使徒言行禄9:31~43
「アイネア、イエス・キリストが癒してくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」(9:34)
先週まで、私達は、サウロという教会の迫害者がキリストの使徒とされた、という場面を読みました。今日読んだところでは、聖書はまたキリストの一番弟子であるペトロの働きへと目を向けています。
使徒言行禄には、教会がどのように始まり、成長していったのか、ということが記録されています。
復活なさったイエス・キリストは、「あなた方の上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」と、弟子達におっしゃいました。イエス・キリストの復活と昇天を見た弟子達、信仰者たちは、その言葉を信じて祈り続け、その祈りの群れの上に、ペンテコステの日に聖霊が注がれ、キリスト者の群れ・教会が作られました。
人々は使徒たちのキリスト証言を聞いて驚き、自分たちがメシアを十字架で殺したということを知り、罪を悔い改めて洗礼を受け、教会の群へと加わり、教会はとても大きな群れに成長しました。しかし、すぐに、エルサレムにいたキリスト者たちは、迫害され、エルサレムの都から追い散らされることになります。
エルサレムからキリスト者がいなくなってしまった・・・普通ならそこで福音宣教は終わるはずです。教会は、いいところまで成長したが、結局、バラバラに解体されてしまった、ということで終わるでしょう。
しかし、使徒言行禄は、迫害を超えて働く聖霊の導きを記録しています。迫害さえ用いて、聖霊の働きは続くのです。エルサレムから追い散らされたキリスト者たちは、自分が逃げた先で、キリストを証ししていきました。皆、イエス・キリストの出来事を黙ってはいられなかったのです。
キリストの使徒、フィリポはサマリアに行き、そこでキリスト者の群れを作りました。その後、エチオピア人の高官に、ナザレのイエスこそ、イザヤ書で預言されている苦難の僕、受難のメシアであることを伝えました。
キリスト者を迫害したサウロは聖霊に導かれ、キリスト者へと変えられた。
預言者イザヤはこう言っています。
「私の思いは、あなたたちの思いと異なり、私の道はあなたたちの道と異なると主は言われる。天が地を高く超えているように、私の道は、あなたたちの道を、私の思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。」
聖書に記録されている教会の成長は、まさにイザヤが預言している通り、人間の思いを超えています。エルサレムの教会が迫害され、無くなってしまったことで、逆に福音が広がるなどと、誰が予想したでしょうか。教会を迫害する人が、たった三日で教会のために働き、教会と共に迫害を受けるようになるなど、誰が考えたでしょうか。
イエス・キリストがおっしゃったように、ユダヤ、サマリアだけでなく、まさに「地の果て」まで、使徒たちは聖霊の不思議な導きによってキリストの証人として遣わされていくのです。
使徒言行禄は、使徒たちが考えた宣教計画が次々に成功した、ということが書かれているのではありません。使徒たちが、自分たちが「あそこに行こう、あの人に会おう」と自分たちで計画を立てて、福音を広めた、ということではないのです。使徒たちが聖霊に導かれ、自分の力を超えた神の計画が実現していく様を見せられていったということが記録されているのです。行く場所も、会うべき人も、使徒たちは全て聖霊から示された・与えられた、という記録なのです。
サマリアで宣教し、エチオピア人にキリストを伝えたフィリポにしても、教会を迫害したサウロに会いに行くよう導かれたアナニアにしても、リダやヤッファへと導かれたペトロにしても、実は、誰一人、自分が行こうと思っていた場所に行った人はいません。
使徒たちが、教会が、キリスト者が持っているイエス・キリストの名前が、迫害から逃げるキリスト者と共に広まっていった、ということに、私たちは神のご計画の深さを見ます。そしてその聖霊の導きが、私たちの思いを高く超えた神のご計画の中で今も教会に働いている、ということを覚えたいのです。
使徒言行禄の使徒たちの姿、教会に与えられる救いの御業を通して、自分たちを導く聖霊の力を見ていきましょう。
さて、今日私たちが見たのは、ペトロです。
ペトロはエルサレムの外に出て行き、地中海の沿岸地域へと歩いていき、キリスト者の共同体の中で癒しと復活の業を行っていました。
方々をめぐり歩き、リダという町にいたキリスト者たちのところに行きます。そこで癒しを行い、アイネアという寝たきりの女性を立ち上がらせました。それを見聞きしたリダとシャロンに住む人たちは「主に立ち返った」、とあります。
更に、ヤッファの町のキリスト者が、リダにペトロがいることを聞いて、人を送り「急いで私たちのところへ来てください」と頼みました。これは、「ためらわずに私たちのところに来てください」という言葉です。
実際のところ、ペトロには、ヤッファに行くことにはためらいがあっただろう。ペトロは、もともとは、ガリラヤの漁師でした。ユダヤ地方の北にサマリア地方があり、ガリラヤ地方は、更にその北です。
ヤッファは、ユダヤの中心のエルサレムから西へ行ったところにある海沿いの町だ。もうここまで行くと、はるか北のガリラヤ湖で漁師をしていたペトロにとっては、未知の地域です。
今日私たちが読んだところに出てくるリダ、シャロン、ヤッファという地名は、いろいろな意味において、「端っこ」にある町々でした。
リダは、ユダヤの丘陵地の一番端にある町です。
シャロンはヤッファとカイサリアの間にある森林地域。
そしてヤッファは地中海沿岸の港町、つまり、陸の端っこでした。
ペトロにしてみれば、ガリラヤで漁師をしていた自分が、まさかを訪れることになるなどとは思ってもみなかったような町々なのです。ヤッファはユダヤ地方でありながら、ギリシャ・ローマ世界の影響が色濃く、ギリシャ人が多く住んでいたので、外国に来たような感じを覚えたでしょう。
なぜペトロはそんな町々に赴いたのか・・・ペトロが綿密に計画を立てて行ったことではありません。ペトロは次々と行く場所が示され、そこでなすべき業が示されていったのです。目に見えない導きによって、自分の意に反して、どんどん見知らぬ場所へと運ばれていったのです。
そしてそのことによって、イエス・キリストのお名前が、ペトロの思ってもみなかった仕方で広まっていったのです。
ペトロは自分の足で方々を歩き、イエス・キリストのお名前を伝えました。ペトロがしたことは、イエス・キリストご自身がなさったことでした。神の国を求める人のところに、神の国を届ける、キリストを求める人のところに、キリストの名を届ける、という宣教の旅です。
ペトロは、リダの町でアイネアを癒す際、こう言っています。
「アイネア、イエス・キリストが癒してくださる。起きなさい」
「私が癒してあげよう」と言ったのではありません。
「イエス・キリストが癒してくださる」と言ったのです。
ペトロはただ、イエス・キリストのお名前をそこへと運んだだけでした。アイネアはペトロが口にした「イエス・キリスト」というお名前によって癒され、人々は、そこにキリストの臨在を見ました。人々はその業の中にイエス・キリストを見て、ペトロが告げる福音は真実だと知って、神へと立ち返ったのです。
イエス・キリストは、ガリラヤで弟子達を宣教へとお遣わしになったことがあります。その際、弟子達に。悪霊に打ち勝ち、病気を癒す力と権能をお授けになって、あとは、「何も持たずに行け」とおっしゃいました。
ペトロは今、あのガリラヤ宣教と同じことをしています。ペトロは何も持っていないのです。持っていたのは、キリストのお名前だけでした。
ペトロが癒しを通して示したのは、「キリストがあなたのところに今来られている」「キリストはあなたを求めていらっしゃる」ということでした。キリスト者がキリストのお名前を大切に抱いてその場に生きる、ということがどれだけ大きな意味をもっているか、私たちは学ぶことが出来るのではないでしょうか。 Continue reading →