MIYAKEJIMA CHURCH

4月20日の礼拝説教

ヨハネ福音書12:20~26

イースターを迎えました。この日曜日の朝早く、イエス・キリストは墓の中から復活され、ご自分を見捨てて逃げた弟子達に現れ、神の救いの御業のために働くようもう一度召し出されました。ご自分を十字架で殺したこの世の人々を許し、神の御許へと招くために、ご自分を見捨てた人たちを召し出されたという、この世の価値観では測り知れない、神の招きのご計画でした。

私たちはこの神の招きの不思議に、圧倒されるのではないでしょうか。聖書は、どんなに人間が神に背を向け神から離れてきたか、という罪の歴史を記録しています。そして神が人間の罪の歴史の中でどんなに多くの警告と許しと招きの言葉を、預言者を通して語って来られたかということも書いています。

私たちは特に旧約聖書から、いかに簡単人間が神を忘れ、神以外のものに心を奪われてしまうのか、ということを知ることができます。神の民イスラエルであっても、偶像礼拝や異教の神々になびかず、真の神への信仰を貫いたのはその時代その時代の少数の人たちでした。

その時代の少数の信仰者たちのことを聖書は「残りの者たち」と呼んでいます。文字通り、残り者のように取るに足らない数の人たちが、次の時代へと正しい信仰を残し、不思議とその少数者の信仰は消えることなく守られ、今、ここまで残されてきました。

イエス・キリストが十字架で殺されたことで、キリストへの信仰は途絶えるかと思われました。自分たちが従おうとする先生が死んだのだから、弟子達は、もう自分たちの道は途絶えた、と思いました。しかし、十字架の死から三日目の朝、主イエスの墓が空になっているという知らせを聞いたのです。

あの朝、「ナザレのイエスの墓が空になった」、という知らせがこの世界の歴史を大きく変えることになりました。もしもあの朝、墓が空になったという知らせが弟子達に伝えられなかったとしたら、どうだったでしょうか。今、私たちはどこで何をしていたでしょうか。今頃、何を信じていたでしょうか。自分がやがて迎えることになる肉体の死というものをどう考えていたでしょうか。

復活の希望とか永遠の命とかいう言葉を聞いたとしても、それは非科学的だ、それは夢物語だ、人が描く幻想に過ぎない、と言って、自分の死の向こう側にまで続く信仰の希望を持つことはなかったでしょう。

旧約聖書で書かれているすべてのことが、あの朝のイエス・キリストの復活という出来事に集約されています。そして新約聖書に書かれているすべてのことは、あの朝のキリストの復活がなければ、書き記されることはありませんでした。

今、はるか時代が下って、私たちのような少数の「残りの者たち」と呼ばれるような者たちが変わらずキリストの復活を記念する礼拝を続けているということこそが、聖霊が働いている証拠ではないでしょうか。

ラザロを復活させられた直後のイエス・キリストのお姿を今日は見ていきたいと思います。ラザロを生き返らせたことで、エルサレムの人たちは熱狂的にナザレのイエスへと向かうことになりました。祭司長とファリサイ派の人たちは、このことを危惧しました。過越祭はユダヤ人が自分たちをエジプトから解放してくださったことを記念する祭りであり、ユダヤ人の愛国心が一気に高まる時でした。

自分たちを支配するローマからいつか解放してくれるメシアを待っていた人たちは、ナザレのイエスという人に向かって行きました。死者を生き返らせるなどという大きな奇跡を見たことがなかったからです。

しかし祭司長たちは、そのことでエルサレムの中に混乱が生じ、その結果ローマ人が来て、ユダヤの神殿も国民も滅ぼしてしまうことになるのではないかと恐れました。その不安の中で、大祭司カイアファは「一人の人間が死に、国民全体が滅びないで済む方が、好都合だ」と言いました。イエスを殺して、自分たちの国に波風を立てない方がいい、という考え方です。「この日から、彼らはイエスを殺そうとたくらんだ」とあります。

さらに、ナザレのイエスがラザロを墓の中から起こしたことで、多くのユダヤ人が主イエスのことを信じるようになったので、祭司長たちは復活の生き証人であるラザロも殺そうと考えるようになりました。

ユダヤ人指導者たちの思いとは逆に、ユダヤの人々はどんどんナザレのイエスの方に向かっていきました。結果的にこのことが主イエスを十字架の死へと向かわせていくことになります。

「一つの国が犠牲になるよりも一人の人間が犠牲になればいい」、という祭司長たちの考えは、常識的な考えと言っていいでしょう。人数だけで物事を測るとそうなるのです。犠牲になるその一人がなんの落ち度もない人であっても、一つの国の滅びと天秤にかけると、その人の命は軽く扱われるだろう。理不尽ではありますが、国を守るということならそのような考えになるでしょう。

しかし聖書が証ししているのはユダヤ人指導者たちの計画ではなく、神の救いのご計画が実現していく、ということなのです。たしかに、主イエスの命は十字架で絶たれることになります。しかしそれは一つの国民をローマから救ったのではなく、全世界の罪びとを救うことになった神の救いのご計画の実現であったことを証言しているのです。

祭司長たちの殺意を持った水面下の企みですら、神は不思議な仕方で救いの計画のために用いられているのです。メシアがご自分の命を投げ出して全世界に、神へと立ち返る道を示されることになるという救いの神秘がここにあります。

この時期、エルサレムには過越祭への巡礼に来ていたギリシャ人がいました。当時、ディアスポラと呼ばれる地中海全域に離散して住んでいたユダヤ人がいました。パレスチナ以外の土地に住んでいたユダヤ人たちはギリシャ語を話していました。

しかし、ここに出てきたギリシャ人というのは、ギリシャ語を話すユダヤ人たちのことではありません。ギリシャ人でありながら、ユダヤ人たちが信じる神に強い関心をもってエルサレムへと巡礼に来ていた人たちです。ユダヤ人たちから見れば完全に「異邦人」です。

使徒言行録には、ギリシャ人たちは何か新しいことを知ろうという強い思いを持って日々を過ごしていたということが書かれています。このギリシャ人たちは、何か新しいことを求め、ユダヤ人たちが信じる神に、聖書に、真理があるのではという期待を持ってエルサレムに来ていた人たちでした。

ギリシャ人たちは、エルサレムの群衆が喜びの叫び声をもって迎え入れたイエスという人を見ました。「あの方は一体何者だろう」、と彼らは「あのイエスという方にお目にかかりたい」と、主イエスの弟子のフィリポに取次を願いました。

主イエスはご自分のもとに連れてこられたギリシャ人をご覧になり、「人の子が栄光を受ける時が来た」とおっしゃいました。これまで、主イエスは「私の時はまだ来ていない」とおっしゃってきました。カナの婚礼でご自分の母マリアに、「私の時はまだ来ていない」とおっしゃり、サマリアの井戸端でサマリア人女性に、「あなたがたが、この山でもエルサレムでもないところで、父を礼拝する時が来る」とおっしゃいました。そうやって、また来ていない、やがて来るであろう「イエス・キリストの時」があることを示してこられました。

しかし今、ギリシャ人たちがご自分のところに来たのをご覧になり、「時が来た」と宣言されました。それはご自分が「栄光を受ける時」のことでした。

「人の子が栄光を受ける時」とは何のことでしょうか。このあと主イエスがおっしゃった言葉を見ればわかります。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」

一粒の麦として、多くの実を結ぶために地に落ちて死ぬ時、それが、主イエスに定められた「時」だったのです。主イエスはここまでガリラヤ、ユダヤ、サマリア、エルサレムと宣教を続けてこられました。そして今、ユダヤ世界の外から主イエスを求める人たちが現れました。福音が、神の招きが、ユダヤから全世界へと広がる時が来たのです。

イエス・キリストは死を逃れようと思えば、いつでも逃げることはおできになりました。人間的な栄光の道を選び、群衆に祭り上げられ、地上の栄光を楽しんで生きるという選択肢だってあったのです。しかし、ご自分の地上の栄光ではなく、世界を永遠の命へと導くために一粒の麦として地に落ちる道を選ばれました。その一粒の麦が結ぶ実が、キリストの栄光を表すこととなります。

ロバに乗ってエルサレムに入られた主イエスはご自分を大歓迎した人々に、ご自分の栄光は低い栄光であることを示されました。人間的・地上的・この世的な勝利ではなく、地に落ちる一粒の麦として世に来られたのです。

ご自分の死を通して栄光をお受けになるという神のご計画の不思議がここにあります。ご自分の十字架と復活が、地に落ちた種として神に収穫されることになるのです。

イザヤ書55章

「私の思いは、あなたたちの思いと異なり、私の道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。天が地を高く超えているように、私の道は、あなたたちの道を、私の思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種まく人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出る言葉も、空しくは私のもとに戻らない。それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす」

神は、無駄な種まきをなさることはありません。必ず、私たちの思いを超えたところで、福音の収穫を刈り取られることになります。

主イエスは、ご自分のことを「良い羊飼い」とおっしゃいました。ギリシャ人たちは、自分たちの羊飼いの声を聞き分けました。主イエスは「良い羊飼いは、羊のために命を投げ出す」、ともおっしゃいました。これからこのギリシャ人たちはそのことの目撃者となり、証言者となるのです。

最後に、ギリシャ人たちを主イエスへと取り次いだフィリポとアンデレのことを見たいと思います。

フィリポという名前は、ユダヤ名ではなく、ギリシャ名です。彼はベトサイダ出身でした。ベトサイダはユダヤ文化とギリシャ文化の境目にある村です。ギリシャ人たちは、フィリポに取次を頼みやすかったのでしょう。フィリポはユダヤとギリシャを結ぶ役割を果たすことになります。

更にフィリポは彼らのことをアンデレに話し、二人はギリシャ人たちを主イエスのもとに連れて行きました。アンデレは以前にも、五つのパンと二匹の魚を持つ子供を主イエスのもとに連れてきたことがあります。

このように、フィリポとアンデレは、誰かを主イエスのもとに連れていく、という弟子としての役割を果たしました。そしてこの2人の取次が、主イエスに大きな何かをもたらすこととなりました。

フィリポとアンデレの出身のベトサイダは、エルサレムから見たら国の端っこで、もう半分外国のような村でした。しかし、その村出身の彼らが、異邦世界にとっての福音の入り口となったのです。

フィリポとアンデレは、キリストのもとに誰かを導く人たちの姿です。教会へと被とを招き、キリストに取り次ぐ、私たちの姿です。そしてギリシャ人たちは真理を求めてさまよう人たちの姿です。

キリストを求める人々を受け入れる教会の姿がここで象徴的に描かれているのです。イエス・キリストは10:16で「私には囲いに入っていない羊がいる」とおっしゃっています。まだ囲いに入っていない人たち、つまり、今でも、キリストを求める人、キリストのもとに本当に真理があるかどうかを見定めようとしている人がいます。

イエス・キリストの招きの御業は、私たちを通して続けられているのです。復活の主が共にいてくださるからこそ、私たちはその御業のために、用いられていくのです。

4月6日の礼拝説教

 ヨハネ福音書12:1~8

過越祭が近づいていました。出エジプトの際、神の裁きがイスラエルの民を過ぎ越してエジプトの民を打った、それによってイスラエルはエジプトから脱出したというあの出来事を記念する祭りです。それは救いの祭りであり、神による解放を祝う祭りでした。自分たちに与えられた解放の救いを祝おうと、たくさんのユダヤ人がエルサレムへと巡礼に集まっていました。

私たちは今日、「過越祭六日前」の晩の出来事を読みました。過越祭の六日前ということは、土曜日の日没後の夕方ということです。そして土曜日の夕方ということは、安息日が終わり、過越祭へと向かう新しい聖なる一週間が始まったばかりの時、ということです。

この時からちょうど一週間後、イエス・キリストは逮捕され、受難の時を迎えられることになります。私たちが今日読んだこの「過越祭の六日前」は、主イエスがご自分のゴルゴタの十字架での最期へと向かう歩みの始まりの瞬間を描いた場面なのです。

主イエスはご自分を殺そうとする最高法院の人たちから避難するために、一度はエルサレムから荒れ野に近い地方のエフライムという町に行かれました。エルサレムの人々は、「ナザレのイエスも過越祭に来るだろうか」と噂していました。

これまで主イエスはエルサレムでいろんなしるしを行われてきました。人々はそれを見て知っていました。しかし今、「イエスの居所がわかれば届け出よ」という命令が出ています。もしイエスがエルサレムに来たらどうなるのだろうか、という好奇心と不安をもって、人々は過ごしていたのです。

過越祭の六日前、主イエスはエルサレムの近くの村、ベタニアに来られていました。そこは、主イエスが墓から復活させられたラザロの村です。そしてそのラザロの家で、夕食の時を過ごしていらっしゃったようです。その晩餐の席には、ラザロの姉妹、マルタとマリア、そして弟子達もいました。主イエスのために夕食が用意され、マルタは忙しく給仕していました。

墓の中から起こされたラザロは、起こしていただいた主イエスとどのような会話をしていたのでしょうか。感謝を伝えていたかもしれません。神の御業に対して、信仰を言い表していたかもしれません。

実際にどんな会話が交わされたのかは記録されていないが、その食事の席は喜びに満ち溢れたものだったでしょう。死の悲しみに打ちひしがれていた家庭の中に、命と活力が戻りました。喜びに触れた、和やかな宴を思い浮かべることができます。

ラザロが墓から起こされた喜びがあっただろう、ということは想像できますが、私たちは、もう一つ違う視点からこの食卓を見なければならないでしょう。一週間後のキリストの十字架から、この穏やかな夕食の風景を見ると、どうだろうか、ということです。

命を与えられたラザロと、それを喜ぶ人たち、そしてご自分の死に向かって最後の一週を過ごされる主イエスが同じ宴に座っているのです。単なるにぎやかな喜びの宴というだけではない、一週間後のキリストの死と復活を暗示する食卓です。

ラザロの復活を喜ぶ人たちの中で、今、まさに十字架への秒読みが始まったイエス・キリストの痛みに誰が心に向けることができたていたでしょうか。一人だけ、いました。マリアです。

この家にはラザロとマルタ、マリアがいましたが、マリアはどこに自分の身を置いたでしょうか。彼女は主イエスの足元に自分の身を置きました。

兄弟ラザロの死の悲しみと怒りに苦しんで、主イエスに「主よ、もっと早く来てくだされば」と訴えた時と同じように、彼女は主イエスの足元に自分の身を置いのです。

マリアは、他の人たちと違い、ラザロの復活の喜び以外の何かを持っていました。それは悲しみだった。マリアだけは、この方にこれから何か命にかかわることが起こる、ということを感じ取っていたのです。

マリアは、他の人たちが驚くことをしました。純粋で非常に高価なナルドの香油を1リトラ持って来て、主イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐったのです。まるで、一週間後に主イエスが殺されることを予見したかのように、週の初めに、葬りの儀式のように、香油を注ぎました。

マリアがなぜ突然こんなことをしたのか、マリア自身は何も語っていません。マリアが実際に何を考えていたのかは、謎のままだ。主イエスの死をまるで知っていたかのようだ。聖書はそれに関しては何も書いていません。

ただ、聖書はマリアの行動の象徴的な意味を私たちに伝えています。マリアは香油を頭ではなく足にかけました。普通、香油は頭にかけます。髪につけて、香りを楽しむものです。イスラエルでは、王や預言者が神に召し出される際に、頭に油が注がれてきました。しかし、マリアは香油を主イエスの足にかけました。しかもそれを自分の髪で拭いました。

当時のユダヤ人女性は、公の場では自分の髪を一つにくくっていました。髪をほどくのは、誰かの喪に服している時でした。ラザロが死んだときには、マリアは自分の髪を束ねずにほどいていたでしょう。ラザロが復活して、もう喪に服す必要がなくなったので、また髪を束ねていたでしょう。それなのに、この食卓でまたマリアは自分の髪をほどいて主イエスの足にそそいだ香油を拭いとったのです。これは主イエスの死のために葬りの儀式そのものでした。

聖書には、「純粋な香油を足に塗った」とあります。この「純粋な」、という言葉はこの福音書で一回しか使われていない言葉で、信仰という言葉と語源が同じです。マリアにとって、この香油は彼女の主イエスに対する信仰のそのものを象徴していることが、この言葉からわかります。

家が香油の香りでいっぱいになったので、皆、マリアが突然何をしたのかわかりました。皆驚きました。なぜマリアがこんな行動をとったのかわかりませんでした。なぜ高価なナルドの香油を1リトラ、今でいうと326gも主イエスの足を塗り、しかも自分の髪をほどいてその髪で拭ったのか、理解に苦しんだでしょう。

聖書はイスカリオテのユダの言葉を記録しています。

「なぜ、この香油を300デナリオンで売って、貧しい人に施さなかったのか」

ナルドの香油はインドから輸入されるものであり、当時は非常に高価なものでした。ユダは、マリアが香油を無駄遣いした、と思いました。その香油を売れば、300デナリオン、当時の年収に匹敵する額に換算できるのです。

ユダの考えは正論です。周りの人たちも同じように考えたでしょう。「それは無駄遣いだ」と。しかし、主イエスはその正論に対しておっしゃいました。

「この人のするままにさせておきなさい。私の葬りの日のために、それを取っておいたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、私はいつも一緒にいるわけではない」

ここで、福音書はユダの背景に触れています。ユダがこう言ったのは「貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながた、その中身をごまかしていたからである」

ヨハネ福音書は、ユダのことを「盗人」と呼んでいます。盗人という言葉で思い出すのは、主イエスのたとえ話です。「羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかのところを乗り越えて来る者は、盗人である。・・・羊は羊飼いの声を聞き分ける。しかし、他の者には決してついていかない。」

ユダはこの時、良い羊飼いの道をはばむ盗人でした。ユダがこの時主イエスからこう言われて何を思ったのかは、わからない。聖書はそれに関しても沈黙しています。少なくとも、ユダはお金への執着があったようです。

ユダはこの後主イエスを裏切って、ユダヤ人たちに引き渡すことになります。そのことを考えると、この時の主イエスがおっしゃったことの意味はやはりわかっていなかったでしょう。

主イエスは「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、私はいつも一緒にいるわけではない」とおっしゃいました。ユダだけでなく、他の弟子達はこの言葉をこの時理解できたでしょうか。

イエス・キリストは一週間後にご自分が十字架で殺されることをご存じでした。その切迫した時の中、マリアは葬りの準備をしてくれたのです。ご自分の死を目前に控えたこの時、イエス・キリストは万感の思いをもって、この言葉を弟子達にお伝えになったでしょう。

過越祭は、申命記15:11の言葉を思い出す時でもありました。

「この国から貧しいものがいなくなることはないであろう。それゆえ、わたしはあなたに命じる。この国に住む同胞のうち、生活に苦しむ貧しいものに手を大きく開きなさい。」申命記15:11

弟子達は、主イエスがいなくなった後、キリストがなさったように、自分たちが貧しい人たちに向き合わなくてはならなくなるのです。主イエスはご自分の十字架の死の後のことを思い、弟子達にお話しなさったのです。

マリアは主イエスの足元にひれ伏し、自分の信仰を表しました。同じように、主イエスは、このご自分が逮捕される夜、弟子達の足元にひざまずき、その足を洗われることになります。

使徒パウロは、そのイエス・キリストの姿勢について、こう記しています。

フィリピ2:6~11

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして僕の身分になり、人間と同じものになられました。人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため神はキリストを高く上げあらゆる名に勝る名をお与えになりました。こうして天上のもの、地上のもの、地下のものすべてがイエスの御名にひざまずき、すべての舌が『イエス・キリストは主である』と公に宣べ伝えて、父である神をたたえるのです」 Continue reading

3月30日の礼拝説教

 ヨハネ福音書11:45~57

イエス・キリストがラザロという若者を墓の中から蘇らせる、という神の栄光を現わされました。「死者を起こす」ことは、これまでキリストが行われた奇跡の中で一番大きなものでしょう。

キリストがラザロを墓から起こされた意味は、ただ「非科学的なこと成し遂げた」、というだけのことではありません。「世の終わりに起こる」とされていた死者の復活を人々の前でお見せになったことで、この世の終わりの時が近いことをお示しになったのです。そしてラザロの復活こそ神の救いの御業であり、その業を行うご自分こそがキリストであるということの証でした。

多くのユダヤ人たちはそれを見て信じました。墓から出てきたラザロを見て、そこに神の栄光を見たのです。しかし、ラザロの復活という神の栄光に満ちた御業を見ても、まだ信じない人もいたことが書かれています。主イエスの御業を前にして、また、信じる人と信じない人とに分かれました。

ヨハネ福音書に証されているキリストの福音宣教は、この連続です。これまでもキリストを通して神の御業が見せられても、それを神の御業として見る人と、悪霊の業として見る人に分かれてきました。

私たちは、人間が持っている不信仰がどんなに根強いものであるのか、ということに驚かされるのではないでしょうか。ラザロを墓の中から起こされたという事実さえも、すべての人を信仰に導くことはなかったのです。

人が何かを信じるようになること、そして人が何かを信じ続ける、ということがどんなに難しいことかを見せられるのではないかと思います。何かを見て、一瞬信じる、一時信じるということはよくあります。しかし、時間がたって熱が冷めると、すぐに忘れてしまうことがほとんどです。たとえ素直に信じるようになっても、一生信じて自分の身を委ね続けるということはさらに難しいのです。

死者の復活を見ても主イエスがなさったことを「神の御業」として信じられなかった人たちは、「ナザレのイエスがまたエルサレムの近くに戻ってきて、こんな奇跡をおこなった」、とファリサイ派の人たちに告げ口をしました。

ファリサイ派の人たちは、聖書の言葉の研究に力を注いでいた人たちで、これまで、主イエスと対立してきました。安息日に癒しを行ったということでナザレのイエスのことを聖書の掟に違反している者として見ていたのです。そのイエスがエルサレムの近くでまた不思議な業を行い人々の心をつかんでいる、ということを快く思いませんでした。

ナザレのイエスのことを危険視したのは、ファリサイ派の人たちだけではありませんでした。ファリサイ派の人たちは、事を重大視して、最高法院を召集しました。最高法院には、ファリサイ派以外の派閥、そして祭司長がいました。

ファリサイ派以外の最高法院の人たちには、また別の心配がありました。サドカイ派や祭司長は、このイエスという人物のせいで、ユダヤ人全体がローマから弾圧されるのではないか、と恐れました。

祭司長、またサドカイ派は、ユダヤの政治的・宗教的な権力を持っていた人たちです。神殿でいけにえを捧げたり、祭りを司ったりする立場にある彼らは、ユダヤ人の安定した宗教生活の担い手でした。

ローマ帝国は、帝国にとって害や危険がなければ、その宗教に対しては寛容でした。しかしローマ帝国にとって危険な要素があれば、軍隊でその宗教を取り締まっていました。

ユダヤの政治・宗教を司る立場として、最高法院の人たちは、ナザレのイエスのせいでローマから危険視されるのではないか、イエスが群衆を扇動して、ローマ軍から目を付けられるような騒ぎを起こすのではないかと思ったのです。

最高法院の会議の中で、ナザレのイエスへの対策が話し合われました。

「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。」

彼の心にあったのは、イエスは本当に神のメシアなのかどうか、ということではありません。自分たちをどうローマから守るか、ということでした。

この会議の中で大祭司であったカイアファが言いました。

「あなたがたは何もわかっていない。一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む法が、あなた方に好都合だとは考えないのか」

この人は紀元18年から36年まで大祭司だった人です。イエス・キリストは、最後にはこの大祭司の考えによって十字架に上げられることになります。

恐ろしいカイアファの言葉ではないでしょうか。国を守るためには一人の人間を犠牲にすればいい、という恐ろしい考えです。

9章で、主イエスは目の見えない人を癒された際、謎めいたことをおっしゃいました。「私が世に来たのは、裁くためである。こうして、見えないものは見えるようになり、見えるものは見えないようになる」

それを聞いた時、ファリサイ派の人たちはこれを聞いて怒りました。

「我々も見えないということか」

これに対して主イエスは「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る」とおっしゃいました。

カイアファは、主イエスの御業を見ていながら、主イエスをメシアとして見ることができません。あの主イエスの言葉に照らし合わせて考えると、「カイアファの罪は残る」、ということになります。

主イエスは以前、「羊は羊飼いの声を知っている。しかし、羊飼い以外の者たちの声にはついていかない」とおっしゃいました。カイアファも自分のことをイスラエルの羊飼いと考えていただろう。しかし、彼は果たして何を見ていたのでしょうか。イスラエルの羊飼いとして見るべきものが見えていません。死者を復活させたメシアを目の前にしても、彼はメシアを犠牲にして自分たちが守られればいい、と考えていたのです。

主イエスはこうおっしゃいました。「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」

それに対してカイアファは「一人の人間を犠牲にすれば、民が助かる」と言いました。

全く反対のことを言っています。大祭司でありながら、カイアファは命がけでイスラエルを守りこの世を救おうとなさるメシアを殺そうとしているのです。

普通にここを読むと、カイアファという人の悪意を不快に感じるのではないでしょうか。しかし、このカイアファの思惑に関して、福音書は不思議なことを書いています。

「これは、カイアファが自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので預言して、イエスが国民のために死ぬ、と言ったのである。国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるために死ぬ、と言ったのである。」

カイアファの恐ろしい言葉はカイアファ自身の言葉ではなく、預言であった、神から与えられた言葉であった、というのです。キリストの死の意味が、ここに示されています。イエス・キリストは、カイアファをはじめとしたユダヤ人指導者たちとの権力争いに負けて十字架に上げられたのではないのです。もっと大きな、神の救いのご計画のうちに十字架へと運ばれていったのです。

カイアファの残酷な思惑は、イザヤ書53章に預言されている苦難のしもべの死を思い起こさせます。

「私たちの聞いたことを誰が信じえようか。・・・彼は軽蔑され。人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し無視していた。彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた、神の手にかかり打たれたから彼は苦しんでいるのだと。彼がさし貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは私たちの咎ためであった。彼の受けた懲らしめによって私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって私たちは癒された。」

カイアファをはじめ、最高法院の人たちはナザレのイエスを神の名のもとに排斥しなければならないと考えました。悪意からではない。純粋な彼らの思いからです。イスラエルを守ろう、神の掟を守ろう、そのためにナザレのイエスを殺そう、と考えました。誰も、主イエスの死が自分の罪を背負うための死であるとは考えませんでした。イザヤが預言した通りです。

カイアファたちの企みですら、神はご自分の救いのためにお用いになるのです。聖書にはそのような不思議がたくさん記されています。

旧約聖書の創世記にヨセフ物語があります。兄たちに恨まれ、エジプトに奴隷として売られたヨセフは、エジプト王ファラオの夢の解き明かしをして、やがてエジプトの宰相になりました。そして最後に、自分を奴隷として売った兄たちと再会を果たします。

その際、ヨセフはこう言いました。 Continue reading

3月23日の礼拝説教

 ヨハネ福音書11:33~44

ラザロの死をめぐる人々の姿を見ています。ラザロの死に対して、イエス・キリストがどのように向き合われたか、またその中で兄弟を失ったマルタとマリアがキリストに対して何を訴えたか、ということをここまで見てきました。

ご自分の足元にひれ伏して愛する者の死と悲しみと怒りを訴えるマリアの祈りを聞かれて、イエス・キリストは激しく反応されたことが書かれています。マリアが泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのをご覧になって、「心に憤りを覚え、興奮」された、とあります。また「イエスは涙を流された」と書かれています。そして、主イエスは「再び心に憤りを覚えて」ラザロの墓へと向かわれました。

四つの福音書の中でここまでイエス・キリストの心が・感情が激しく動いたことが書かれているのは、ここだけでしょう。福音書の中には、病や悪霊の支配に苦しんでいる人たちや、教えを求める霊的な飢え渇きをもった人たちを主イエスが憐れまれて、癒されたり教えたりされる姿は多く記されています。しかし、ここまで激しいお姿は他にはないでしょう。キリストはマルタ、マリア、そして人々と共に涙を流され、死の力に対して怒りを覚えられました。

マルコ福音書に、安息日の会堂の中で主イエスが手の萎えた人を癒された出来事が記されています。手の萎えた人に「真ん中に立ちなさい」とおっしゃって、そこにいた人たちにこう質問されました。

「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」

会堂にいた人たちは黙っていました。その時、主イエスは「怒って人々を見渡し、彼らのかたくなな心を悲し」まれた、と書かれています。怒りと悲しみを抱かれる主イエスのお姿です。その時の主イエスの怒りと悲しみは、人々のかたくなさ、神の御心への無知に対するものでした。

ラザロの死を前にしての主イエスは同じように怒りと悲しみを覚えていらっしゃいます。そして思いは、会堂で感じられたその時よりも激しいものでした。

主イエスは涙を流されました。11:35は「イエスは泣いた」という聖書の中で一番短い一節です。一番短い一節だが、一番我々の心に突き刺さる一節ではないでしょうか。

そしてキリストはラザロの墓に行くことをお望みになりました。そこで死の力に向き合われることになります。

前にも引用しましたが、ヘブライ人への手紙の2章にはこう書かれています。

「イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。事実、ご自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです」

キリストは地上を生きる人々・私たちと同じ地平に立ってくださっています。私たちが信じる神は、人と全く同じところで、共に涙を流してくださる神なのです。どこか私たちには届かない、超越したところで、私たちを見下ろしていらっしゃるような方ではありません。

当時のギリシャ世界の世界観では、人間と神の間には無限の隔たりがありました。神は人間には接点がないからこそ、無限の距離があるからこそ、神は神であり、人々は神を信じていました。

しかし、聖書はそうでないことを証ししています。神は、自らが人と同じところに来て、共に泣いてくださる方なのです。聖書は、イエス・キリストがすべての点で人と同じになられた、と記しています。キリストにおいて神は、人間のすべてを体験してくださっています。痛みを、悲しみを、愛を、私たちのすべてを知っていてくださっているのです。

キリストの涙を見た人たちは周りで驚きました。それは、二通りの驚きでした。主イエスがどんなにラザロを愛しておられたか、という愛の深さへの驚き。そして、盲人の目を開けたこの人も、ラザロの死に対しては何もできなかったのか、という驚きです。周りにいたユダヤ人たちは、ナザレのイエスの力がどれほどのものなのか、どこまで及ぶのか、ということを冷静に見極めようとしています。

マルタは、主イエスが墓の石を取りのけるようおっしゃるのを聞いて、「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」と言いました。マルタも冷静です。彼女はついさっき、「あなたが世に来られるはずの神の子・メシアであると私は信じております」と言ったばかりでした。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」と聞いて、「はい、信じます」と言ったばかりでした。

それでもマルタは、主イエスが「墓の石をのけなさい」、とおっしゃってもその意味が分からなかったようです。マルタの信仰告白は、まだ表面的なものでしかなかったようです。キリストはそのマルタに、もう一度ご自分との会話を思い出させていらっしゃいます。

「もし信じるなら、神の栄光がみられると、言っておいたではないか」

「あなたはまだ本当に信じ切れていないのか」というキリストの更なる招きです。私たちはマルタのように、何度もキリストとこのやり取りを繰り返しながら信仰生活を続けているのではないでしょうか。小舟の中でキリストが嵐を鎮められた時、弟子達は「まだ信じないのか、信仰の薄い者たちよ」と叱られました。

マルタも、弟子達も、私たちも、いつも荒波の中でキリストを信じ切ることができず、それでも祈り、最後に、まだ信じないのか」とのお𠮟りを受けます。私たちの信仰生活はこの連続ではないでしょうか。

信仰の先で私たちが見るのは、神の栄光です。それは、信じようとする私たちの思いがなければ、見ることができないものなのです。そんなことがあるわけがないと思えることでも、キリストが「そちらを見なさい」とおっしゃるのであれば、私たちは従います。そしてその従いの先で、この世界が、神の栄光のうちにあるということを、我々は知るのです。

キリストは神に祈られました。11:42「私の願いをいつも聞いてくださることを、私は知っています。しかし、私がこういうのは、周りにいる群衆のためです。あなたが私をお遣わしになったことを、彼らに信じさせるためです」

ラザロは、神の御業が現れる器としてお用いになりました。キリストは墓の中に向かって呼びかけられます。

「ラザロ、出てきなさい」

「ラザロ、さあ、外に」という言葉です。その声に応じて、ラザロは墓の中から出てきました。イエス・キリストがラザロを起こされたのは、日ごろから親しくしていたマルタとマリアの悲しみを癒すため、というだけではありませんでした。もっと大きな意味がありました。

ラザロの病の知らせを受けてから主イエスはおっしゃってきました。

「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」

「ラザロは死んだのだ。私がその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。」

主イエスはベタニアの村で、7つ目のしるしを行われました。死者の復活という最も大きなしるしです。ベタニアは「苦しみの家・戦いの家」という意味の名前の村です。象徴的ではないでしょうか。キリストは、「苦しみの家・戦いの家」において勝利されたのです。死の支配に対する勝利です。それは何のためのしるしでしょうか。人々を信仰への導くためのしるしでした。

ラザロは手と足を布で巻かれたまま、顔も覆われたまま墓から出てきました。主イエスはおっしゃいます。

「ほどいてやって、行かせなさい」

このキリストの言葉にも象徴的な意味が含まれています。復活のラザロは、新しい命へと生まれ変わった者の姿としてみることもできるでしょう。洗礼によって新しい命へと召された私たちは、このラザロの復活を通して考えさせられるのです。新しい命へと召されて、キリストにほどいていただくもの、キリストに取っていただく覆いとは何でしょうか。キリストを知って新しく歩み始める私たちが、後ろに投げ捨てるべきものとは何でしょうか。

ここで言われている「行かせなさい」というのは、主の祈りの中で使われている「許す」という言葉です。「われらの罪をも許したまえ」と言いますが、直訳すると「許したまえ」というのは「手放してください」という言葉だ。「私たちの罪を手放してください」という祈りです。

死から解放され新しい命へと起こされたラザロが、再び自由に自分の足で歩み始めることが許された。そしてラザロは後ろに投げ捨てるべきもの、手放すべきものがありました。

私たちは与えられた新しい命を生きるにあたって、何を手放すべきなのでしょうか。キリストによって自由とされた私たちが、まだ縛られているもの、ほどかなければならないものがあるのです。自分の信仰の目を覆っているものがあるのです。

私たちは誰を許すのだろうか。また、だれに自分の罪から解放していただくのでしょうか。自分を許し、隣人を許し、神の許しの中に生きるということが、新しい命を生きる、ということなのです。

使徒パウロは、手紙の中でこう書いています。

「私たちは落胆しません。たとえ私たちの『外なる人』は衰えていくとしても、私たちの『内なる人』は日々新たにされていきます。私たちの一時の軽い艱難は、比べ物にならないほどの重みのある栄光をもたらしてくれます」2コリ4:16 Continue reading

3月9日の礼拝説教

 ヨハネ福音書11章28節 から 37節

ラザロという人の死をめぐる一連の出来事を読んでいます。「ラザロが病気で苦しんでいる」、とマルタとマリアの姉妹が主イエスのもとに知らせてきました。主はその知らせを聞かれても、ベタニア村に向かおうとはせず、二日間そこに滞在されます。しかし三日目に、「ベタニアに行こう」、とおっしゃって、弟子達と一緒にラザロのもとへと出発されました。

主イエスが二日間そこから動かれなかったこと、そして三日目に突然出発された、ということは不可解です。驚く弟子達にはっきりとおっしゃいました。「ラザロは死んだのだ。私がその場に居合わせなかったのは、あなた方にとってよかった。あなたがたが信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう」

主イエスはラザロの死を通して、弟子達にしるしをお見せになろうとしているのです。

先週私たちは、マルタが主イエスのもとにやって来た場面を読みました。マルタは、主イエスが近くにいらっしゃったと聞いて、妹マリアを一人家に残して「もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と思いをぶつけました。「どうしてもっと早く来てくださらなかったのですか。あなたならラザロの病を癒すことがお出来になったでしょうに」という思いの表れです。

そのマルタに「あなたの兄弟は復活する」と主イエスはおっしゃいました。マルタは「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」と答えます。「聖書にそう書かれていることは知っています」ということです。聖書の知識として、マルタは復活のことを知ってはいました。

しかし、まさかラザロがこれから墓の中から起こされるとは考えていませんでした。主イエスはそのマルタを更にお試しになります。「私は復活あり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。生きていて私を信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか」

主イエスは、マルタに聖書の知識を問われたのではありませんでした。「復活であり命である、この私を信じるか」という、ご自分への死に勝る信頼を問われたのです。

今日、私たちは、妹のマリアがマルタと同じように主イエスに訴えた姿を読みました。2人の姉妹は、一人ひとりが別に主イエスの元に行き、まったく同じ言葉をぶつけています。

「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」

マリアの怒りと悲しみも、マルタと同じです。ヨハネ福音書は、二人が別々に主イエスのもとに行き、同じことを言った、ということを記していますが、主イエスのそれぞれへの対応の仕方は違っています。

主イエスがマルタにおっしゃったように、「私は復活であり、命であると信じるか」とマリアには問いかけてはいらっしゃいません。そして、マリアの言葉を受け、またマリアと周囲の人たちが泣いているのをご覧になって、「心に憤りを覚え、興奮して」、「どこに葬ったのか」とラザロの墓に向かわれます。

全く同じ言葉をぶつけるマルタとマリアでしたが、なぜ主イエスはマルタにだけ信仰を試すような質問をなさり、マリアの言葉はそのままお受けになったのでしょうか。

ラザロの死を前にして、キリストはマルタに問われました。

「私は復活であり、命である。・・・このことを信じるか」

聖書は、このことを私たちにも問いかけています。私たちは常に死を前にしています。まだ死に到達していないだけで、死との距離は確実に縮まっています。地上の歩みの中で私たちはこのことを問われるのです。

「この方のことを、復活であり命であると信じるか。」

世の終わりには復活という出来事が起こる、ということはマルタやマリアだけでなく、当時の多くのユダヤ人たちは知っていたし、信じていたのです。しかし主イエスはマルタに対して、死後四日たっているラザロにご自分が再び命をお与えになることができることを信じるかどうかを突っ込んで問われたのです。「いつか起こるとされていること」ではなく、「今これからこの方を通して起こること」として捉えているかどうかを確かめようとなさいます。

私たちも問われているのです。イエス・キリストは5:24でこうおっしゃっている。

「はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聴くときがくる。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。父は、ご自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである」

キリストご自身、父である神から命を司る権威を託されていることをおっしゃっています。主イエスは復活の権威をお持ちなのです。そして、いつ、誰を死の眠りから起こされるか、お決めになることができるのです。

8:51では、こうもおっしゃっています。

「はっきり言っておく。私の言葉を守るなら、その人は死ぬことがない」

その時、この言葉を聞いたユダヤ人たちは、「あなたが悪霊に取りつかれていることが、今はっきりした。・・・信仰の父アブラハムでさえ死んだではないか。預言者たちも死んだ。あなたは自分を何者だと思っているのか」と言いました。

私たちは、マルタや、ユダヤ人たちと同じことが聖書から問われているのです。「イエス・キリストがおっしゃる『死なない』とはどういうことか。私たちは主イエスのことを何者だと思っているか」

キリストは、私たちにこの地上の命だけでなく、永遠の命のことも含めて「死なないとおっしゃっています。それは、つまり、キリストは死に勝る方である、ということです。死に勝る方に、私たちはまるごと自分の命をゆだねることができるだろうでしょうか。

人がイエス・キリストを信じようとする理由は様々でしょう。キリストを信じて祈ると心が安らぐ、とか、キリストにいろんなお願いをしているとか、人の数だけキリストに求めるものがあるといっていいかもしれない。

しかし、我々信仰者がキリストに従うのは、自分が欲しいと思うものくださる方だからではありません。マタイ福音書の山上の説教の中でキリストはこうおっしゃっている。

「あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるに違いない」

神は、信仰者に「神が」良いと思われるものをくださるのです。私たちの側から一方的に「あれが欲しい」と言ったものをくださるのではありません。私たちのわがままを聞いてくださるのではなく、本当に私たちに必要なものを、必要なに備えてくださる方なのです。

信仰というのは、この命をキリストにお任せする、ということです。「今、私はこれが欲しいからください」というものではありません。そこには、この方こそが真の命の、魂の支配者であられるという確信が必要なのです。

私たちはここまで、イエス・キリストがラザロの病気のことを聞いても、あえて二日間動かず、ラザロが死んで墓に入れられてからベタニアの村に到着されたことを見てきました。「本当に命を司る方であるなら、すべての人の病を癒し、すべての人が悲しむことのないようにすることがおできになるのではないか」「メシアならそうすべきじゃないか」、と思うのではないでしょうか。

しかし主イエスはあえてラザロの死・マルタの悲しみを通して神の御業をお見せになるのです。弟子達と同じように、マルタと同じように、自分の思いの方が強い私たちは、疑うからです。

私たち人間にはわからない、神の時、神秘の御業が現わされようとしています。ラザロの死によって主イエスに思いをぶつけるしかなかったマリアは、「私は復活であり、命である。・・・このことを信じるか」と問われて、はっきりと、「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると私は信じております」と信仰を告白した。

「なぜもっと早く来てくださらなかったのですか」と言ったマルタは、その主イエスの言葉を聞いて、愛する者の死というどうすることもできない悲しみの中で、力強く信仰を告白しました。死の悲しみの中でまだ信じられる方が目の前にいらっしゃることに希望を持ったのです。

さて、このマルタとキリストとのやり取りがあって、マリアとキリストとのやり取りがあります。マルタの時と違って、マリアに対して、主イエスは「私を信じるか」とはお尋ねになっていません。マリアが主イエスのことを「復活であり命である」ことを受け入れているという前提で、話は進んでいきます。

マルタとマリアの何が違っていたのでしょうか。2人が主イエスにぶつけた言葉は全く同じです。同じことを言っています。二人の違いは、その言葉をどこで言ったのか、ということです。こう書かれています。 Continue reading

2月23日の礼拝説教

ヨハネによる福音書11章の1節から16節

マルタとマリアの姉妹が、「主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです」と主イエスに人を遣わして伝えて来ました。しかし主イエスはラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間同じところに滞在されます。愛しておられたラザロが病であると聞いても、そこを動かれませんでした。

「この病気は死で終わるものではない」と主イエスがおっしゃるのを聞いた弟子たちは、「死ぬほどの病気ではないのだろう」と思います。急いでラザロのもとに駆け付けることをせず、二日間同じ場所に滞在されたのだから、わざわざ主イエスが行って癒しの奇跡を行われなくても、寝ていれば治る程度の病気なのだろう、と理解したでしょう。

ラザロのところへはなるべく行かない方がいいのです。ラザロがいるベタニアは、エルサレムのすぐ近くにあります。エルサレムでは主イエスを捕えようとしたり、石を投げつけたりしようと、待ち受ける人たちがいました。今はヨルダン川の反対側まで避難してエルサレムから離れた場所に身を置いている方が安全です。ラザロが自然に治るのであれば、危険を冒してエルサレムの近くのベタニアまで行くことはありません。

しかし主イエスは三日目になって突然、「もう一度、ユダヤに行こう」とおっしゃいました。2日間なぜそこにとどまったのかの説明もなく、突然そんなことを言い出された主イエスに当然弟子たちは驚きました。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で撃ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか」

弟子達は、自分たちの先生の心境に一体どんな変化が起こったのかを知りたがりました。しかし、主イエスのお答えはよく意味が分からないものだった。

「昼は12時間あるではないか。昼の内に歩けばつまずくことはない」

ラザロの病気と、昼が12時間あるということは何の関係があるのでしょうか。古代では1日を日の出と日没で2つに分けていました。一日の半分は昼だ、という当然のことを通して主イエスは何をお示しになろうとしたのでしょうか。

主イエスは9章でも同じようなことをおっしゃっています。「我々は、私をお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。誰も働くことのできない夜が来る。私たちは、世にいる間、世の光である」9:4

主イエスが世にいらっしゃる間の時のことを、主イエスご自身「昼」と呼ばれています。「昼」のうちに、つまり主イエスが世にいらっしゃるうちに、ラザロを市の暗闇から起こす必要があるとおっしゃっているのです。

弟子たちは主イエスの言葉の意味を、表面的にしかとらえることはできませんでした。

主イエスが死んだラザロのところに向かわれるのは、弟子達のためでした。「あなた方が信じるようになるためである」とお伝えになっています。

「私たちの友であるラザロが眠っている。しかし私は起こしに行く」

それを聞いて、弟子たちはラザロがただ単に眠っているものだ、と勘違いしました。そして「ただ眠っているだけなら先生がわざわざ行かなくても彼は一人できちんと回復するだろう」と考えました。それよりも、エルサレムの近くに行って、主イエスが石を投げられたり捕えられたりする危険の方が怖かったでしょう。

主イエスの言葉の表面しか捉えられていない彼らに、主ははっきりとおっしゃいます。

「ラザロは死んだのだ」

ヨハネ福音書は、4つの福音書の中で一番理解しにくいものかもしれません。イエス・キリストはいつでも、霊的な言葉でお話しなっています。字義通り、額面通り、表面的に受け止めても、主イエスが何をおっしゃっているのかよくわからない言葉が多いのです。この福音書に込められた霊的な意味を、私たちは探っていくことを求められています。

ラザロは眠っている、とおっしゃる主イエスの言葉を聞いて、弟子たちはそのまま受け取りました。しかしキリストがおっしゃるのは、ラザロは死んでしまった。それでも、キリストの前では一時の眠りにしか過ぎないということでした。

私たちはイエス・キリストの復活を知っています。だから、十字架の死という悲劇も、悲劇と絶望で終わることはなかったということを知っています。キリストの死と復活という信仰者の視点に立つと、この弟子たちの無理解は滑稽に映るでしょう。

しかし、ヨハネ福音書が今の私たちに伝えているのはこれなのです。「世は光を理解しなかった」、という福音書の冒頭の言葉を、私たちは弟子たちやユダヤ人たちの姿を通して見せられています。

そして、私たちが生きている今のこの世の中にも、一体どれだけのキリストに対する無理解があるか、ということを見せられるのではないでしょうか。私たち自身も、この世の無理解に流されていないかどうかを問われています。

イスラエルの教師ニコデモは、キリストから「新しく生まれなければ神の国に入ることはできない」と言われたら、「もう一度母の胎に入って生まれることが出来るでしょうか」と言いました。サマリア人女性も、主イエスがおっしゃる「命の水」のことを単なる井戸の水と考えました。

皆、そうなのです。イエス・キリストのことを表面だけで理解しようとし、知ったつもりになっているのです。だからこそ、キリストをまだ知らない人たちのために、いろんな形でこの世を超えたしるしをお見せになるのです。

主イエスは弟子たちにおっしゃいます。「私がその場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなた方が信じるようになるためである。」

イエス・キリストのことをどのように信じ、従えばいいのかまだわからなかった弟子たちにとって、死んでいる人を蘇らせるということほど大きな奇跡はありません。弟子たちはこの後、ラザロが墓の中から呼び出されるのを目撃することになります。そしてゴルゴタの丘で殺された主イエスご自身の墓が空っぽになるのを見ることになります。

彼らは復活なさったキリストに出会い、キリストが蘇られたように、自分たちも復活へと導かれていることを知るようになるのです。終わりの日に、ラザロよ、出てきなさい、とおっしゃったあのキリストの御声が自分に向かっていることを、聖書を通して知らされるのです。

使徒パウロは、ローマの信徒への手紙の中でこう記している。

「神を愛する者たち、すなわち神の計画に従って召された者たちにとっては、万事が益とされるように共に働くということを私たちは知っています」8:28

私たちには、神がどのように私たちを信仰へと導き、そして私たちが次の人を信仰へと導かせるのか、その全て自分の目で見ることはできません。ただ、神の見えざる手が私たちに及び、私たちの思いを超えて、ご自分の救いの御業を進めていらっしゃるのです。

ラザロの病・ラザロの死が、やがて弟子たちをキリストの使徒としてその信仰を強めることになるとは誰にも予測できなかったでしょう。

主イエスは、後に弟子たちにこうおっしゃいます。

「麦の種が地に落ちて死なないなら、それは一粒のままで残る。だが、もしも死ぬなら、多くの実を結ぶ」12:24

ご自分の十字架の死が、世の人々のために神への立ち返りの道を切り拓くことになることをそのようにおっしゃったのです。

この歴史の中でキリストの死がなかったらどうだったでしょうか。神を知らずに生きるか、神を自分で作り出して生きるか、どちらかだったのではないでしょうか。

しかし、神は独り子をお与えになるほど世を愛してくださいました。そして、私たち信仰者がキリストの死に与る者であるなら、私たちの死も、一粒の種が地に落ちてやがて実を結ぶように、用いていただけるはずです。

ラザロの死はそのように用いられました。信仰者の生と死は、必ず神が深み御計画の内で用いてくださいます。

弟子たちはイエス・キリストがおっしゃっていることが、その時はよくわかりませんでした。彼らはただ単に、「ラザロは眠っているだけだろうし、ユダヤに戻ることは危険を冒すだけのこと」だと考えました。

しかし、弟子のトマスは主イエスの弟子として、最後まで従い抜こうとほかの弟子たちに言います。「私たちも行って、一緒に死のうではないか。」危険をおかしてまでラザロのもとに行こうとされる主イエスのお姿に感動したのでしょう。勇ましいことを言っています。

トマスをはじめ、弟子たちは主イエスがおっしゃっていることがよくわかっていませんでした。トマスが主イエスと一緒に死ぬほどの覚悟があったのかどうか、また主イエスのことをどれほど理解していたのか、ということは、後になって明らかになる。トマスも、他の弟子たちも、主イエスが逮捕された時、散り散りに逃げ去ってしまうことになる。

そして主イエスの墓が空になった時、他の弟子たちが主イエスの復活を証しても、トマスだけは信じませんでした。「私たちは主を見た」と言うほかの弟子たちに向かって、トマスは言います。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘後に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、私は決して信じない」20:25 Continue reading

2月16日の礼拝説教

ヨハネ福音書11章1節~16節

今日私たちが読んだのは、イエス・キリストがラザロという人を蘇らせる場面の最初の部分です。ヨハネ福音書の前半部分はイエス・キリストの福音宣教が、後半部分はキリストの受難が描かれています。この「ラザロの復活」という出来事はヨハネ福音書の前半と後半をつなげる役割を果たしています。そしてラザロが墓の中からよみがえらせられることを通して、イエス・キリストご自身の復活を暗示されます。キリストには死に勝る力があることが明らかにされていくのです。

私たちはここまでヨハネ福音書を読んできて、福音宣教を行われる主イエスのしるしや言葉を信じる人たちと信じない人たちとに分かれたことを見ました。前半部分の最後に当たる10章では、主イエスはヨルダン川の向こう側へと退かれます。それは主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになり、福音宣教を始められた荒れ野です。

主イエスは宣教の原点である荒野へと一度戻られ、再びそこから新しい一歩を踏み出されることになります。十字架への歩みの開始です。エルサレムでは主イエスのことを信じる人たちと信じない人たちに別れ、主イエスを待ち受けています。これから私たちは、イエス・キリストがまたエルサレムに戻り、十字架へと歩んでいかれる受難のメシアのお姿を見ることになります。

ヨハネ福音書は他の福音書とは随分違う仕方でイエス・キリストの受難を描いています。他の福音書では、過越祭のためにエルサレムに上られた主イエスが神殿で暴れて商人たちを境内から追い出された事件を記しています。そのことで主イエスがエルサレムの人たちから敵意を抱かれ、殺されてしまう様子を描きます。

しかし、ヨハネ福音書では、主イエスが神殿から商人たちを追い出されたことを、福音宣教の初めに書いています。ご自分こそが神殿にとって変わる存在であることを宣教の初めに示され、そこからすでにエルサレムの中にはユダヤ人たちの主イエスに対する殺意があったことを描きます。

イエス・キリストが自らの意思でエルサレムの敵意の中に戻っていかれる、受難のメシアとしてのお姿をここから見ていきたいと思います。

主イエスはここまでの宣教の中で、六つの大きな奇跡を行われました。初めに、ガリラヤのカナの村で、水をワインに変えられました。次に、同じくガリラヤで、役人の息子を癒されます。エルサレムで、38年間病で寝たきりだった人を癒され、続けて、エルサレムからガリラヤまで追いかけて来た5000人の人たちに、二匹の魚と五つのパンを満腹させられました。夜、水の上を歩いて弟子たちの船に乗り込まれました。そしてエルサレムで、物乞いをしていた盲人を癒されます。

これら六つの奇跡一つ一つが人々を驚かせ、主イエスを神の子と信じる人たちと、信じない人たちに分かれて来ました。そして今日私たちが読んだのは、ヨハネ福音書に証されているイエス・キリストの七つ目の奇跡となります。いわば、キリストがこの地上でお見せになった、ご自分が神のメシアであることの証の頂点といっていい奇跡の御業です。

七つ目の奇跡は、これまでの六つの奇跡とは大きな違いがあります。この7つ目の奇跡だけは誰が癒されたのか、その名前がはっきりと記録されているのです。ベタニアのラザロという個人の名前が歴史的事実としてはっきりと記されています。

この七つ目の奇跡がどこで行われたのか、また何という名前の人に行われたのか、ということが、この奇跡の意味を象徴しています。「ラザロ」はヘブライ語のエレアザルという名前のギリシャ読みです。「神こそ私の助け」という意味の名前です。そしてラザロがいた「ベタニア」は「戦いの家」という意味です。

「戦いの家」という村の中で「神こそ私の助け」という名前の人が死から救われた出来事です。常に肉体の死と戦っている私たちにとって、神こそが助けとなってくださるということを象徴的に描き出しているのはないでしょうか。

ラザロが戦う相手は、病であり、死でした。主イエスはラザロの死に目には間に合われませんでした。ラザロは死に負けてしまいます。病との戦いに負け、死の支配の下に置かれてしまうことになります。しかし、イエス・キリストは、人間がどうやっても勝つことのできない死の力からラザロを救い出されるのです。そしてこの奇跡の出来事が、イエス・キリストの十字架と復活を我々読者に暗示することになるのだ。

我々は嫌でも、自分がやがて向か会える死というものを考えさせられます。若く、自分の肉体が強い時には、そんなことを意識することは少ないかもしれません。しかし、たとえ若かったとしても、身近な人の死、愛する人や若くして命を落とす人を見たりすると、自分にも同じことがいつか訪れるのか、と考えさせられることになります。

人間にとって死とは何なのでしょうか。なぜせっかく世に生まれて来たのに、死というものが訪れるのでしょうか。我々人間の歩みは、例外なく「生まれた瞬間から死に向かって生きている」、とい逆説的な意味を含んでいます。「人の人生は生から死に移る過程である」という誰も避けて通れない逆説的なテーマをここに見ることができるのです。

聖書は、イエス・キリストの御生涯を通して、私たちの死は、終わりではないということ慰めを伝えています。使徒パウロは、コリントの信徒への手紙の15章にこう書いています。

「キリストはすべての敵をご自分の足の下に置くまで、国を支配されることになっている・・・最後の敵として、死が滅ぼされます」1コリ15:25

キリスト者にとって、死とはやがてキリストによって滅ぼされる力だというのです。さらにパウロはこうも書いています。

「実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。」1コリ15:20

キリスト者にとって死は復活までの眠りであるという事実を伝え、聖書は我々を慰めてくれています。

今、イエス・キリストは死の力に直面している人に向き合おうとなさっています。これまで、「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」とおっしゃってきたこの方は、これから地上での命を終えようとする者、地上での命を終えた者に対して、どう向き合われるのでしょうか。

ヨハネ福音書は ラザロの姉妹であるマルタとマリアのことを書いています。マリアは主イエスの足を香油で濡らし髪の毛で拭った女性として知られていたようです。この2人の女性たちが、主イエスのもとに使いをやって「主よ、あなたが愛する者が病気なのです」と伝えさせました。この言葉から、主イエスがラザロのことを以前からよくご存じで、深く愛していらっしゃったということがわかります。

我々はまず彼女たちの言葉に注目したいと思います。彼女たちはラザロが病気であるということを主イエスに伝えました。ラザロが病気であるということ「だけ」を伝えています。

カナの村で行われた婚礼の中で葡萄酒が足りなくなった時、マリアは自分の息子のイエスに「ワインが足りなくなりました」とだけ伝えました。「あなたなら水をぶどう酒に変えられるでしょう。人助けをしてください」とは言いませんでした。

同じように、マルタとマリアは「ラザロが病気です」とだけ伝えます。普通は「弟のラザロが病気ですから早く来て癒してください」などと願うのではないでしょうか。

このことは、私たち自身の祈りについて考えさせられるのではないでしょうか。私たちも神に祈る際には、「自分は今こんなことで悩んでいるので、こうしてください」と具体的な解決策を神に向かって願うことが多いでしょう。

私たちは神に向かって祈りを捧げます。それは何のためでしょうか。私たちの要望のリストを神に手渡すためでしょうか。私たちが求めることを全て神が叶えてくださるかというとそうではありません。では何のために祈るのでしょうか。

カナの婚礼で、母マリアから「ぶどう酒が足りなくなりました」と言われた時、主イエスは「私の時はまだ来ていません」とお答えになりました。思いもかけない、主イエスの冷たい反応です。

ここでも主イエスはマルタとマリアの願いに対して、思いがけないことをおっしゃいます。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」「それは大変だ、ラザロを今すぐ助けに行こう」、ではなく、ラザロの病を通して神の栄光が現わされることになる、とおっしゃるのです。

主イエスお一人の胸の内に、周りの人たちの思いとは何か別のご計画が秘められていることがわかります。主イエスは1人の盲人を癒された時にも同じようなことをおっしゃいました。「この人が生まれつき目が見えないのは、神の業がこの人の上に現れるためである。」あの時と同じように、これからラザロの上に起こる奇跡を通して神の栄光を見ることができるとおっしゃいます。

主イエスは確かにラザロを愛していらっしゃいました。しかし、「すぐに行く」とはおっしゃらず、2日間そこに留まられたことが書かれています。

ヨハネ福音書は、ここで不思議な言葉遣いをしています。日本語ではわからないのですが、もとのギリシャ語では、の5節と6節を「だから」という言葉で結んでいます。

「ラザロが病気です」と伝えられた、「だから」2日間そこに滞在された、という書き方です。「しかし」ではなく、「だから」です。ラザロが病気で死にそうだからこそ、そこから動こうとされなかった、という書き方なのです。

首を傾げるようなことではないでしょうか。誰かを愛していて、その人が病気なのであればすぐにでも出かけて行くべきでしょう。しかも病を癒す力があるのだから、あれば行って癒してやるべきではないでしょうか。私たちはそう思います。

しかし、主イエスは「だからこそ」すぐにラザロのもとに向かわれることなく2日間そこで待たれた、というのです。カナの婚礼の際、主イエスは母マリアに「私の時はまだ来ていません」とおっしゃって、その後水をワインに変えられたように、主イエスには主イエスにしかわからない時をお持ちだったのです。

私たちは祈りの中で神に様々なお願いをします。しかしそれが全て叶えられるわけではありません。その時には「祈りが聞かれなかった」とすぐに思ってしまいます。しかしそれはどうなのでしょうか。

もちろん神が全部自分の言うことを聞いてくださると楽です。しかし神の御心がどのような仕方でいつ現されるのか、私たちは知りません。自分を導いてくださる良い羊飼いが、時と手段をわかっていらっしゃるのであれば、私たちは信頼して自分には計り知れない救いを待つべきではないでしょうか。希望を持って委ねて祈りつつ待つ、ということは、私たちの信仰の大切な部分ではないでしょうか。

ヤコブの手紙5章に、こういう言葉がある。

「兄弟たち、主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい。忍耐した人たちは幸せだと、私たちは思います。あなたがたは、ヨブの忍耐について聞き、主が最後にどのようにしてくださったのかを知っています。主はいつくしみ深く、憐れみに満ちた方だからです。

死がキリストによって滅ぼされるその時まで、神の御心を信じて、忍耐をもって祈り続けたと思います。

1月26日の礼拝説教

ヨハネ福音書10章7節から18節

イエス・キリストが神殿で一人の盲人の目を癒されました。それが安息日だったので、「安息日にはいかなる仕事もしてはならない」という聖書の教えを厳格に守っていたファリサイ派の人たちは、このことを非難しました。しかし、「誰かを癒す、ということは罪びとにはできない」、ということで、このことが議論の的となりました。

果たして、イエスは律法の掟を破る罪びとなのか、安息日に神の御心を行うメシアなのか。

主イエスに癒された人は、ファリサイ派の人たちから尋問を受け、結局追放されてしまいました。ファリサイ派の人たちではなく、自分を癒してくださったイエスという方に従いたいと自分の意思を表明したからです。

追放されたその人のもとに、主イエスはまた来てくださいました。そしておっしゃいました。「こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる」

これを聞いてファリサイ派の人たちは怒りました。「私たちは見えない、ということなのか」

主イエスは怒る彼らに「羊は羊飼いの声を聞き分ける。羊は羊飼い以外の者にはついてかない」とたとえを話されました。しかしファリサイ派の人たちにはその話が何のことか分かりませんでした。

更に、「私より前に来たものは皆盗人であり 強盗である」とおっしゃいます。これはユダヤの宗教的指導者たちのことでした。羊たちは盗人や強盗にはついて行きません。

主イエスによって目を癒された人は、主イエスの声を、「自分が本当に従うべき声」として聞き分けたのです。そして自分に声をかけてくださったその方に、「主よ」と呼び掛けました。まさに「自分の羊飼い」として主イエスを選び取ったのです。

今日私たちが読んだのは、その続きです。主イエスは続けてご自分のことを「羊の門」「良い羊飼い」であることをおっしゃいます。

ご自分が「羊の門」である、ということは、神の支配・神の国へと入るには、イエス・キリストを通らなければならない、ということです。キリストご自身が、救いの入り口である、ということをたとえていらっしゃるのです。

そして主イエスはご自分のことを「私は良い羊飼い」であると11節でおっしゃっています。この「良い」という言葉は「美しさと愛に満ちている」という意味があります。

続けて羊飼いと雇い人の違いをお話しなさいます。雇い人は羊を所有していないので何か身の危険を感じることがあれば自分の安全を優先させて、羊を置いて自分は逃げるのです。当然でしょう。羊は自分の羊ではありません。まずは自分が助かることが一番です。

ユダヤの指導者たちが癒された盲人に対してやったことは、自分たちの考えを守るために彼を追放する、ということだった。彼らは「羊飼い」ではなく「雇い人」にしか過ぎないことを主イエスは明らかにされたのです。

主イエスはご自分のことを、羊を守るために自分の命をかける、「良い羊飼い」であることを宣言されます。羊飼いとして自分自身の身を羊のために投げ出すことを約束し、強盗が来たら 主イエスは羊のために全てを投げ出してでも守ろうとなさるのです。

「羊の群れは、羊飼いの声を聞き分ける」と主イエスはおっしゃっていますが、皮肉にも、ユダヤ人の指導者たち、聖書をよく研究していた人たちは、神の元から来られたキリストという羊飼いの声を聞き分けることはありませんでした。

更に皮肉なことに、ユダヤ人たちが罪びととさげすんでいたサマリア人の女性や、生まれながらに目が見えなかった人が、主イエスの声をメシアの声として、自分の羊飼いの声として聞き分けて来ました。

旧約聖書を見ると、古代イスラエルは遊牧社会だったので人と神の関係を表す比喩として羊と羊飼いの関係がよく用いられています。良い指導者は「人々の羊飼い」として表現されています。例えばダビデは神からこう言われています。

「我が民イスラエルを牧するのはあなただ。あなたがイスラエルの指導者となる」サムエル記下5章の2節

逆に、イスラエルの指導者が神の御心とは違う方向に民を導くと、神はその指導者を悪い羊飼いとして裁かれます。

 初めは「良い羊飼い」として選ばれたダビデも、ウリヤを殺してその妻をめとった時、預言者ナタンがダビデのもとにやってきて、ダビデの犯した罪を明らかにしました(サムエル記下12章1節から7節)。あのイスラエルの英雄ダビデ王ですら、道を誤り、「悪い羊飼い」として神からの裁きが受けています。

少し、イスラエルの歴史を振り返りたいと思います。イスラエルはどのような指導者「羊飼い」に導かれてきたでしょうか。

出エジプトをして約束の地に入ったイスラエルの民は、人間の王が欲しい、と言いました。「他の国のように、自分たちにも人間の王が欲しい」

荒野を歩き、ようやく約束の地での生活が始まる。それまで、イスラエルの王は、神ご自身でした。エジプトから救い出してくださったのも、荒野を導いてくださったのも、神でした。神は昼は雲の柱によって民を導き、夜は火の柱として寝ずの番をしてくださったのです。

しかし、約束の地に入ってみると、周りの国々の繁栄が眩しく映ったのでしょう。自分たちも、人間の王が欲しい、と民は言い始めます。預言者サムエルは、民の訴えに対して、それはよくない、と言いましたが、民は聞きませんでした。

やがて、サウルという若者が王とされ、つぎにダビデが王となります。ソロモンがそれに続き、レハブアムの時にイスラエルは南北に分裂することになります。

ソロモンは派手な外交を続けて、外国からたくさんの妃をめとり、それと同時に異国の信仰もイスラエルに入ってくるようになりました。その息子のレハブアムの代になると、王は自分の周りに自分の言うことを聞く仲間だけを置きました。そのことで、レハブアムの圧政に民の怨嗟が高まり、イスラエルで内戦が起き、南北に分かれてしまうのです。

ダビデの血筋でない北王国はBC721年にアッシリア帝国によって滅ぼされました。そしてダビデの血筋をひいた王たちが治めた南王国も、BC587年にバビロニア帝国によって滅ぼされてしまいました。

イスラエルの歴代の王は、周辺国の異教礼拝・偶像礼拝になびいてきました。そうなると、民衆の信仰生活の中に、偶像礼拝が入り込んでくることになるのです。当時の異教の礼拝の中で、自分の子供を神にいけにえとしてささげるようなことまでしていたのです。

神は道を踏み外したイスラエルの歩みを正そうと、何人もの預言者を遣わされました。その道の先には滅びしかないことを何人もの預言者を通してお伝えになりました。

それでも、イスラエルは偶像礼拝をやめませんでした。最後には、アッシリア帝国、バビロニア帝国によって国が滅ぼされることになります。イスラエルの滅びは、民が神ではなく人間を自分たちの「羊飼い」として選んだ時から始まっていたのです。神から離れ、偶像礼拝に染まり、滅びへと向かう歩みとなっていたのです。

私たち信仰の群れの歩みは、どこに自分の「羊飼い」を見出しているか、どなたの声を自分の「羊飼い」の声として聞き分けているか、ということにすべてがかかっているのです。

一人の預言者が残した言葉を見たいと思います。バビロンに捕囚として連れていかれた人たちの中で、エゼキエルという人がいました。エゼキエルはバビロンで預言者へと召され、イスラエルの指導者たちに向かってこう預言しました。

「牧者たちよ、主の言葉を聞け。私は生きている、と主なる神は言われる。まことに、わたしの群れは略奪に晒され、私の群れは牧者がいないため、あらゆる野の獣の餌食になろうとしているのに、私の牧者たちは群れを探しもしない。牧者は群れを養わず、自分自身を養っている。それゆえ牧者たちよ、主の言葉を聞け。主なる神はこういわれる。見よ、私は牧者たちに立ち向かう。私の群れを彼らの手から求め、彼らに群れを飼うことをやめさせる。・・・見よ、私は自ら自分の群れを探しだし、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊が散り散りになっている時に、その群れを探すように、私は自分の羊を探す。」エゼ34:8以下

このエゼキエルの預言を私たちはどう受け止めるでしょうか。偶像礼拝をしていた人たちに神が昔語られた言葉として、「過去の言葉」として終わらせていいのでしょうか。

この言葉は、まっすぐ私たちに向かってこないでしょうか。私たちは「良い羊飼い」の声を聞き分け、その方の後ろを正しく歩んでいるか、という問いかけとして、迫ってくるのではないでしょうか。私たちは、イエス・キリストが招き入れようとしてくださっている牧草地の柵の中に留まり、そこに新しく誰かを招き入れようとしているでしょうか。

まだキリストの牧草地の外で、誘惑に満ちた荒野を彷徨っている羊がたくさんいるのです。 Continue reading

1月12日の礼拝説教

 創世記9章20節から29節

「ノアの箱舟」とか「ノアの洪水」と呼ばれている物語は、9:19で終わりました。洪水によって世界が流され、箱舟へと導かれて救われたノアとノアの家族、そしてノアたちが乗せた生き物たちが新しい世界での生活を始めることとなります。箱舟から出たノアはまず神への礼拝を捧げ、神がそれに応えて祝福と契約の言葉を世界にお与えになりました。神の裁きによる新しい創造の御業が終わったのです。

今日読んだところは、新しい創造の御業ノアとその家族の後日談です。洪水の後、この世界は完全な調和を保ち、正しい人として選ばれたノアとノアの家族はそのまま清く正しく生きたか、というとそうではありませんでした。

この後日談は、私たちがこれまで抱いて来た「正しい人・ノア」のイメージを覆すものではないでしょうか。洪水が終わるまでは、ノアは正しい人であり、悪がはびこる地上で唯一選ばれた礼拝者として描かれています。そこで終わっていれば、洪水後、ノアとノアの家族は何一つ過ちを犯すことなく理想的な「正しい人」として生涯を終えた、誰もが想像したでしょう。

しかし、神の祝福と契約の言葉を受けた後のノアとノアの家族の様子を見ると、あまりに人間臭く、彼らが私たちと同じ地平に生きた人たちであったことがわかります。ノアがぶどう酒によって裸で寝るという醜態を晒してしまい、ノアの息子の一人がその恥を笑い、ノアから呪われる、という事件が起こるのです。聖書はノアと家族の欠点を示すような出来事が赤裸々に描いています。

ある人は、「この出来事はとても旧約聖書的だ」と言っています。聖書は理想的な人が理想的な人生を送った、という完璧な人間の姿を私たちに見せて、「がんばってこうなりなさい」というのではありません。洪水の後美しい世界が生まれ、人は悪や罪とは無縁の平和な世界が生まれていった、という理想を描くのではなく、むしろ、人間の不完全な醜さをそのまま浮き彫りに、私たちに警告を投げかけているのです。

洪水の後、「人が考えることは幼い時から悪いのだ」と神はおっしゃった通り、悪い意味で人間臭い歩みが続くことになっていくことが暗示されています。

ここまで、神が起こされた洪水は、ある意味では新しい創造の御業であった、ということをお話ししてきました。洪水後の人の生活は、洪水の前の人の生活へと戻っていくことになります。アダムとエバが蛇の誘惑に負けて神から離れたように、カインとアベルが兄弟殺しを演じたように、ノアから始まる新しい救いの世代は、恥と呪いの歩みを繰り返すことになっていくのです。

最初の天地創造の際の人間の歩みと、洪水後の再創造の後の人間の歩みは、韻を踏むように似ています。神が初めの天地創造の際、エデンの園をお創りになり、そこに果実を供えられたように、ノアもブドウ畑を作りました。最初の人アダムがそうであったように、ノアも大地を耕す人となりました。食べてはならないとされる果物を食べてアダムとエバが罪に陥ってしまったように、ノアは果実からできたお酒を飲んでこのような醜態をさらしてしまいます。ノアも裸になって醜態を晒してしまったことは、アダムとエバが、自分たちが裸であることに気づき恥じたことを思い起こさせます。ノアの息子たちの3兄弟の中で一人だけ、呪われることになるのはカインとアベルの物語を思い出します。

もしもノアが油断して酔っ払い、裸で寝てしまい、息子の一人に見られて笑われてしまうというだけなら、笑い話で終わったかもしれません。

しかし、その後を読むとは面白いとはとても言えないでしょう。

ノアの息子の一人である ハムがノアの天幕に来て自分の父親の裸の姿を見て、それを外にいた二人の兄弟に告げます。それは父親に対して適切なふるまいではありませんでした。彼は父のテントに入り そこで見た父の醜態を他の兄たちに話して、自分の父親を笑いの種としたのです。

それを聞いた2人の兄弟、セムとヤフェトは、ハムと一緒に笑わず父の恥を隠そうします。「着物を取って自分たちの方にかけ、後ろ向きに歩いていき、父の裸を覆った」とあります。

6章からノアは出てきますが、ここまでノアは黙々と神の言葉に従う「正しい人」として描かれてきました。理想の信仰者のような人として私たちも見て来たでしょう。ここで初めて人間臭いノアの姿を見ます。

6章からここまでノアの言葉は、一度も書かれていません。ノアが何を考え、何を話したのか、神が洪水で世界を流すと決断されたそのはじめから洪水の終わりまで、一言も記録されていないのです。ただ黙々と神の御計画に従ってきた人のように書かれています。

ここでついに私たちはノアの声を聞くことになります。聖書に記されている唯一のノアの言葉は、呪いの言葉でした。

私たちがここまで読んできたノアの物語は、洪水が地上にはびこっていた罪を洗い流し、この世界が新しくなったところで完結する話ではありません。洪水の後、新しく歩み出した人間がまた呪いに向かって生き始めることになった悲劇を描いているのです。

ぶどう酒を飲んで裸で天幕に横たわるノア、父親の恥を広めて笑おうとするハムを通して、私たちはまた人間の罪について考えさせられることになります。

聖書はありのままの人間の醜さを描き出します。ノアはハムの息子のカナンに対して呪いを発しました。ここに人が人を呪う現実が生まれます。そして人が人の奴隷となるという呪いが暗示されています。ノアの呪いの言葉は、洪水後の人類の有り様を映し出すのです。私たちが生きている現実を、このような仕方で描き出し、信仰の警告を発するのです。

ノアの呪いはハム本人を超えて、さらにその息子のカナンに向かいました。ハムから生まれたカナン、そしてそこから生まれる人たちに対する呪いです。10章を先取りして読んでみると、カナンからはソドムとゴモラに住む人たちが後に生まれることが書かれています。ソドムとゴモラは神によって焼き滅ぼされてしまうので、カナンから地上に広がる悪が、暗示されていると言っていいでしょう。

ここで私たちが考えたいと思います。ノアはカナンを呪っているが、それは私たちも同じようにカナンから生まれるカナン人のことを憎むべきなのか、ということです。

カナンを先祖に持つカナン人のことを、世界中の人たちは敵としなければならないのでしょうか。面白いことに、創世記全体を見るとイスラエル人とカナン人は仲がいいのです。

おそらく、このノアとハムの出来事が書かれたのは、イスラエルとカナンが敵対関係にある時代でしょう。その時代背景を反映して、この出来事は書かれたと考えるのが自然です。

聖書にそう記されているから人間の争いの歴史が生まれて来たのではありません。逆です。人間の愚かで罪深い争いの歴史の中で、聖書の物語が編まれていったのです。そして聖書は人間が作り出す愚かな現実を伝える信仰の使信となってきました。

後のイスラエルの歴史の中では、カナン人はイスラエルの敵として出てくることが多いことは確かです。しかし、イスラエルの敵は何もカナン人だけではありませんでした。

私たちはカナンから出たソドムとゴモラの人たちに与えられた滅びの出来事を超えた救いの時を生きています。神の救いの御計画が進められて、今、平和の君、イエス・キリストが来られました。私たちが今、ノアの呪いの言葉を読んで、誰か特定の民族を敵とすることは神の御心に逆行しています。

私たちがこの出来事を読んで、敵とすべきは、人間の罪なのです。呪いを、憎しみを、争いを生み出す人間の罪へと聖書は私たちの目を向けさせます。人間には捨てきれない醜さがあります。そのことから目を背けないことです。

そして更にそれよりも大切なことは、私たちは今、罪の呪いではなく、罪からの解放、罪の許し、立ち返りの祝福をもたらしたメシアが来てくださった時代を生きている、ということです。

イエス・キリストがカナン人の女性を受け入れられた記事が マタイ福音書に記されています。主イエスがティルスとシドンの地方に行かれた際、その土地のカナン人女性が主イエスに救いを求めてやってきました。「自分の娘が悪霊に取りつかれて苦しんでいるから助けてほしい」、と言うのです。

主イエスは何もお答えになりませんでした。それでも女性は「私を憐れんでください」と言ってついて来ました。弟子たちは「このカナン人の女性を追い払ってください」と主イエスに願います。この女性を疎ましく思ったのです。

イスラエルの歴史を振り返ると、ユダヤ人とカナン人は長年敵対関係にありました。主イエスにとっても弟子たちにとっても、民族的にカナン人であるこの女性とは距離がありました。信じる神も違うのです。

主イエスはこのカナン人女性の信仰を試されました。女性は「主よ、ダビデの子よ」と主イエスのことを呼びました。このイエスというユダヤ人青年を、メシアとして、イスラエルの神として求めているのです。

主イエスは「私は、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになりました。「私はイスラエルのメシアである。あなたはカナン人ではないか、カナンの神に救いを求めないのか」、という響きを含んだ言葉です。

女性は「子犬も主人の食卓から落ちるパンくずはいただくのです」と言いました。主イエスは最後におっしゃいます。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願い通りになるように」 Continue reading

1月5日の礼拝説教

 創世記9章1節から19節

 「箱舟から出たノアの息子はセム、ハム、ヤフェトであった」

私たちは6章から続く、ノアの洪水の物語を見て来ました。聖書の中では際立って分量のある、洪水から礼拝へ、礼拝から祝福へ、祝福から神との契約への導きを描いた、裁きから救いへと至る物語です。

このような神話のような物語が、なぜ聖書の中に描かれ、大切に読み継がれてきたのでしょうか。神が天地を創造なさって、そこに人間の悪がはびこるようになってしまいました。神はご自身の創造の御業を後悔され、悩みながらノアというその時代の中で正しかった人とその家族を選び、世界を洪水で押し流された、という話です。

神が御心に留められたノアの正しさとは、「神と共に生きていた」、ということでした。この世界の中でノアだけが選ばれた、ということで、私たちはノアという人を特別な人としてとらえて、「自分のような普通の人間とはよほど違った人なのだろう」「ノアは私たちの想像をはるかに超えた、次元が違うような立派な信仰を持っていたから、彼だけ特別に救いの箱舟へと選び出されたのだ」、と考えしまわないでしょうか。そうやって、自分の日常とはかけ離れた物語として読んでしまってはいないでしょうか。

これは契約の民がどのようにこの礼拝の生活へと導き入れられたのか、その恵みの根源、信仰のルーツを教えてくれる物語です。その意味で、この洪水物語は私の物語として読んでいいものなのです。

ノアは特別な人ではありません。普通の人よりも神に近いような存在として書かれているのではありません。ノアは天に上げられて神となった、という話ではないのです。

神は、洪水を生き延びたノアと、ノアの家族に、これから地上の生活における使命をお与えになりました。その使命とはノアと家族が祝福のうちにこの地上に満ちていくことです。そしてその使命とは、神が今私たちにお与えになっているものです。ノアと家族、そして被造物が洪水の後に与えられた神からの祝福、そしてこの地上に生きる使命は、今私たちの目の前にある限りない現実そのものなのです。

聖書は、ノアの姿を通して、「ノアのような信仰の高みを目指しなさい」と言っているのではありません。洪水の後、神に祭壇を築き、礼拝を捧げたノアと神を描き出し、「これが、あなたが生きている礼拝、契約、祝福の現実そのものなのだ」ということを伝えているのです。

私たちはどれだけ、この物語の中に自分の信仰の姿を見出しているでしょうか。

さて、今日読んだ9:18がノアの洪水物語の締めくくりとなります。

「箱舟から出たノアの息子はセム、ハム、ヤフェトであった」

ノアと息子たちの名前が記されています。この洪水物語の初め、6:9も同じノアの系図で始まっています。

「ノアには三人の息子、セム、ハム、ヤフェトが生まれた」

この洪水物語は、なぜ洪水が起こされたのか、ということ一緒に、この洪水から救い出されたのは、この人たちだった、ということを強調しているのです。そして洪水が終わった後、聖書はこう記しています。

「この3人がノアの息子で、全世界の人々は彼らから出て広がったのである」

ここから、地上の新しい世代が始まっていった、ということを私たちに伝えているのです。神の和解の契約とともに新しい世代が始まっていくことになります。洪水の後、地上の全ての人間がここから始まった、ということは、私たちの信仰のルーツはここまでさかのぼる、ということでしょう。

洪水によって、人間の心が清くなるのではいか、という期待は幻想に終わりました。「人間の心は生まれた時から悪いのだ」と神はおっしゃいます。洪水の後もそれは変わりませんでした。

聖書が伝えている希望は、「それでも人間は終わりではない」ということです。地上に人の悪が満ちた混沌の世界から、神の救いによって新しい信仰の一歩が与えられた、その恵みの現実を聖書は私たちに教えてくれているのです。

私たちはこの物語を通して自分の信仰の根本を見ると共に、自分たち自身の信仰の歩み出しを思い返すことが出来るのではないでしょうか。

何の理由もなく信仰を求める人はいないでしょう。道が見えなくて、どこかに平安を見出したくて、どんな時でも心のよりどころになるものが欲しくて、神を求め始めるのです。

信仰とは何でしょうか。それは、生きる道そのものです。生きる方向そのものです。自分がただ生きているのではなく、どこを向いて生きているのか、今この瞬間何のために生きているのかを知っていたいのです。それを教えてくださる存在を、そのような生き方へと導いてくださる存在を求めているのです。

この物語は、神との契約と共に歩みだす信仰の民の始まりを描いています。だから、私たちはこの中に信仰者としての自分の姿を見出すことが出来るのです。そして、今自分が導かれた信仰のあり方を吟味させられるのです。

ノアの礼拝と神からの祝福、これが神との契約に生きる私たちの今の信仰を描き出したものなのです。

箱舟を下りて礼拝を捧げたノアに、またその家族に、神は祝福の言葉をお与えになりました。

「産めよ、増えよ、地に満ちよ」

9:1と9:7にこの神の祝福の言葉が繰り返されています。これは、初めの天地創造の際に神が男と女に対しておっしゃった祝福と同じ言葉です。

続けて神はこうおっしゃいます。

9:2~4「地の全ての獣と、空の全ての鳥は、地を這うすべてのものと、海の全ての魚とともにあなた達の前に恐れおののき、あなた達の手にゆだねられる。動いている命あるものは、すべてあなたたちの食料とするがよい。私はこれらすべてのものを青草と同じようにあなたたちに与える」

読み方によっては、人間は世界の全ての生き物に対して好き勝手して許されているようにもとれます。被造物が人間に対して恐れおののく、そして人間は何を食べてもいい、と言われているのです。新しくされた世界において人間は我が物顔に世界を支配していいということなのでしょうか。

最初の人アダムも「地を従わせよ」と言われました。しかしそれは、「大地に仕えなさい」という意味の言葉でした。

確かに人間にはこの地上で自由に生きることが許されています。それが神の祝福です。その自由というのは、神が示された平和の中における自由なのです。好き放題やっていい、ということではありませんでした。

この言葉の後、神は人間に制約をお与えになっています。

「ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない。」 Continue reading