を歩み、神を畏れなさい」

出エジプトの旅を歩んできたイスラエルにとっての『主の道』とは、エジプトから約束の地へと続く「荒野の道」のことでした。イスラエルは荒れ野の旅の中で「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出る全ての言葉によって生きる」ことを学んだのです。

モーセは、これから約束の地に入って行こうとする人々に警告します。

「あなたは『自分の力と手の働きで、この富を築いた』などと考えてはならない。むしろ、あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである」

私達信仰者にとって「生きる」とはこの「主の道」を歩くことです。主に従い、正義を行い、神が示される約束の地へと歩みを進める、ということです。そしてその道の上で私たちは思い上がりを捨てて「自分が神に生かされている」ということを学んでいくのです。

預言者イザヤはこう預言しました。

「呼びかける声がある。主のために、荒野に道を備え、私達の神のために、荒れ地に広い道を通せ」

「神のために荒れ野に広い道を通す」・・・これは、バビロンに囚われていたイスラエルの民が、解放されたエルサレムへと帰還する道のことです。イスラエルの民は、バビロンから荒野を通ってエルサレムへと帰って行くことになります。それは神がイスラエルにお与えになった、「神の元へと通じる道」「神の恵みの支配・故郷への旅路」でした。それが「主の道」「神の道」だったのです。

今、教会に「主の道・神の道」が与えられています。イエス・キリストが十字架で死なれた時、神殿の垂れ幕が上から真っ二つに裂けました。キリストは天への道、神へと立ち返る道、「主の道」を切り拓いてくださったのです。

私達の歩みは、神の御元へと戻っていく歩みです。それは「天の故郷へ帰還」の歩みです。神は、キリストを求めながらキリストが敷いて下さった「主の道」を歩む信仰者・教会の上に、種まきと水やりを続け、今でも私たちを成長させてくださっています。

今日私たちはアポロという人を見ました。この後、アポロがどこに行き、何を語ったのか、どんな活躍をしたのか、ということは何も書かれていません。アポロもまた、一人の無名の信仰者としてその場、その場で自分が出来る仕方でイエス・キリストを、聖書の言葉を伝えていったのでしょう。

私たちも、その小さな業へと召されています。小さな歩幅でいいのです。「主の道」を確実に歩んで行きましょう。