MIYAKEJIMA CHURCH

3月6日の礼拝案内

 次週礼拝(3月6日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書:マルコ福音書15:21~32

 交読文:詩編8編2節~10節

 讃美歌:讃詠546番、83番、145番、507番、頌栄543番

【報告等】

◇次週、聖餐式があります。

◇3月5日(土) 役員会があります。

 【牧師予定】

◇3月8日(火) 18時より 富士見町教会にて東支区総会があります。

◇毎週土曜日は10~17時まで伝道所にいます。お気軽にお立ち寄りください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会  Continue reading

2月27日の説教要旨

マルコ福音書15:21~32

「兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。そして、イエスをゴルゴタという所に連れて行った。」(15:21-22)

イエス・キリストは鞭で打たれ、その後600人ものローマ兵たちから暴力をお受けになりました。いよいよ、ここからキリストの十字架刑が始まります。

十字架刑とはどのような刑だったのでしょうか。十字架に上げられる囚人は、十字架に釘で打ち付けられる前にまず鞭で打たれます。十字架刑を宣告されたイエス・キリストも、鞭で打たれました。

当時ローマ兵がつかっていた鞭の中には、痛みが増すように鞭の先にガラスや陶器の破片などがつけられたりしていて、肉をえぐるように作られているものもありました。むち打ちの段階で死んでしまう囚人も多くいました。

十字架刑は奴隷やローマに反乱を企てた暴徒のための処刑法でした。みせしめのための処刑法なので、すぐには囚人を殺しません。十字架に上げられた人は、十字架の上で何時間も、人によっては何日も苦しむことになります。

紀元前1世紀を生きたローマの文筆家のキケロは十字架について、「最も残酷で不快な処刑法」と記しています。

紀元1世紀のユダヤ人の歴史家ヨセフスは十字架による死のことを「最も哀れな死」と記しています。

囚人は自分が打ち付けられることになる十字架の横木を処刑場まで運ばされます。主イエスは、鞭打ちの刑と兵士たちからのリンチによって、もうご自分で横木を運ぶ力が残っていませんでした。

弱り切った主イエスの代わりに横木を運んだのは、キレネ人シモンという人でした。総督の官邸から外へと主イエスが引き出された時、偶然そこを通りかかり、無理やり主イエスの十字架の横木を運ぶようローマ兵から命じられたのです。

シモンが「イエスの十字架を運べ」と言われてどう思ったか、どんな気持ちで十字架を運んだのか、聖書には何も記されていない。しかし、書かれていなくても私たちはすぐに想像できるだろう。「無理矢理運ばされた」とあるので、当然シモンは喜んで運んだわけではありませんでした。

シモンにとっては、見ず知らずのナザレのイエスという犯罪人の十字架を無理やり背負わされた不運でした。犯罪人の十字架を運ばされるということはシモンとって不名誉極まりないことでした。「なぜ自分が」、と運の悪さを呪ったことでしょう。

しかし、このことは、のちにシモンの栄誉となりました。

聖書はシモンのことを随分詳しく記録しています。アレクサンドロとルフォスという二人の息子たちの名前まで書かれています。

マルコ福音書が記された1世紀の教会では、「あのアレクサンドロとルフォス」の父親という知られ方をしていたのでしょう。アレクサンドロとルフォスは、福音書が記された時代には教会の指導者として皆に名が知られていたのでしょう。だからこそ、マルコ福音書はシモンのことを「あの二人の父親であるシモンが」という書き方をしているのです。

シモンは、後に主イエスの復活を知り、自分があの時背負った十字架はキリストの十字架だった、ということを知ったのでしょう。自分の肩に重く食い込んだあの十字架の痛みは、キリストのための痛みだった・・・そのことがシモンの恥を信仰の誇りへと変えたのです。

シモンは自分の二人の息子たちに、あのイエス・キリストのゴルゴタの道行きの時の話を何度も話して聞かせたのでしょう。ゴルゴタまで、見ず知らずの囚人の十字架を運んだ、ということがシモンの信仰の誇りとなり、そしてそのことが、彼をキリストの証人へと変えたのです。

私たちにとっての信仰の誇りは何でしょうか。それは、私たちがどのようにキリストの十字架を担ったか、そして、今、私たちがどのようにキリストのために自分の十字架を担っているか・・・そういうことではないでしょうか。

私たちの信仰の誇りというのは、人から拍手をもらうような、人間としての誇りではありません。シモンはゴルゴタまで、人間として立派なことをしたのではありません。誰もが嫌がることを、偶然そこを通ったというだけで嫌々やらされただけです。

シモンは主イエスを見ても、メシアだとはわかりませんでした。言われたので、仕方なく運びました。信仰者としては褒められることではありません。ここにシモンの立派さなんてものはありません。むしろシモンの信仰の弱さ・霊的な弱さが現れています。

しかし、この不名誉が、キリストの十字架の意味を知った時に、名誉に変わるのです。キリストを恥としていた人が、キリストを誇りにするようになるのです。自分の霊の弱さが神の御業の中で用いられた、ということがシモンの誇りとなり、彼はキリストの証人となりました。

使徒パウロはコリント教会にこう書いている。

「私は弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、私は弱い時にこそ強いからです」

なぜパウロはこんなことを言ったのでしょうか。自分の弱さが神に用いられている、ということ、そして自分が自分の力で福音を伝えているのではないということを知ったからでしょう。

パウロは「私をもっと強くしてください、私の中から弱さをなくしてください」と祈りました。しかし、祈りの中で神から言われます。

「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ発揮されるのだ」

これを聞いてパウロは、強さを求めることをやめました。

「キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と言っています。

パウロは自分の弱さを聖霊がキリストのために用いてくださっていることを知ったのです。私たちの信仰の誇りは、私たちの人間的な弱さを通して生み出されていくものなのです。

イエス・キリストを見捨てた弟子達は、のちにキリストの証人として用いられることになった。弱い罪びとに過ぎなかった弟子達でした。その罪の弱さまでも用いられることになりました。

キリストの十字架を運ぶつもりなど全くなかった、田舎から出てきたキレネ人シモンがしたことが、のちに教会の中で記憶され、聖書の中に記録されることになりました。シモンはゴルゴタの道行きの中で、キリストをキリストとして見ることはできなかった、信仰的には弱い人でした。しかし、シモンのその弱さを通して神の御業は進んだのです。

さて、私たちが今日読んだキリストの十字架への歩み、そして十字架の上での死は、聖書が私たちに描き出す救いの歴史の頂点です。聖書は十字架の残酷さを詳細に描くよりもむしろ、キリストの十字架の意味を伝えることの方に重点を置いています。

キリストが没薬を混ぜた葡萄酒を差し出されてもお飲みにならなかった、ということ、そして兵士たちがキリストの服を分け合った、ということを記しています。それほど重要に思えないようなことを、聖書はわざわざ記録しています。これは何なのでしょうか。

没薬を混ぜた葡萄酒は、痛みを緩和させるためのものでした。しかしキリストはそれをあえて拒絶され痛みを全てお受けになる道を選ばれました。

そしてキリストは服を奪われ、裸で十字架へと上げられ、十字架の下ではその服を兵士たちがくじを引いて分け合った、ということが記されています。

なぜ聖書はそのようなことをわざわざ記録しているのでしょうか。十字架に向かわれる主イエスがお受けになった痛みはすべて聖書の言葉の実現であることを示そうとしているのです。

詩編69:21「嘲りに心を打ち砕かれ、私は無力になりました。望んでいた同情は得られず、慰めてくれる人も見出せません。人は私に苦いものを食べさせようとし、渇く私に酢を飲ませようとします」

詩編22:18「骨が数えられるほどになった私の体を、彼らはさらし者にして眺め、私の着物を分け、衣を取ろうとしてくじを引く。」

メシアに与えられることになっている苦しみ、孤独、嘲りは全て預言されていました。福音書は、私たちに、旧約聖書を通して預言されていたことは全て、この方の十字架だった、と伝えているのです。 Continue reading

2月27日の礼拝案内

次週礼拝(2月27日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書:マルコ福音書15:21~32

 交読文:詩編7編7節~18節

 讃美歌:讃詠546番、82番、269番、520番、頌栄542番

 【牧師予定】

◇3月8日(火) 18時より 富士見町教会にて東支区総会があります。

◇毎週土曜日は10~17時まで伝道所にいます。お気軽にお立ち寄りください。

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主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

2月20日の説教要旨

マルコによる福音書15:16~20

「兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを弾いていき、部隊の全員を呼び集めた」(15:16)

ローマ兵からキリストが暴力を振るわれた、という場面です。イエス・キリストは夜中に逮捕されてから十字架に上げられるまで、あらゆる仕方で暴力を振るわれてきました。

ユダヤの最高法院の人たちによって有罪とされた際には「ある者はイエスに唾を吐きかけ、目隠しをしてこぶしで殴りつけ、『言い当ててみろ』と言い始めた。また、下役たちは、イエスを平手で打った」とあります。

ローマ総督ポンテオ・ピラトに引き渡されて十字架刑の宣告を受ると、鞭で打たれました。そしてその後、主イエスはローマ兵たちへと引き渡され、さらに、たたかれたり侮辱されたりしたのです。

これから主イエスは十字架にくぎで打ち付けられて殺されることになります。兵士たちの役目は、このイエスという人を十字架に上げて処刑することでした。しかし、兵士たちは、連れてこられたイエスという人をすぐに十字架へと送りませんでした。王の格好をさせ、侮辱し、暴力を加えてから十字架へと送ったのです。

この兵士たちは、ユダヤの大きな祭りである過越祭の警備にあたっていた人たちでした。過越祭から暴動が起きたりしないようにらみを利かすのが仕事でした。緊張する役目であると同時に、何もなければ暇を持て余す役目でもありました。退屈して時間を持て余していたところに、「ユダヤ人の王」を自称したイエスという男が連れてこられます。

兵士たちにとって、このナザレのイエスは、愚かにもローマへの反逆を企て事前にそれが発覚し、捕らえられて自分たちのところへと連れてこられた人物にしか過ぎませんでした。ユダヤ人の反乱を主導しようとして失敗した、ただの愚か者です。兵士たちにはこのイエスという人物を大事に扱う理由、愛する理由などありません。どうせこれから死刑になる人間です。

兵士たちがどんな思いで、そしてどのように、また、どれほど主イエスのことを痛めつけたのか、すぐに想像できるのではないでしょうか。

彼らは自分たちの楽しみのために主イエスに侮辱と暴力を加えました。ただ自分たちの楽しみのためだけに、主イエスを使って自分たちを満足させたのです。

ここでは「部隊の全員」が呼び集められた、と書かれています。この「部隊」というのは600人の部隊でした。全員が集められた、ということは、イエス・キリストは600人の兵士たちから侮辱され、たたかれ、唾を吐かれた、ということです。どれほどすさまじい暴力だったか、ということがわかります。

さて私たちは主イエスを侮辱して痛めつける兵士たち、そしてそれを黙って甘んじてお受けになる主イエスご自身の姿に、何を見るでしょうか。

異邦人兵士たちがここで侮辱し、頭をたたき、唾を吐きかけた方は、「ユダヤ人の王」でも、「神への冒涜者」でもありません。聖書はこの方をキリスト・メシアとして証しています。神の右に座し、全世界を統治する権威を神から託される「人の子」と呼ばれるメシアとして伝えています。ユダヤの支配者であっても、ローマの支配者であっても、この方が本当は誰なのかを知ったら青ざめるほどの権威を持った方でした。

その方を兵士たちは今楽しんで侮辱しています。自分の罪を背負い、死んでくださるメシア・この世界の王を、彼らは何も知らず殴り、唾を吐きかけています。

しかし、誰も自分が何をしているのか分かりませんでした。このことは旧約の預言者イザヤはすでに預言していました。

イザヤ書53:1~4

「私たちの聞いたことを、誰が信じ得ようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから彼は苦しんでいるのだ、と。」

「私たちの聞いたことを、誰が信じ得ようか」

まさにイザヤが預言した通りです。誰も、自分が痛めつけ、侮辱している相手が神のメシアだと、誰も気づきませんでした。ローマの兵士たちはもちろん、聖書の言葉をよく知っているユダヤの大祭司や律法学者ですら気づきませんでした。何も知らずに自分たちの王を侮辱し、痛みを与える罪びとの姿がここにあります。

まさか自分の目の前に全世界の支配者、神がいるとは誰も思いませんでした。私たちも同じでしょう。何も知らず、神のメシアを侮辱する兵士たちを通して、私たちは神の御心に自分がどれだけ鈍感であるか、ということを見せつけられるのではないでしょうか。

「神の御心」とか「神のご計画」と聞いても、自分の日常からかけ離れた、どこか自分から遠いところにあるように思ってしまうのではないでしょうか。私たちはどこかで、キリストは遠いところにいらっしゃる方だ、遠い時代の方だ、と決め込んでいるのではないでしょうか。

今も目の前にキリストが共にいてくださるということ、キリストが私と一緒の歩幅で歩いてくださっている、ということをどれだけ現実味をもってとらえているだろうか。目に見えない聖霊の力を、導きを、守りを、どれだけ見ようとしているでしょうか。私たちの霊は乏しいのです。だからこそ、聖書を通して、キリストに痛みを与えた人たちの姿を通して反省しなければならないのではないでしょうか。

弱々しく、無抵抗に痛めつけられるイエス・キリストのお姿を見て、「これが本当に全世界の統治者・メシアなのだろうか」、と思わせられます。

エルサレムにお入りになる前に、キリストは弟子達にすでにご自分の受難を予告されていました。

「今、私たちはエルサレムへ上っていく。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭うったうえで殺す」

キリストはエルサレムでご自分を待ち受けている痛みを、侮辱を全てご存じでした。そしてエルサレムに入る前に弟子達を呼び寄せて、ご自分がなぜ殺されるのか、という神の救いのご計画の本質をお話になりました。

「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者とみなされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力をふるっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたいものは、皆に仕える者になり、一番上になりたいものは、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来たのである」

ローマの兵士たちから侮辱され、たたかれ、唾を吐かれ、鞭うたれるお姿は、実は、ご自分の命を罪人のために身代金として捧げていらっしゃる、キリストの勝利のお姿なのです。

しかし、この時、異邦人の兵士たちから無抵抗に侮辱され、痛めつけられている主イエスの姿の中に、誰が神の勝利を見出すことができたでしょうか。イザヤが「誰が信じ得ようか」と預言した通りなのです。

キリストは弟子達に「人のために仕える」ということをお教えになりました。「私がそうしたように、君たちも、そうしなさい。私が生きたように、君たちも生きなさい」とお教えになりました。つまり、「神と隣人の僕として生きなさい」ということです。

全ての人がイエス・キリストのように生きる・・・すべての人が神の僕として神に仕え、隣人の僕として互いに仕えあう・・・それが、キリストが世に示された神の国なのです。神の支配、神の国とはそういう世界です。全ての人がイエス・キリストの支配の下に生きる、ということで全ての人が神と隣人に仕えて生きる平和の国が実現していきます。

さて、キリストはご自分の受難を予告された際、最後にこうおっしゃいました。

「そして人の子は三日の後に復活する。」

メシアは死に勝る支配をもたらしてくださいます。ご自分を殺す罪びとたちに永遠の命という恵みを下さるのです。

イザヤ書56章のイザヤの預言を最後に引用します。

「主のもとに集って来た異邦人は言うな、主はご自分の民と私を区別される、と。・・・主のもとに集って来た異邦人が主に仕え、主の名を愛し、その僕となり、安息日を守り、それを汚すことなく私の契約を固く守るなら、私は彼らを聖なる私の山に導き、私の祈りの家の喜びの祝いに連なることを許す。・・・私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。追い散らされたイスラエルを集める方、主なる神は言われる。すでに集められたものに、さらに加えて集めよう、と。」

イザヤは、異邦人への神の招きを預言しました。異邦人の兵士たちはイエス・キリストに唾を吐き、侮辱し、痛めつけた。しかしこの兵士たちでさえ神は招かれているのです。

「自分はあの時キリストに唾を吐いた、私はキリストを侮辱した、だから、自分は神に愛される資格などない」・・・そんなことはありません。もしそこで終わりなら、誰一人神に許されることはないでしょう。私たちは生きてきた中で何度キリストに唾を吐き、キリストを知らないと言い、キリストを鞭打ってきたでしょうか。

神はご自分の独り子を鞭で打ち、唾を吐き、侮辱した異邦人たちの罪を許すために、そんな私達のために、独り子の命をお与えになったのです。

パウロはコリント教会にこう記しています。

「罪と何のかかわりもない方を、神は私たちのために罪となさいました。私たちはその方によって神の義を得ることができたのです。」2コリ5:21

私たちが自分自身の罪の深さを知れば知るほど、それを赦してくださる神の愛の深さを知ることになります。自分の罪を嘆く罪びとの声の大きさよりも、神の招きの声の方が大きいのです。

招きのみ言葉へと霊の耳を開いていたいと思います。イエス・キリストをただ、キリストと信じ、許しの招きに身を委ねた先で、祈りの家に生きることができるのです。

2月20日の礼拝案内

 次週礼拝(2月20日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書:マルコ福音書15:16~20

 交読文:詩編7編7節~18節

 讃美歌:讃詠546番、79番、138番、494番、頌栄542番

 【牧師予定】

◇毎週土曜日は10~17時まで伝道所にいます。お気軽にお立ち寄りください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

2月13日の説教要旨

マルコ福音書15:1~15

「群衆はまた叫んだ。『十字架につけろ』」(15:13)

ユダヤの最高法院の人たちは、神であると自称したナザレのイエスを死刑にしてもらおうと、ローマ総督、ポンテオ・ピラトのところへと連れて行きました。ローマの支配下において、ユダヤ人たちは誰かを死刑にすることを許されていなかったのです。誰かに死刑の判決を下し、刑を執行するのは、ローマの権威よらなければならなりませんでした。

彼らはローマの総督であったピラトに、「この者はユダヤ人の王と自称しています」と言って引き渡したようです。それはつまり、「この者はローマへの反乱を企てています。十字架刑に処してください」ということです。

ピラトは、自分のところに連れてこられたナザレのイエスを見て、「これは、祭司長たちがナザレのイエスの人気を妬んでやっていることだ。イエスは何も罪を犯していない、ローマにとっても何の危険もない」とすぐに見抜きました。

ピラトは、ユダヤ人たちの問題に振り回されたくはありませんでした。ユダヤ人たちの思惑のために、ローマ総督の権威を利用されたくありません。無実の人間を死刑にすることは、ピラトにだって後味のいいものではなかったでしょう。

しかし、この日はユダヤの祭り、過越祭の当日でした。ユダヤ人たちの民族意識・愛国心が燃え上がる時です。ナザレのイエスをめぐって、ユダヤ人たちの感情が高ぶり、エルサレムで暴動が起こるようなことだけは避けたい、という思いも持っていました。

ピラトは本当はローマ総督の権威をもって「この者は無罪だ。死刑にはしない」と言うこともできました。しかし、それではユダヤ人たちの感情を損ねる、ということを恐れてもいました。

ピラトは現実主義者でした。ユダヤ人たちの感情を損ねずに、ナザレのイエスを解放する方法を考えます。祭りのたびごとに囚人を一人解放する、という習慣を用いることにしました。ピラトは「ユダヤ人の王を自称した」という、ナザレのイエスを助けるよう人々が願い出るだろうと踏んでいました。

しかし、その狙いは外れることになります。群衆が押しかけてきて、いつものように囚人を一人解放してほしいと要求し始めました。

ピラトは言いました。「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」

ピラトは、群衆が「そうです」と言うかと思っていました。しかし、「イエスではなくバラバを釈放してほしい」と群衆は答えたのです。ピラトが主イエスを取り調べている間に、祭司長たちが、群衆をそう言うように扇動していたのです。

聖書には、「暴動の時人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた」とあります。これだけ読むと、極悪非道な犯罪者という印象を受ける。

しかし、バラバは、普通の犯罪者とは違いました。「暴動に加わっていた」ということは、ユダヤのためにローマ帝国と戦った、ということです。「人殺しをして」というのは、ローマ兵を殺した、ということです。

ローマ帝国の支配・抑圧に不満をもっていたユダヤ人たちにとってバラバは、犯罪者ではなく、自分たちの自由のために戦ってくれた英雄だったのです。

それに対して、ナザレのイエスはどうだったでしょうか。この人は、自分で自分のことをユダヤ人の王だと言っているが武器をとってローマと戦うことをしていないじゃないか・・・そのような思いもあったでしょう。

ナザレのイエスは、エルサレムの民衆にとってガリラヤ地方から来た、田舎教師に過ぎませんでした。ユダヤ人のために武器を戦ってもいないのに、そしてエルサレムの人間でもないのに、ユダヤ人の王だと自称しているなんてお笑い草です。

愛国の英雄バラバが釈放されるのであれば、ナザレのイエスを死刑にすればいい。エルサレムの群衆は皆そう思いました。

エルサレムに入って来られた主イエスに対して、人々は様々な反応を示しました。ガリラヤから来た巡礼者たちは、主イエスに向かって「ホサナ」と叫び、歓声をもって一緒にエルサレムに入場してきました。

しかし、エルサレムの人たちは、神殿の境内から商人を追い出したり、律法学者たちと論争したり、神殿の境内で巡礼者たちに神の国の教えを説いたりする「この人は何者だろう」と見ていました。

ここで「イエスを十字架につけろ」と叫んだのは、エルサレムの人たちです。この人たちは、ピラトが主イエスを取り調べている間に、ナザレのイエスは死刑にすべき人間だ、ということを祭司長たちから説得されてしまっていました。

私たちは、これまで、主イエスの受難予告を見てきました。「私はエルサレムで殺されることになっている」と聞かされても弟子達は信じられませんでした。なぜこの方が十字架刑で殺されることになるのか、その理由が見当たらなかったからです。

私たちもそうではないでしょうか。ここまで、この方は何も悪いことをしていません。十字架刑というのは、ローマへの反逆者への見せしめの刑です。主イエスが武器を取って民衆を煽り立て、反乱軍のリーダーとして戦った、というのであれば、十字架刑に処せられる理由になりますが、実際にはそんなことはなさっていません。

ただ、神の国の福音を人々にお教えになっただけです。それなのに、なぜこの方は十字架に上げられることになったのでしょうか。

イエス・キリストは、ピラトによって有罪とされたわけではありません。この方はローマの裁判の中で有罪とされたわけではないのだから、別に「釈放」などされなくてもいいはずなのです。

それがなぜ、最後に十字架へと上げられることになったのでしょうか。「ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した」とあります。主イエスに罪を見出したからではありません。ローマの総督が、ユダヤの群衆を満足させるために、この方は十字架へと上げられることになったのだ。

聖書を読んでいて、なぜイエス・キリストが十字架へと上げられたのか、明な理由を私たちは見出すことはできません。主イエスは洪水に押し流されるように、十字架へと上げられていきます。弟子達に見捨てられ、最高法院で有罪判決を下され、群衆に突き上げられたピラトによって十字架刑の宣告をお受けになりました。

どの段階を見ても、正当な手続きは踏まれていません。そして誰一人として、この不当な十字架刑に対して否を唱えていないのです。

我無実の主イエスが次々にいろんなところで有罪とされ、十字架へと追いやられている姿が描かれています。あれだけ力強く奇跡をおこない、人を癒し、悪霊を追い払い、律法学者たち相手に一歩も引かなかった方が、無抵抗に負けていかれるのです。

イザヤ書53章には、神の子が人間の手によって殺されることになる、という預言があります。その預言は、「誰が信じることができただろうか」という言葉で始まっています。

確かにそうでしょう。なぜ、神の子・メシアが、罪人の手によって殺されるのか、そしてなぜそれが罪人にとっての救いなのか、私たち人間の理屈で考えてもわかりません。主イエスが弟子達に見捨てられ、ユダヤ人たちから排斥され、ローマ軍の手によって殺された、ということは、人間が神に勝利したように見えます。

もしも、イザヤ書の預言がなければ、イエス・キリストの十字架刑は、誰もこの方のことを理解せず、歴史の中で記憶されることもなかったのではないでしょうか。一人の犯罪者の処刑として終わっていたのではないでしょうか。

しかし、旧約の預言は、神の救いは、神の子が罪人の罪を担い、身代わりとなって殺されることによって成し遂げられることをあらかじめ伝えていました。

キリストは初めからご自分が十字架にかかることをご存じでした。弟子達に何度もそのことを予告されていました。この十字架の死こそがキリストの勝利だったのです。

キリストが予告した通り、まっすぐに十字架へと歩んでいかれます。弟子達に見捨てられ、ペトロに「そんな人は知らない」と否定され、ユダヤ人たちに逮捕されて有罪とされ、群衆によって「十字架につけろ」と言われ、ピラトに十字架刑を宣告される・・・全て、キリストの計画通り、すべて、神の御心の通りにことが進んでいます。

私たちは、この方が飲み干していらっしゃる苦難の杯に、どれだけ自分の罪を見出しているでしょうか。

イザヤ書53:4

「彼が担ったのは私達の病、彼が負ったのは私達の痛みであったのに、私達は思っていた。神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだと」

キリストは一人一人の罪を背負っていかれます。

弟子達から見捨てられることで、弟子達の罪を背負われました。ペトロに知らないと言われることでペトロの罪を背負われました。 Continue reading

2月13日の礼拝案内

 次週礼拝(2月13日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書:マルコ福音書15:1~5

 交読文:詩編7編7節~18節

 讃美歌:讃詠546番、73番、400番、172番、頌栄542番

【牧師予定】

◇毎週土曜日は10~17時まで伝道所にいます。お気軽にお立ち寄りください。

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祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

2月6日の説教要旨

マルコ福音書14:66~72

「ペトロは、『鶏が二度なく前に、あなたは三度、わたしを知らないと言うだろう』とイエスが言われた言葉を思い出して、いきなり泣き出した」

聖書は、大祭司の屋敷の中と外で同時に起こったことを私たちに描いて見せています。大祭司の屋敷の中では、主イエスが「私こそがメシアだ」と言い現わされ、やがて栄光の雲にのってやってくる神であることを示されました。その時、屋敷の外では「あなたはナザレのイエスの仲間だ」と言われたペトロが自分の身を守るために、「私はそんな人は知らない」と嘘をついていました。

罪人のために命をお捨てになったイエス・キリストと、自分の命を救うためにキリストとは無関係であると偽ったペトロの姿が対照的です。

今日私たちが読んだところは、ペトロに焦点が当てられています。ペトロの姿を通して、我々は、自分のイエス・キリストに対する信仰の姿勢を顧みたいと思います。そして、このペトロのために、この私たちのために命をなげうってくださったキリストの恵みをかみしめていきましょう。

主イエスから離れながらも、遠くからここまでついてきていました。

主イエスは、オリーブ山で弟子達におっしゃいました。

「あなたがたは皆私につまずく。『私は羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう』と書いてあるからだ」

弟子達が散り散りに逃げていく羊のようにご自分を見捨てることを予告されていました。

弟子達は「そんなことはしない」と言い、ペトロは「たとえ、みんながつまずいても、私はつまずきません」と言いました。それに対して主イエスは「あなたは、今日、今夜、鶏が二度なく前に、三度私のこと知らないというだろう」とおっしゃいました。

ペトロは心外だと言わんばかりに食い下がって、力を込めて言います。「たとえご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは申しません」しかし、オリーブ山に主イエスを逮捕する群衆がやってきた時に、皆主イエスを見捨てて逃げてしまいます。

我々は、ナザレのイエスの弟子であることを否定し、「イエスなんて人は知らない」と言ってしまったペトロのことを弱い信仰者の姿として見がちです。しかし、12人の弟子達の中で、唯一ペトロだけが、この大祭司の屋敷の中庭まで従って来ていたのだ。ペトロは、まだ主イエスを見捨てていません。

しかし、ここでペトロは、「あなたはイエスの弟子ではないのか・あなたはイエスと一緒にいたのではないか」と三度聞かれ、三度否定してしまうことになります。

よく見てみると、ペトロの否定は一度目よりも二度目、二度目よりも三度目の方が強くなっています。

はじめに、一人の女中がペトロを見て何気なく「あなたもナザレのイエスと一緒にいた」と言いました。この「女中」というのは、まだ少女だったでしょう。一人の少女が相手だから、「なんのことだ」と言って、ペトロは相手にせず簡単に逃げることが出来ました。

しかし、その女中は今度はペトロではなく周りの人たちに言います。「この人は、イエスの仲間です」

今度はペトロは聞こえないふり、知らないふりができなくなりました。ペトロがイエスの弟子かどうか、ということが公の問題となってしまったのです。はっきりと言わなければならなくなりました。ペトロはもう一度打ち消します。これで、公に自分がイエスの仲間・弟子ではない、ということを宣言しまうことになります。

周囲にいた人たちは、ペトロのガリラヤのなまりを聞いたのでしょう、「確かにお前はガリラヤ人だ」と言って、ガリラヤのナザレのイエスの仲間かどうかを追求しました。

ここまで言われるとペトロは更にはっきりと、そこにいる全員に対して強く主イエスとの関係を否定しなければならなくなります。

「呪いの言葉さえ口にしながら」とありますが、これは、「誰かを呪う」、という言葉です。ペトロは、誰かを呪いました。もちろん、主イエスのことです。ペトロは確かに主イエスのことを呪いながら、「私はイエスの弟子ではない。私はイエスなど知らない」と言い切ってしまいました。

ペトロは自分がこの場から逃れるのに必死で、オリーブ山でのイエス・キリストから「あなたは今日、今夜、鶏が二度なく前に三度私を知らないと言うだろう」と言われたことを忘れていたようです。呪いとともに主イエスとの関係を否定したその時、鶏の声が聞こえ、オリーブ山での記憶を呼び戻しました。

ペトロは死ぬまで、何度この夜の自分を思い出したでしょうか。そしてそのたびにどれだけ自己嫌悪に陥ったでしょうか。ガリラヤ湖で漁師をしていたペトロは、自分の家を、舟を、家族をあとに残してまで主イエスに従って来ました。ペトロにとって主イエスは自分の家族以上の方でした。この方こそ神の子・メシアだと信じて、そう告白しました。

しかし家族以上に大切に思い、神の子・メシアだと信じた方を、自分の口で呪い、「自分とあの人は関係ない」、と言い切ってしまいました。

ペトロがご自分のことをメシアであると言い現わした時、主イエスは弟子達におっしゃいました。

「神に背いたこの罪深い時代に、私と私の言葉を恥じるものは、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる」

ペトロは鶏の声を聴いて、泣き崩れてしまいました。

さて、もうペトロは終わりでしょうか。「イエスなど知らない」と言ってしまったペトロのことを、イエス・キリストは「お前のことなど知らない」とおっしゃるでしょうか。

そうではありません。キリストはペトロに、弟子達に、「あなたがたは皆私につまずく」と前もっておっしゃっていました。キリストはペトロが、弟子達がご自分をお見捨てになることをご存じでした。ご自分を離れ、さまよう羊のように道を失ってしまうことを前もってご存じでした。

だからこそ、前もって、私は復活したのち、あなたがたより先にガリラヤへ行く」と、再会を約束されたのだ。信仰のつまずきによって、キリストから離れることによって道を見失うことになる弟子達に、行くべき道を、彼らを待っている希望をお示しになっていました。

その言葉通り、十字架で殺され、三日目に復活なさったイエス・キリストは弟子達のために、ご自分の墓の中に言葉を残されていました。空になったキリストの墓で、光り輝くみ使いが告げます。

「さあ、行って、弟子達とペトロに告げなさい。『あの方はあなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われた通り、そこでお目にかかれる』と」

み使いは、「弟子達とペトロに」と言います。特別にペトロの名前を言うのです。誰よりも最後までイエス・キリストに従おうと近くについて行ったのに、最後に呪いの言葉を口にしなければならないところまで追い込まれてしまいまい、鶏の鳴き声を聞いて崩れたペトロの苦しみを知っていたからでしょう。

ペトロは泣き崩れました。しかし、その涙は復活のキリストへと立ち返ったところで、喜びと感謝の涙へと変えられます。後悔の涙が喜びと感謝の涙へと変えられる、それが信仰がもつ意味ではないでしょうか。

私たちも何度、これまでの歩みの中でペトロが聞いた鶏の声を聴いてきただろうか。何度、キリストから離れ、キリストを否定する自分を見せつられてきただろうか。そして、これから何度、鶏の声を聞くことになるでしょうか。

私たちの躓きの先には、復活のキリストの招きがあります。つまずきで終わりではありません。私たちの自己嫌悪と涙は何度でも、喜びと感謝の涙へと変えていただけるのです。キリストに従うということは、そういうことなのです。

さて、最後に考えたいと思います。ペトロをはじめ、弟子達はこのつまずきの先で、キリストの招きと召しを受けて、使徒として働き始めることになります。しかし、12弟子の中で一人だけ、使徒になれなかった人がいます。イスカリオテのユダです。

ユダと、他の11人の道を分けたのは一体何だったのでしょうか。マルコ福音書には、もうユダは出てこない。彼がどうなったのかはわかりません。他の福音書を見ると、ユダは自殺した、ということが記されています。

キリストの使徒として生きる道と、自らの命を閉ざす道・・・ユダと他の11人の違いはなんだったのでしょうか。一つだけはっきりしているのは、ユダはキリストに立ち返らなかった、ということです。彼は立ち返る場所にイエス・キリストを見出だしませんでした。キリストを見ようとしなかったユダは、キリストから離れた後、生きる道を失いました。キリストの許しの言葉を、回復の希望を、ユダは自ら断ってしまったのです。

ここに、信仰の分かれ道があります。

キリストの復活の予告に希望を見出し、復活のキリストの許しを得た11人の弟子達は、そしてペトロは、新たに使徒としての道を歩み始めます。命を捨ててくださった方のことを、今度は自分が命を懸けて伝え始めることになったのです。キリストに立ち返ったからです。 Continue reading