MIYAKEJIMA CHURCH

7月27日の礼拝説教

 ヨハネ福音書15:1~8

キリストは弟子たちとの最後の別れの時を過ごされました。弟子たちひとりひとりの足を洗い、ご自分がいなくなった後どうすべきか、どうあるべきかということをお伝えになりました。そして14章の最後で「さあ、立て、ここから出かけよう」とおっしゃってご自分の十字架への歩み自ら歩みを進めて行かれます。

今日私たちはイエス・キリストが弟子たちに、「私はまことのぶどうの木である」とおっしゃった場面を読みました。「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である。」有名なイエス・キリストの言葉です。

「ここから出かけよう」とおっしゃってからの言葉なので、歩きながら、キリストは「私につながっていなさい」と話されたのでしょう。

これまでも、福音宣教の旅の中でイエス・キリストは弟子たちや人々に向かってご自分を何かに例えながら、「私は何々である」という言い方をしてこられました。「私はまことのパンである」とか、「私は世の光である」とか、「私は良い羊飼いである」というように、ご自分が神から遣わされたメシアであることを、「私は〇〇である」という表現で示してこられました。

しかし、それを聞いた人達が全員その意味が分かって「この方はメシアだと」受け入れたわけではありませんでした。6章では、「私の肉を食べ私の血を飲まなければ、あなたたちのうちに命はない」とおっしゃったキリストの言葉を聞いて皆「実にひどい話だ。誰がこんな話を聞いていられようか」と離れて行ったことが書かれています。

今日読んだところが、ヨハネ福音書で最後の、「私は何々である」というキリストのたとえになります。十字架に向かって歩みながら、おっしゃいます。

「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である」

この例えは、今までのものと少し違っています。キリストはこれまではご自分が何者であるかということを例えてこられましたが、ここでは、「私の父は農夫である」と、天の神についてもたとえいらっしゃるのです。

この15章のキリストの例えを読むと、神の独り子イエス・キリスト、父なる神、そして私たちキリスト者の関係性がよくわかると思います。ここでキリストは「私はまことのぶどうの木」とおっしゃっています。単なる「ぶどうの木」ではありません。「まことの」ぶどうの木です。

「まことの」という言い方がされているということは、「まことではない・よくないブドウの木」もこれまであったということでしょう。

聖書の中には葡萄畑やブドウの木に関する記述がたくさんあります。当時の世界ではブドウは身近な果物であり、聖書の中でも度々例えとして用いられてきました。聖書の中では、律法や信仰を語る際に例えとしてよく用いられました。

しかし残念ながら、素晴らしい葡萄の実が実ったということは聖書ではあまり言われていないのです。むしろぶどう園には実が結ばなかったと言うような表現が多いのです。

詩篇80:8

「あなたはブドウの木をエジプトから移し、多くの民を追い出してこれを植えられました。そのために場所を整え根付かせこの木は地に広がりました」

詩篇の詩人は神がイスラエルの民をエジプトから救い出してくださった出来事を「農夫が葡萄の木を新しい場所に植えた」、というイメージで歌っています。そこでたくさんのぶどうの実が実ったかというとそうではないのです。このような言葉が続きます。

「なぜあなたはその石垣を破られたのですか。通りかかる人は皆摘み取って行きます。」

神がエジプトからイスラエルの民を救い出し、約束の地へと新しく民を導き入れられたにも関わらず、そのイスラエルは神を正しく信仰する歩みを続けることができなかったことを嘆く詩人の言葉です。

預言者イザヤもイザヤ書の5章で「ブドウ畑の歌」と呼ばれる歌を残しています。

「私の愛する方が、肥沃な丘をよく耕して石を除き、その真ん中に見張りの塔を建て、酒ぶねを掘り、良いぶどうが実るのを待った。しかし実ったのは酸っぱい葡萄であった」

これも先ほどの詩編の言葉と同じ内容を歌っています。神によって救われたイスラエルがその救いの御業に報いることなく不信仰に落ちてしまったことを歌うのです。

イザヤだけではありません、ほかの預言者たちも異口同音にイスラエルの不信仰を糾弾してきました。それほどにイスラエルは神のぶどう畑として良い実を結んでこなかったのです。それが神の民イスラエルの歴史でした。

しかし今、イエス・キリストはご自分のことを「まことのぶどうの木」とお示しになりました。これまでの実を結ばず、農夫である神の期待に沿うことをしてこなかったイスラエルとは違う、新しいぶどうの木として正しい信仰の象徴としてご自分を示されるのです。

「私はまことのぶどうの木」というのは不思議な言い回しだと思います。イエス・キリストが農夫であり実の収穫をされる側でお話しなさっていないのです。キリストはむしろ収穫される側のブドウの木にご自身を例えていらっしゃいます。神の側ではなくイスラエルの側にご自分の身を置いて「私はまことのぶどうの木である」とおっしゃるのです。

ご自身が神の民イスラエルそのものであり、イエス・キリストに繋がることによって私たちはイスラエルの民とされているのです。信仰者の群れの中心にはこの方がいらっしゃるということでしょう。

洗礼者ヨハネは荒野で叫びました。「悔い改めにふさわしい実を結べ。」

「悔い改めにふさわしい実」とは何でしょうか。キリストはおっしゃいます。「ぶどうの枝が木につながっていなければ自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも私につながっていなければ実を結ぶことができない。私はぶどうの木、あなた方はその枝である」

「悔い改めにふさわしい実」とは、イエス・キリストに立ち返りキリストに繋がった歩みの中で見せられる何かです。キリストから離れたところでは見ることができない何かのことです。

キリストを知る前、キリストにつながる前、キリストから離れていた時、私たちは何を求めて生きていたでしょうか。キリストを知ってから、何を求めるようになったでしょうか。ここでそれぞれ、振り返りたいと思います。

キリストの使徒パウロはローマの信徒に向けてこう書いています。

「あなた方は罪の奴隷であったときは義に対しては自由の身でした。では、その頃どんな実りがありましたか。あなた方がいまでは恥ずかしいと思うものです。それらの行き着くところは死に他ならない。あなた方は、今は罪から解放されて神の奴隷となり聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは永遠の命です。罪が支払う報酬は死です。しかし神の賜物は私たちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです」

キリストとの出会いは文字通り人生の岐路となります。罪の支配の中に生きるか神の支配の中に生きるか。 罪の支配の中で結ぶ実は、死で終わるものです。しかし神の支配の中で結ぶ実は、私達にとって永遠だとパウロは言います。

イエス・キリストから離れたところで私たちが結ぶ実は、どのようなものでしょうか。それが何であれ、この世のもの、過ぎ去るものでしょう。自分がいなくなったら、跡形もなく消えてしまうようなものではないでしょうか。あっという間に過ぎ去っていく宝です。

しかし聖書は私たちに天に富を積むことを教えてくれます。そこには泥棒が入ることもなく朽ちることもなくしぼむこともない宝の貯蔵庫があるのです。私たちの肉体の死を越えて永遠に価値を持ち続ける宝の置き場所があるのです。それを知るということが、肉体の死に向かって生きる中でどんなに大きな希望となるでしょうか。

キリストは「私につながっていなさい」と弟子たちにおっしゃいました。

この「つながる」というのは「留まる」という意味の言葉です。

14章2節で、キリストが「私の父の家には住むところがたくさんある」とおっしゃっていますが、「住むところ」というのが「留まるところ」という意味の言葉です。イエス・キリストが弟子たちに教えを残したこの夜、「留まる」という言葉が何度も何度も使われているのです。 Continue reading

7月13日の礼拝説教

 ヨハネ福音書14:15~21

イエス・キリストが弟子達と過ごされた最後の夜、キリストはご自分がこれから弟子達の知らない場所に行かれること、離れ離れになることをおっしゃいました。弟子達は不安になります。

「私の父の家には住むところがたくさんある。・・・行ってあなたがたを私のもとに迎える。こうして、私のいるところに、あなたがたもいることになる」とキリストはおっしゃいますが、弟子達の不安は消えません。

弟子達の1人、トマスは、「主よ、どこへ行かれるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか」と言いました。フィリポも、「主よ、私たちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言いました。

弟子達の不安の言葉を聞いて、主イエスはお答えになります。「こんなに長い間一緒にいるのに、私が分かっていないのか。私を見たものは、父を見たのだ。なぜ、『私たちに御父をお示しください』と言うのか」

キリストと弟子達との間に、もどかしい壁があります。キリストがお伝えになろうとしても、弟子達は自分たちに理解できる範囲・この世的な表面的な理解でしかとらえることができないのです。

弟子達は「父のもとに行く」とおっしゃる主イエスに向かって「どこにその道があるのですか、そこに御父がいらっしゃるのですか」とすがります。しかし、イエス・キリストを目の前に見るということは、父なる神を目の前に見ている、ということだったのです。「私が父の内におり、父が私の内におられることを、信じないのか」とキリストはおっしゃいます。しかし弟子達はよくわかりませんでした。

このやり取りの後、主イエスは弟子達に「私の名によって願うことは、なんでもかなえてあげよう」とおっしゃいます。しかしこの時の弟子達にとって一番の願いは「私たちから離れないでください。共にいてください」というものではなかったでしょうか。

その願いに対して、主イエスはおっしゃった言葉が、今日私たちが読んだところです。

「私を愛しているならば、私の掟を守る。私は父にお願いしよう」

弟子達がキリストを愛し、キリストの掟を守るその先で、キリストは弟子達の願いを父なる神に届けようと、おっしゃるのです。実はこれこそが、キリストご自身の願いでした。

私たちは、この時の弟子達の気持ちがよくわかるのではないでしょうか。実際にキリストと旅をして、実際にキリストと別れる経験したわけではありません。しかしキリストには自分と一緒にいてほしい、と思う気持ちは同じでしょう。

この夜の内にイエス・キリストと弟子達は離れ離れになります。そしてキリストの十字架の死によって、生と死というどうしようもない線引きによって引き離されてしまうことになります。しかし、キリストは前もって「それで終わりではない」ということを示されるのです。

「キリストを求める」ということは、「キリストを愛する」ことであり、「キリストを愛する」ということは、「キリストの掟を守る」ことであり、「キリストの掟を守る」ということは、「キリストが共にいてくださる」ことにつながるのです。「キリストの掟を守る」ということは、「キリストの生き方に倣う」ということでしょう。そうすればキリストは共にいてくださるとおっしゃいます。

後にキリストの十字架の死を見た弟子達は絶望に突き落とされることになります。しかし、この夜聞かされた言葉が、彼らに絶望では終わらない何かの希望を抱かせました。

十字架で殺された後、キリストは復活され、やがて天に上げられていきます。結局は弟子達とは離れ離れになってしまいます。しかし、それで終わりではないのです。ではどうやってキリストは弟子達と、また従おうとする人たち・私たちと共にいてくださるのでしょうか。

「父は弁護者を遣わして、永遠に一緒にいるようにしてくださる。この方は真理の霊である」

ここで「弁護者」と訳されているのは、ギリシャ語で、「そばにいて助けてくれる存在」という意味の言葉です。訳そうとすれば、様々に訳すことができる言葉です。慰め主、励まし手、仲介者、強くしてくれる者、弁護者、などです。キリストはその「弁護者」のことを「真理の霊」と呼ばれました。聖霊のことです。

天と地に離れ離れになるイエス・キリストと弟子達、また信仰者たちが、どのようにして「共にいる」ことができるのか、私たちは不思議に思うでしょう。天と地に離れ離れになるキリストと信仰者は、どのようにして一つになり得るのか、それは「聖霊によってだ」、と主はおっしゃるのです。

「私たちから離れてほしくない、キリストと共にいたい」というこの夜の弟子達の願いは、今の私たちの祈りそのものです。しかしこの世を生きている私たちにとってキリストがおっしゃる「聖霊の働き」というものはよくわかりません。私たちが自分の頭の中で、理屈をこねて理解することはできないでしょう。

キリストから離れたことによる孤独を、弟子達は何より恐れました。その彼らにキリストはこうおっしゃいました。

「私はあなたがたを孤児にはしておかない。あなた方のところに戻ってくる」

私たちキリスト者にとって、いや、人間なら誰しも、一番恐ろしいのは孤独です。自分が望んだ孤独ではなく、否応なく強制された孤独ほど怖いものはありません。孤独は空しさを生み、退屈を生み、無気力にさせます。生きることが無意味なことだと思わせるのです。

私たちが最も神を、キリストを強く求めるのは、孤独の時、生きることにつかれた時、生きることの意味を見失い、空しさに支配されている時ではないでしょうか。

愛する者との間に距離ができた時、神との間にも距離を感じます。

世界にこれだけたくさんの人がいても、孤独を感じる時があるのです。その時こそ、私たちの魂はキリストを強く求めます。「共にいてください」と。私たちが最も恐れるのは、この世界の中で、霊的な孤児になることなのです。

孤独を感じる時、「あなたがたを孤児にしておかない」というキリストの言葉をどう信じればいいのでしょうか。

キリストはおっしゃいます。

20節「かの日には、私が父の内におり、あなたがた私の内におり、私もあなた方の内にいるということが、あなたがたに分かる」

ただ、一緒にいてくだる、傍にいてくださる、というだけではなく、父なる神とイエス・キリストと私たちがそれぞれの内にいることになる、とおっしゃいます。

キリストの使徒パウロは、手紙の中でこう書いています。

「私たちは落胆しません。たとえ私たちの『外なる人』は衰えていくとしても、私たちの『内なる人』は日々新たにされていきます。」

弟子達はキリストがおっしゃっている言葉を理解できませんでした。しかし、キリストの復活後に聖霊を受けた弟子達は、「あなたたちはわかるようになる」と言われた通り、内なる人が新たにされ、本当に分かるようになったのです。

彼らはどのように新しくされたのでしょうか。同じ手紙の中でパウロは書いています。

「私たちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。それは主の霊の働きによることです。

聖霊を受けたものは、主と同じ姿・イエス・キリストの姿に作り替えられていく、とパウロは書いています。聖霊が、私たちの内にいて、私たちをキリストに似た姿へと日々新しく変えてくださる、それによって私たちはインマヌエルの恵みを共に生きるのです。キリストが隣に座ってくださっているというのではなく、キリストが私の内にいて、私がキリストの内にいる、という仕方で、共にいてくださるのです。そして聖霊は私をキリストに似た者へと変えてくださるのです。

これが、私たちの想像を超えた、私たちの常識には収まらない、私たちの生涯にわたる聖霊の働きです。

今日読んだ最後のキリストの言葉です。

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7月6日の礼拝説教

 ヨハネ福音書14:8~14

キリストが十字架に上げられる前の最後の晩、キリストと弟子達の告別の時が持たれていました。13章のはじめで、まもなく十字架に上げられることをご存じだったキリストは「世にいる弟子達を愛して、この上なく愛し抜かれた」、と書かれています。

福音宣教の旅の最後の時、弟子達への愛が高まったキリストがなさったことは、弟子達の足を洗うということでした。そして互いに仕えあうことをお命じになります。弟子達の中には裏切る者がいることをおっしゃり、ご自分は去っていくことになるけれども、弟子達は今ついてくることはできない、とお伝えになりました。

心を騒がせる弟子達に主イエスはおっしゃいます。「わたしがどこへ行くのか、その道をあなた方は知っている」

この夜、自分たちの先生がなさること、おっしゃることすべてに弟子達は戸惑いました。

先生はまるで自分たちが全てを理解しているかのような口調でお話なさっている。でも自分たちは先生がおっしゃっていることがまるで分からない。なぜ先生は自分たちと離れ離れになるとか、自分たちが先生のことを知らないと言うだろうなどとおっしゃるのだろうか。

弟子のトマスは、「主よ、どこへ行かれるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか」と訴えました。主イエスは「私の父の家には住むところがたくさんある。・・・行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたを私のもとに迎える」とおっしゃいました。「住むところがたくさんある父の家」とはどこなのか。そこへと至る道はどこにあるのか。トマスは知りたかったのです。

トマスはキリストの言葉を物理的な道として理解したようです。キリストと過ごす最後の時になっても、自分たちに言われている霊的な意味を理解することができませんでした。

「私は道であり、真理であり、命である」

イエス・キリストはご自分のことを「道」とおっしゃいました。普通は道というのはどこかにあってそれを自分の足で歩いていくものなのです。主イエスはどこに道があるのかを教える先生ではなく、 道とは私のことだとおっしゃるのです。我々が普通に頭の中で思い描く道とは違います。

キリストはトマスを、より深く、ご自身と神との霊的な関係に目を向けるよう誘われます。

「あなた方が私を知っているなら、私の父をも知ることになる」

主イエスを知ることは、父なる神を知ることだ、と明確に示されました。「私は道であり、真理であり、命である」とおっしゃったのはそういうことでした。キリストが、神へと至る道であり、神を示す真理であり、神と共にある命そのものだったのです。

次に反応したのはフィリポでした。彼もこの時まだ主イエスのことを表面的にしか見ることができていません。フィリポは最初からの弟子であり、ナサニエルやギリシャ人たちを主イエスのもとに連れてきた人でした。主イエスの弟子たちの中でも古株です。それでもペトロやトマスと同じように主イエスのことを自分の人間的な知識でしか捉えることがまだできていません。

フィリポの願いは単純でした。「主よ、私たちに御父を示してください。そうすれば満足できます。」とてもまっすぐで単純で正直な言い方です。そして深い想いのこもった願いだと思います。

たくさんの人たちを主イエスの下に連れてきたフィリポですら、「主イエスを見る者はすでに神を見ている」ということがわかっていなかったのです。主イエスは「フィリポこんな長い間一緒にいるのに私が分かっていないのか。私を見た者は父を見たのだ。なぜ私に御父をお示しくださいというのか」

十字架を前にした、キリストの驚きと悲しみの言葉です。

「神を見たい」という願いは、最も基本的な私たちの本能ではないでしょうか。フィリポは正直です。旧約聖書に出てくるあのモーセも神を見たいと願いました。

出エジプト記33:18~23にそのことが書かれています。

「どうかあなたの栄光をお示しください」とモーセが言うと、神はおっしゃいました。「あなたは私の顔を見ることはできない。人は私を見てなお生きていることはできないからである。」神の神聖さの前に私たちはその姿を見て生きることはできないというのです。

しかしそれでもこのフィリポの願いは地上に生きる者であれば誰もが抱く思いではないでしょうか。ヨハネ福音書の冒頭部分1:18でこう書かれています。

「未だかつて神を見た者はいない。父の懐にいる独り子である神、この方神を示されたのである。」

イエス・キリストはどのように私たちに神を示してくださったのでしょうか。神の手を引いて、「この方が神だ」と引き合わせるような、そんな仕方で神を示してくださったのではありません。

まっすぐにご自分に向かって神を見たいと言ってくるフィリポに対して主イエスがおっしゃったのは「私が言うことを信じられないのであれば、業そのものによって信じなさい」とおっしゃいました。

ここで考えたいと思います。キリストがおっしゃっている「業」とは何でしょうか。確かにこれまでキリストは数々の奇跡を行って来られました。足がたたない人を立たせ、盲人の目を開き、ラザロを墓の中から蘇らせて来られたキリストの業は、神の御業でした。

キリストが語られる言葉は、神がご自分の民に従うことをお求めになる教えであり、水を葡萄酒に変え、群衆をパンと魚で満腹させられたのはその業を通して神の祝福の豊かさが現わされるためでした。神の元から来たのでなければ、神が共にいなければ、神の力を持っているのでなければあのようなしるしを行うことができません。

しかしキリストはただ、「私がこれまですごいことを行ってきたのだから、それを思い出してわたしを通して神を見ればいい」とおっしゃっているのでしょうか。

もちろんこれまでキリストが行ってこられた業のことも含まれているのでしょう。しかし、ここでキリストが「私の業」というのはそれ以上の何かではないでしょうか。

私たちが今日読んだところを見ると、イエス・キリストはこれまでご自分がどんなすごい御業を行ったかということではなく、ご自分の御業に従っていく弟子たちのこれからについてお話しなさっています。

「私を信じる者は私が行う業を行ない、またもっと大きな業を行うようになる」

キリスト者はキリスト以上の業を行うことになる、と言われています。少し驚かされる言葉だと思います。キリスト者がキリスト以上の存在になるということなのだろうか。

キリストがおっしゃっている「私よりも大きな業」というのは、キリストが神の下に行かれ、そこから聖霊を教会に送り、弟子達が、教会がキリストの御業を「世界中で」行っていく、ということでしょう。

人として世に来られた神はイエス・キリストはガリラヤとユダヤ、サマリアという地方で御業を行われました。復活後は聖霊を通して、教会を通して、世界中で神の御業が示されていくことになるのです。それが、キリストが「私よりも大きな業」とおっしゃっていることです。

そして教会が伝えるのは、イエス・キリストの十字架と復活という御業です。キリストがここで「私の業」を信じなさいとおっしゃっている御業とは、これから弟子達に見せられる十字架と復活という大きな御業のことなのです。

キリストは弟子たちに一つの約束をここでなさっています。「私の名によって願うことはなんでもかなえてあげよう。」キリストに従おうとする者にとってこんなに嬉しい言葉はないのではないでしょうか。

しかしよく読んでみますと、「私たちが願うこと」ではなく「イエス・キリストの名によって願うこと」と言われています。私たちは自分たちの祈りを思い浮かべるでしょう。

祈る時には私たちはキリストのお名前を通して祈ります。私たちの祈りは、私たちに何が必要なのか、私たちがどんな望みをもっているのかということを神に教えて差し上げることではありません。祈りの言葉をもつキリストのうちに生き、私たちが祈りの言葉をいただき、キリストの祈りを自分の祈りとさせていただき、キリストのお名前によって祈るのです。そうやって私たちの願い・祈りはキリストの祈りとして神に捧げます。

私たちは自分の祈りを、自分の祈りでありながら、キリストの祈りとして神に届けようとするのです。キリストが私たちの祈りをキリストの祈りとして神のもとに届けてくださるというのです。 Continue reading

6月29日の礼拝説教

 ヨハネ福音書14:1~7

過越祭を目前に控えた夜、主イエスは「あなたがたは私を探すだろう」と、弟子達と一緒に過ごす時間が終わろうとしていることをお伝えになりました。そして「あなたがたに新しい掟を与えある。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを、皆が知るようになる」とおっしゃいました。別れの時間が迫っている中で残されたキリストの言葉には、キリストの万感の想いが込められています。

先生との別れの時が来たことを告げられて、弟子のペトロは驚いて尋ねます。「主よ、どこへ行かれるのですか」それに対して、主イエスは「私の行くところに、あなたは今ついてくることはできないが、後でついてくることになる」とおっしゃいました。謎めいた主イエスの言葉です。

ペトロは食い下がりました。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます」。「離れ離れになるなど、死んでも嫌だ」、というペトロの気持ちのこもった言葉です。

しかしそれほど強く主イエスのことを慕って訴えるペトロに向かって、主イエスは衝撃的な言葉を告げられました。「鶏が鳴くまでに、あなたは三度私のことを知らないと言うだろう」

「あなたのためなら命を捨てます」と言ったペトロは、夜が明ける前に、あと数時間のうちに、まだその舌の乾かないうちに、「イエスなど知らない」と三度繰り返すだろう、と予告されたのです。

弟子達はこのペトロへの言葉を聞いて驚いたでしょう。主イエスと自分たちとの美しい師弟関係に皆心打たれていたところでした。

「そんなバカなことがあるだろうか。これだけ自分たちは主イエスのことを慕い、福音宣教の旅を共にしてきた。その自分たちがこのあとすぐ、『イエスなど知らない』と言ったりすることがあるだろうか。先生はたった今、自分たちの足を自ら洗ってくださった。共に夕食も囲んで、素晴らしい時間を過ごしているではないか。」

この時は、皆主イエスに対して強い気持ちを持っていました。誰もが、命がけで主イエスに従う覚悟を持っていました。

ペトロに話しをされていた主イエスは、弟子達全員に向かって「心を騒がせるな」とおっしゃいました。弟子達は、主イエスがおっしゃった「私が行くところにあなたたちは来ることができない」という言葉の中に主イエスがご自分の死に向き合っていらっしゃることを感じ取ったのでしょう。彼らは「心が騒いだ」のです。

主イエスは「心を騒がせるな」とおっしゃいました。しかし「私が死ぬことはないから安心しなさい」とご自分の死を否定なさいませんでした。むしろ主イエスは、「私はこれから死ぬけれども、恐れなくていい」と示されるのです。死を覚悟した主イエスの言葉と表情を見たら恐れるのが当然でしょう。なぜ弟子達は恐れる必要がなかったのでしょうか。

主イエスは「神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」とだけおっしゃいました。全ては、神の御手の内にある救いのご計画の実現である、ということです。人の目には受け入れがたい悲劇に映るだろう、しかし、すべては神の大きな御心の中にある、ということをお伝えになるのです。

「先生はこれから自分たちと離れてどこに行こうとされているのか」、と考えている弟子達に、主イエスはこれから起こることの意味をお示しになりました。

「私の父の家には住むところがたくさんある。もしなければ、あなた方のために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなた方のために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、私のいるところに、あなたがたもいることになる」

この言い方からすると、主イエスとの別れは永遠のものではなく、一旦は離れ離れになってもまた再会が与えられることになっていることが分かります。弟子達は、また主イエスを求める者たちは、やがて主イエスによって迎え入れられ、父の家、つまり神のもとに用意された場所に共に生きることになるという計画の中に入れられるのです。

「こうして、私のいるところに、あなたがたもいることになる」とおっしゃいました。

弟子達にとって、この夜、主イエスがおっしゃったことは謎でした。謎であると同時に、それはいくら解説されても分からないものでした。主イエスは前もってご自分に、また弟子達に何が起こるかということだけをおっしゃいました。あなたがたは私を見捨てて離れ離れになるが、神の下に場所を用意して私はまたあなたがたを迎えに来る、とおっしゃるのです。

当然、弟子達はそれを聞かされても理解できませんでした。主イエスは「私がどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」と言ってくださっても、分かりませんでした。その時は、です。

キリストの十字架と復活を見て、さらにそこからキリストを見捨てて逃げた自分をキリストご自身が迎えに来てくださったとき、彼らはあの夜のキリストの言葉の意味を本当の意味で知ることになるのです。

この弟子達の信仰体験は、私たちにも与えられているものです。聖書の言葉を読んでも、なんだかよくわからないし、すべて簡単に理解することはできません。しかし、その時キリストの言葉をたとえ理解できなくても、その言葉を心にとめて生きる中で、キリストが何かを見せてくださる時、何かを分からせてくださる時が与えられるのです。

二千年も前に書かれた聖書の言葉が、実は本当に自分のために書かれ、今の自分を生かしているということを教えられる瞬間があるのではないでしょうか。キリストの言葉を、その時は分からなくても、心に留めて生きる中で何かを見せられることがあるのです。信仰とはそういうものではないでしょうか。その時わからなくても、この方を信頼して生きる中でその意味が示されるのです。

私たちは出エジプトを思い起こしたいと思います。エジプトで奴隷とされていたイスラエルは、「エジプトから出て行きなさい」と言われました。モーセが指導者として立てられ、エジプトの奴隷から解放された後、イスラエルは40年間荒れ野を歩くことになりました。

何度もイスラエルの人たちは、「なぜエジプトから出てきたのか、荒れ野で死ぬためなのか」と不平を口にしました。それでも彼らは、昼は雲の柱、夜は被の柱となって導いてくださる神に従って歩き続けました。どこに行くのかわからない、何のために歩いているのかわからない、しかし、神の導きがそこにあるから、神を信じて歩き続けたのです。

荒れ野というのは、道のないところです。荒れ野で神の導きを捨てるということは、自分の道を捨てるということでもありました。

イスラエルが荒れ野の40年の意味を知るのは、約束の地に入る直前、旅の終わりでした。

神はモーセを通しておっしゃいました。

「あなたの神、主が導かれたこの40年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわちご自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた・・・人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」

私たちにも、生きる上での謎があります。試練の時、苦難の時、「一所懸命に生きているのに、なぜ自分にこんなことが起こるのか」と、上に向かってて叫びたくなる時があります。自分が行こうとしている道を進めなくなって、「なぜ前に進めないのか」と悩む時があります。「主よ、なぜですか。キリストよ、なぜですか」と祈る時があります。

しかし、イスラエルが出エジプトの旅の最後にその意味を示されたように、「自分が歩むことを求められていた道は、ここに通じていたのか」と示される時が来るのです。

神の御心がわからず祈る時は、信仰の苦しみの時であるかもしれません。しかし、それでもあきらめずに、聖書の言葉を捨てず、祈った先で、キリストが自分のために用意してくださった道を知れた時、そこにこそ私たちの信仰の喜びがあるのです。

この夜、主イエスがおっしゃる「道」について、弟子達は理解できませんでした。「私がどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている」とおっしゃる主イエスに、弟子の1人、トマスが言います。「主よ、どこへ行かれるのか、私たちにはわかりません。」

ここで主イエスはおっしゃいます。「私は道であり、真理であり、命である」

「私が行こうとしている道はこういう道だ」という説明ではありません。「私が道である・道とは私である」という言い方をされています。

私たちはどのように「道」を探しているのでしょうか。その道を自分で切り開かなければならないと思っています。しかし、本当は、この方が道であり、この方が私たちに道をくださるというところから信仰の歩みは始まるのです。

主イエスは以前、「私は羊の門である」とおっしゃいました。これも、不思議な表現です。「あそこに行けば門がある」ではなく、「私が門である、私が入り口だ」という言い方です。そうであれば、このイエスという方こそが救いの道そのものであり、救いの入り口そのものであるということになります。

私たちはいつでも「救い」を求めています。「今自分を苦しめているこのことから救われたい」「今自分を支配している空しさから救われたい」という漠然とした思いを持っている。人間関係の悩みかもしれないし、仕事のつらさかもしれない、将来への不安かもしれません。些細なことかもしれないし、死の恐怖へのおびえのような重いものかもしれません。何であれ、心の奥底に、「助けてほしい」という思いを抱えて生きています。

自分で何とかできるのであれば、救いを求めたりはしません。解決策がわかっているのであれば、少しばかり努力をすればいいだけです。しかし、自分にはどうしようもないこと、自分を超えた存在にすがるしかないことがあります。そのようなことを感じた時に私たちは、救いに至る「道」をまた救いに通じる「門・入口」を求めるのです。

ユダヤでは、律法の言葉が、人々を神へと導き、神の支配のもとにとどめるものでした。そして今イエス・キリストは、ご自身が神へと導き、神の支配のもとに人々を休ませる律法そのもの、神の言葉そのものであることを明らかにされたのです。道を探し、真理を求め、命の置き所を探している者にとって、イエス・キリストこそが答えとなるのです。

弟子達はもうすぐそのことを、身をもって知ることになります。キリストを見捨てた自分たち、神から離れた自分たちが、次にどこに道を見出せばいいのか途方に暮れていた時に示された道が、復活のキリストでした。イエス・キリストを通して、弟子達は休息を見出し、永遠の神への礼拝の場を見出すことになります。 Continue reading

6月23日の礼拝説教

 ヨハネ福音書13:31~38

13章の最後のところを読みました。13章の最後ですので当然このあと14章を読んでいくことになります。ヨハネ福音書の14章からは17章にまで続くイエス・キリストの最後の別れの教えと祈りの言葉が記録されています。今日私たちが読んだところは14章からのイエスキリストの弟子達への最後の教えを読むための導入の部分でもあります。

ヨハネ福音書はほかの福音書よりもキリストと弟子達との別れの場面に多くの文字を費やしています。キリストは弟子達と過ごされる最後の地上の時、何度も同じことを繰り返しお伝えになります。

ご自分がこれから去って行かれること。

ご自分がいなくなった後への備え。

そしてご自分がいなくなったとしても、それは神の救いのご計画であること。

イエスキリストが最後に弟子たちにお伝えになった言葉は、細かく学問的に分析するというよりも、私たち自身が祈りを持って霊的に自分に語られた言葉として受け止めるべきものでしょう。

私たちが今日読んだのは、イスカリオテのユダがイエスキリストを裏切るために夜の闇の中へと出て行った直後のところです。ユダがそこを去り、物事が主イエスの逮捕と十字架の死へ動き始めました。

そこで主イエスは弟子たちにまた話し始められます。弟子たちがこれから見ることになるイエスキリストの十字架は、決してキリストの敗北はないということ。むしろ神の救いのご計画の実現であるということ。それは神の子の十字架を通して神が栄光をお受けになる時であるということ。

主イエスは、これまで奇跡のしるしと教えの言葉を通して神の栄光を現してこられました。水をぶどう酒に変えたり、病の人を癒したり、何千人もの人の空腹を満たしたりされた不思議なしるしの意味はイエス・キリストの十字架を通して示されることになります。

イエスキリストが十字架の上で最後の瞬間までこれ以上ない痛みと苦しみを背負い、息を引き取られることこそが、神がこの世にお与えになった最大のしるしでした。

キリストは何か人を驚かすようなことをして、ご自分の人間としての地上の栄光を示されたのではありませんでした。神の子の死という痛みを通して、ひざまずくべきは神であるということを世に示されたのです。

その神秘の栄光について弟子達に思い出させたのち、主イエスはご自分の愛する弟子達に、これが別れの言葉であるということを示されました。「私はあとしばらくあなた方と一緒にいる」

彼らは主イエスを探すことになる、しかし、弟子達は一緒に来ることはできない、とおっしゃいます。

弟子たちは衝撃を受けました。これから実際に主イエスがいらっしゃらない道を歩まねばならなくなるのです。そしてそれは、キリストが弟子達を愛したように、弟子達も互いに愛し合うという道でした。

「あなた方に新しい掟を与える。お互いに愛し合いなさい。私があなたを愛したようにあなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならばそれによってあなたがたがわたしの弟子であることを皆が知るようになる。」

なぜキリストは「新しい掟」とおっしゃったのでしょうか。何が新しいのでしょうか。「互いに愛し合いなさい」ということは、新しい掟ではないのです。旧約聖書のレビ記19:18には「隣人を自分自身のように愛しなさい」という有名な律法の言葉があります。これこそ律法の核心とでも言うべき古くから大切にされてきた教えでした。

では一体何が新しいのでしょうか。それは、愛し方でした。「私があなた方を愛したように」互いに愛しなさい、ということです。

13章はキリストが「この上なく弟子達を愛された」という言葉で始まっています。その思いの現れとして、キリストは弟子達一人ひとりの前に跪いて足を洗われました。神は独り子をお与えになったほど世を愛されたとあるように、キリストは弟子達を愛し、足を洗い、そしてこれから彼らのために死なれるのです。

そのキリストに愛された弟子達、キリスト者は、どう生きるべきなのか。どのようにキリストの愛に報いればいいのか。キリストは「私があなたがたを愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」とおっしゃるのです。それが、独り子をお与えになるほどの神の愛への報い方なのです。

キリストに愛されたように互いを思いあう、いたわりあうということが、キリスト者であることの証となり、そしてそれが、イエス・キリストを指し示す証、しるしとなる、と言われています。

私たちは立ち止って考える必要があるでしょう。私たちはなぜ人を愛するのでしょうか。少なくとも、キリスト者として私たちが互いを大切にしようとするのは、相手が愛しやすいからではないでしょう。人を愛することは道徳的・倫理的にそれが正しいだろうと思って愛するのではありません。誰かを愛して、自分が満足するためでもありません。イエス・キリストへの応答として我々は互いを愛するのです。そこにこそ、キリストにある平和が生まれるのです。

弟子達は、この時キリストがおっしゃっていることが理解できませんでした。「あなたがたは私を探すだろう」などと先生はおっしゃっている。「だから互いに愛し合いなさい」などとおっしゃる。

たまらずペトロは尋ねました。「主よ、あなたはどこに行かれるのですか。」それに対して主イエスは「私の行くところに、あなたは今ついてくることはできないが、後でついてくることになる」とお答えになりました。

ペトロは不服でした。なぜ先生は自分たちから離れていかれるのか。そしてなぜ今一緒について行くことができないのか。

ペトロは「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます」と言いました。強い気持ちの表明です。しかし、キリストはおっしゃいます。「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度私のことを知らないと言うだろう」

この後、ペトロは主イエスがおっしゃったように、わずか数時間後、私はナザレのイエスなど知らない、と三度繰り返してしまいます。そのことを知っている私たちにとって、「あなたのためなら命を捨てます」と豪語したペトロの姿は滑稽に見えるでしょう。しかし、誰も彼を笑うことはできないでしょう。ペトロだけでなく、他の弟子達も同じでした。

キリストの十字架の死の後、ペトロをはじめ弟子達は一か所に集まり、身をひそめていました。皆、キリストを見捨てて逃げたのです。そして「あなたはナザレのイエスの弟子だ」と指さされることが恐ろしかったので身を寄せ合って隠れていたのです。早くエルサレムの人たちがナザレのイエスのことを忘れてほしい、自分たちの顔も忘れてほしい、と願ったでしょう。

主イエスの十字架の出来事から三日目の朝、その墓が空になったという知らせが入りました。ペトロは墓に走って行き、墓が空になったことを自分の目で見ました。そしてその日の夕方、ペトロは、弟子達は、復活のキリストに再会しました。

イエス・キリストは、「なぜあの時私を見捨てたのか」とはおっしゃいませんでした。「あなたがたに平和があるように」とおっしゃって再び彼らを召し出されたのです。

ペトロは故郷ガリラヤに戻り、再び漁師として魚を採るようになりました。そこでまた復活のイエス・キリストに再会します。彼はそこで主イエスから「私を愛しているか」と三度問われました。「あなたを愛しています」と答えたペトロは、主イエスから言われます。「あなたは行きたくないところへと連れていかれる」

キリストに愛され、召された者として、ペトロ自身が行きたいところではなく、神がペトロにお求めになるところへと連れていかれることになるのです。ペトロは、キリストに許された者として、自分の道からキリストの道を歩むことになるのです。

これが、「信仰に生きる」ということではないでしょうか。自分が行きたいところではないところへと連れていかれることになるのです。自分が行きたいところではなく、神が私たちに必要な道へと導き入れてくださるのです。中には、自分が行きたくない場所もあるでしょう。しかし、「行きたい・行きたくない」とかいうことを超えた何かが、私たちのために用意されているのです。

使徒言行録を見ると、そのことがよくわかります。キリストの使徒たちは、自分が行きたいところではなく、行くべきところへと聖霊によって導かれていきました。

ペトロがヤッファという港町にいた時、ローマの百人隊長コルネリアスという人からの招きの使者が迎えに来ます。ガリラヤの田舎のユダヤ人の漁師に、ローマの軍人が、しかも百人隊長が会いたいと言って来ました。

ペトロとコルネリウスの間には、当時では天と地ほどの身分の違いがありました。ペトロには、キリストの使徒として働く自分をローマの軍人が殺しに来たのかもしれない、という不安もあったでしょう。

しかし、ペトロは、コルネリアスが聖霊によって幻を見せられて自分を招いているということを知って、はるか北のカイサリアまで出向いて行きました。ペトロは自分が行きたい場所ではなく、行くべき場所へと向かったのです。 Continue reading

6月8日ペンテコステ礼拝説教

 使徒言行録9:1~9

今日はペンテコステです。祈る群れの上に聖霊が注がれ、そこからイエス・キリストの出来事を証言する群れが起こされ、キリスト教会となりました。ペンテコステはギリシャ語で50という数字を表す言葉です。過越祭から数えて50日、つまり、イエス・キリストの十字架から50日目に、聖霊が下るという出来事が起こりました。

ペンテコステは「言葉の出来事」と呼んでもいい事件ではないでしょうか。十字架で殺され、墓に埋葬されたはずの主イエスが復活され、ご自分の弟子達をはじめ多くの人たちに復活のお姿を現わされました。

死人の復活など、誰も信じることができなかったことです。主イエスの墓が空になったということを伝え聞いた弟子達でさえ、「あの方は復活された」という証言を信じることはできませんでした。弟子のトマスは「私は先生の手と脇腹に自分の手を入れて確かめないと信じない」と言ったほどです。しかし、信じることができない人たちも、実際に復活なさったイエス・キリストに出会うことで、信じざるを得なくなりました。

なぜ死人の復活などということを、キリスト教会の人たちは真剣に、自分の人生や命をかけて伝え残してきたのでしょうか。「死人が復活した」などということを、なぜそんなにも多くの人が、時代を超えて信じることができたのでしょうか。そしてその信仰を貫き、命をかけてまで伝えてきたのでしょうか。

キリスト者は、厳密にいえば、「信じた」のではなく、「信じさせられた」「信じざるを得なかった」のではないでしょうか。死者の復活などありえない、しかし、実際にイエス・キリストが自分の目の前に立っていらっしゃる。信じられないようなことが自分の身に起こった、だから「信じざるを得なかった」のです。

私たちの信仰も、実はそのようなものなのではないでしょうか。何の疑いもなくキリストの復活を信じ、なんの疑問もつまずきもなくキリストに身を委ねることができる人は少ないでしょう。

キリストの復活は本当だろうか。本当にあの方は神の子だったのか、メシアだったのか。そう思いながら、それでも、キリストの救いを否定しきれない、信じざるを得ない導きが確かに自分に及んでいる、というのが、弱い私たちの姿勢なのではないでしょうか。

キリスト者の群れ、教会は実は弱いのです。本当は自分たちの力では何もできないのです。使徒言行録を読むと、ペトロやパウロといった使徒たちが活躍する様子が描かれているので、「こんなにも強い伝道者たちがいたのか」と思わされます。

しかし、よく読むと、彼らは、皆、聖霊に導かれて、自分の思いを超えたところへと連れていかれ、自分が思ってもいなかった働きをするよう用いられていることが分かります。

キリストの復活の後、祈る群れがありました。復活のキリストに会い「時を待て」と言われたキリストの弟子達をはじめとする人たちです。その中には主イエスの母マリアもいました。ペンテコステの日には、120人が祈っていた、と書かれています。その祈りの群れに、聖霊が注がれたのです。

「時を待て」と言われた人たちは、「あなたがたは地の果てに至るまで私の証人となる」と言われていました。しかし、時が来たらイエス・キリストを地の果てまで、世界中に伝える証言者となる、と言われても、どうしていいのかわかりませんでした。だから彼らは祈ったのです。祈って待ったのです。

どうしていいかわからない中、人々にできたことは、ただ「祈ってその時を待つ」ということでした。教会というのは、「祈るしかない」「祈って待つしかない」群れであると言ってもいいかもしれません。「祈って時を待つしかない」、実はそれが教会の信仰なのです。

祈っていた群れに、ついにその時が来ました。120人の上に聖霊が注がれ、突然その人たちが、様々な言語で話し始めたのです。何を話し始めたのでしょうか。「神の業」を話し始めたということが使徒言行録には書かれています。「神の業」それはつまりイエス・キリストを通して現わされた神の救いの御業のことです。人々はキリストの十字架と復活の目撃談を語り始めたのです。

そこには諸国からの巡礼者たちがいました。エルサレムに巡礼に来ていた人たちは、自分の国の言葉でナザレのイエスという人に起こった不思議な神の御業が語られていることに驚きました。

祈る群れに聖霊が注がれ、イエス・キリストという救いの言葉を語り始めた、という不思議な出来事が起こったのです。言い方を変えると、イエス・キリストという言葉の中に人々が一つとされていく時がついに来たのです。ペンテコステはまさに、「言葉の出来事」でした。世界が、一つの言葉の中へと招かれ、一つとされていく時の到来だったのです。

聖書の中には、他にも、「言葉の出来事」と呼べる話があります。旧約聖書のバベルの塔です。これはペンテコステとは反対の「言葉の出来事」でした。創世記の初めには、神がおつくりになった秩序が人間の背きによって壊れていく様子が描かれています。天地創造の秩序の崩壊、人間の罪による混乱の物語が、創世記1章から11章まで続きます。その混乱の頂点ともいえるのが、「バベルの塔」として知られている物語です。

聖書にはこう書かれています。「世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。」その人たちが、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよう」と相談して、大きな塔を作ろうとしました。

「シンアルの地」というのは、バビロンのことです。バビロンは昔強大な帝国を築き、ジグラットと呼ばれる大きなピラミッドを建築しました。この物語の背景には、そのようなバビロンの巨大な建造物があるのでしょう。そして、世界を自分の支配下に置こうとしたバビロン帝国の末路も、この物語の背景にあるのでしょう。

神は建築に携わっていた人たちの言葉を混乱させ、言葉が聞き分けられないようにされました。こうしてバベルの塔は完成することはありませんでした。それだけでなく、人々をそこから全地に散らされた、とあります。神が、混乱を人々にお与えになったのです。そうやって、「天に近づこう」「神に近づこう」とする人間の計画を砕かれました。

バベルの塔の物語は、ペンテコステの出来事と真逆のことが描かれています。上から聖霊が注がれ一つの言葉の中へと人々が招かれたというペンテコステとは反対に、人が地上から、下から積み上げていったものを、神は上・天から壊し、ばらばらにされたのです。「人間が一つの言葉の中に平和に生きることができなくなった」という悲劇の現実が描かれているのです。

それは、私たちが生きているこの現実です。このバベルの塔の出来事は、決して過去のことではないのです。今もこの地上にいくらでも作られているし、私たちの心の内にもバベルの塔は簡単に建造されている、ということは、誰も否定できないでしょう。

人間の「天を目指そう、神のようになろう」という思いはいつから始まったのでしょうか。創世記の初め、天地創造の初めからです。神から与えられた楽園で生きていた人間は、楽園以上のものを求めました。

最初の人間が蛇の誘惑に負けます。蛇はエバに言いました。「その実を食べると、あなたは神のようになれるのだ。」その言葉を聞いたエバが木の実を見ると、おいしそうに見えた、とあります。アダムも、エバに勧められてその実を食べました。

人は、美味しそうなものには手が伸びるのです。最も心惹かれるのは、「あなたは神のようになれるのだ」、という囁きです。あの時以来、人は神のようにふるまいたい、天にまで届きたいという思いを内に秘めたまま生きてきたのです。

ダニエル書に、バビロンの王ネブカドネツァルが王宮の屋上の散歩をしていた時の言葉が記されています。「なんとバビロンは偉大ではないか。これこそ、この私が都として建て、私の権力の偉大さ、私の威光の尊さを示すものだ」

自画自賛の言葉、神のように振る舞うネブカドネツァルの言葉です。その言葉に対して、神の言葉が与えられます。「ネブカドネツァル王よ、お前に告げる。王国はお前を離れた。・・・お前は、いと高き神こそが人間の王国を支配する者で、神はみ旨のままにそれを誰にでも与えるのだということを悟るであろう」

このような神とのやりとりを、誰もがしているのではないでしょうか。本当はネブカドネツァルと同じことを自分も言ってみたい、と思うのです。すべてが、自分の思うようになれば、どんなに楽で、楽しいでしょうか。

しかし、その言葉を求める人は必ず、神からの追放の言葉が下ります。そして、神から離れた場所へと追いやられ、また立ち返りの道を模索し始めることになるのです。人の歴史はこの連続でした。

今日私たちはペンテコステを迎えました。あのバベルの塔の悲劇を踏まえて、ペンテコステの出来事を読むと、まさに、「救いの時が来た」ということが分かるのではないでしょうか。神から離れていた世の人々を、イエス・キリストという一つの言葉の中へと招く聖霊が祈りの群れに注がれたのです。

聖霊が注がれた弟子達はどういう人たちだったでしょうか。「聖霊を受けるにふさわしい人たちだ」と誰もが思えるような群れだったでしょうか。そうではないでしょう。

キリストが十字架に上げられた時に、弟子達は皆逃げ去っていました。ペトロは三度「ナザレのイエスなど知らない」と言ったほどです。これはペトロだけではなく、他の弟子達もそれぞれが逃げた先で同じような言い逃れをしたでしょう。

しかしそのような弟子達を、復活のキリストは再び招かれ、「時に備えよ」と言われました。彼らにもう一度神と共に生きる道を示されたのです。彼らは祈り続けました。祈って時を待ったのです。

そして、ペンテコステの日、聖霊が彼らに下さり、世界中の言葉で、世界中の人たちにどこで一つになれるか、ということを語り始めたのです。神にふさわしくないと思われる人にこそ、神の招きの言葉は伝えられていったのです。

今日私たちは教会の迫害者サウロにキリストが呼びかけられる場面を読みました。キリストの招きは、弟子達だけでなく、教会の迫害者にまで及びました。サウロは熱意をもってキリスト者を迫害していた人です。自分は神のために正しいことをしているのだ、と自信を持っていました。

しかし、復活のキリストは呼びかけられるのです。「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」。このことがあってサウロはパウロと呼ばれるようになり、キリストの霊、聖霊に導きにその生涯をささげることになります。

キリストに出会い、パウロは性格が変わったのでしょうか。違います。パウロはキリストを知って、世界の見え方が変わったのです。聖書の言葉の意味が今までと変わったのです。これまで自分が積み上げてきたものは、しょせん、自分という小さな人間が積み上げてきたものにしか過ぎない。しかし、パウロはイエス・キリストという神の子メシアの導きによって、神の御業のために働く喜びを知りました。パウロは、それまで自分が築き上げてきた人間としての誇りなど、キリストに比べれば塵芥でしかない、と手紙の中で書いているほどです。

私たちも同じでしょう。聖書を読んで、キリストを知って、自分の中身が突然聖くなった、聖人のようになったということはないでしょう。むしろ、キリストに相応しくない自分に、なぜかキリストが出会ってくださった。そしてなぜか自分のような者を用いてくださっている、という不思議の方が大きいでしょう。

私たちはこのペンテコステの日、考えたいと思います。「自分の手は何を積み上げているか。この世界をどう見ているか。人間の欲に基づく計画に自分をささげるのか、神のご計画の中で生かされるのか。」 Continue reading

6月3日の礼拝説教

 ヨハネ福音書13:12~20

イエス・キリストと弟子達の最後の時間を読んでいます。それは「過越祭の前」のこと、つまりキリストの十字架の前の晩のことでした。キリストは弟子達のために上着を脱ぎ、手拭いをとって腰にまとわれ、たらいに水を汲んで、弟子達の足を洗われました。

ヨハネ福音書に記録されているこの夜の様子は、他のマタイ、マルコ、ルカの三つの福音書とはずいぶん違っています。私たちがよく知っているのは、最後の晩餐の席で、イエス・キリストがパンと葡萄酒をとって、「これは私の体である、これは私の血である」弟子達におっしゃって手渡された、現在の聖餐式の原型となった食卓の光景です。

しかしヨハネ福音書は、そのことよりも、キリストが弟子達の足を洗われたということに焦点を当てて、キリストが最後の夜に弟子達にこのように僕として仕える姿勢を示されたことを描いているのです。

ヨハネ福音書では、6章全体を通してイエス・キリストが、ご自分が天からのパンであり、命の水であることを示された出来事が書かれています。「私の肉を食べ、私の血を飲むものは、いつも私の内におり、私もまたいつもその人の内にいる」と群衆に語りかけていらっしゃいます。4つの福音書の内ヨハネ福音書だけ、キリストがご自分の体と血を人々に差し出される様子の描き方が全く違っているのです。

なぜこのような描き方をしているのでしょうか。少し、福音書の成り立ちについて解説を加えておきたいと思います。ヨハネ福音書は、他の三つの福音書よりも、10~20年、後に書かれたと考えられています。

つまり、ヨハネ福音書を最初に読んでいたのは、イエス・キリストが最後の晩餐の席でパンと葡萄酒をご自分の体と血として弟子達にお与えになり、ご自分の救いの御業を思い出すように、とお命じになっていたことをすでに知っていた人たちでした。

他の福音書ですでに知っていた人たちのために、さらにヨハネ福音書は書かれた、と言っていいでしょう。だから、マタイ、マルコ、ルカの福音書と重複する内容はとても少なくて、ヨハネ福音書独自の内容が描かれているのです。

ヨハネ福音書は、他の福音書とは異なる文体、異なる視点、異なる強調点で書かれています。他の三つの福音書とは違い、ヨハネ福音書は、ご自分が逮捕される最後の夜、弟子達の足を洗い、最後の晩餐を共にし、弟子達に最後の教えを残し、弟子達のためこの世のためにとりなしの祈りを捧げるイエス・キリストのお姿を非常に多くの文字を費やして描いています。最後に弟子達と過ごされる最後の時間の様子は、13章から17章にかけて長々と書かれているのです。

主イエスの最後の夜のヨハネ福音書の強調点はどこにあるのでしょうか。他の三つの福音書は、弟子達にパンと葡萄酒を配って、ご自分の体と血の象徴として思い出すようお命じになったことを描いています。

ヨハネ福音書は、弟子達に、最後の瞬間までこの世に徹底的に仕える、僕としてのイエス・キリストのお姿を我々に描き出そうとしています。私たちは、キリストに従う者としてどのような姿勢で生きていけばいいのか、ということを示されるのです。

ご自分の十字架を前にして、キリストは弟子達の足を洗われました。驚く弟子達に、質問されます。「私があなたがたにしたことがわかるか」

これまでキリストは多くのしるしを行い、人々を驚かせて来られました。皆、そのしるしの意味を知りたがりました。キリストはご自分が行われた御業の意味を細かく説明はなさいませんでした。しかしここでは、キリストは弟子達の足を洗ったことの意味を問うていらっしゃいます。

「私があなたがたにしたことが分かるか」

キリストがこの晩弟子達になさったことは、まさに「しるし」なのです。神の御業の奇跡なのです。それは神が人の足元にひざまずき、自らの手で洗われたという信じがたい奇跡でした。単に、弟子達との最後の時だから何か心に残るようなことをして感動させようとしたというのではありません。

主イエスは弟子達の足を洗われたことを、しるしとして、弟子達がどう理解したか、そしてどう理解すべきなのか、ということをここで説明されます。                

主イエスが否定されるのは、弟子達が互いの上に立とうとすることでした。ご自分の十字架の後、弟子達が愚かな権力争いを始めることほどくだらないことはありません。しかし実際、人間はそのようなことに終始するのです。

他の福音書でも、弟子達が「我々の中で一番偉いのは誰か」という議論をしたということが書かれています。キリストの弟子達がそうなのですから、私たちだってこのような思いを抱かないということはないでしょう。

主イエスはおっしゃいます。「主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗いあわなければならない。」

弟子達が「キリストの弟子」なのであれば、彼らはキリストがなさったことに倣い、キリストが生きたように、生きることになります。先生が弟子の足を洗うということは、先生が弟子の僕となって仕えた、ということでした。上に立って満足を覚えることではありません。それがキリストの模範でした。

私たちは、イエス・キリストを文字通り「キリスト・救い主」として、生きています。そうであるなら、我々が主イエスを超えるとか、他のキリスト者よりも一段高い位置に居座るとかいうことはあり得ないのです。

7:48に、ファリサイ派の人たちが、「律法を知らないこの群衆は、呪われている」と言ったことが書かれています。主イエスの教えに耳を傾ける群衆のことをそう言ったのです。ファリサイ派の人たちは、群衆よりも、主イエスよりも、自分たちの方が偉いと考えました。律法のことは自分たちの方がよく知っている、と。

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5月25日の礼拝説教

 ヨハネ福音書13:1~11

我々が今日読んだところから、ヨハネ福音書の第二部に入ることになります。ヨハネ福音書の前半部分、ここまで私たちが読んできた第一部はイエス・キリストの福音宣教の様子を描いてきました。13章からの後半部分、第二部はご自分の受難へと進んでいかれるイエス・キリストのお姿が描かれていくことになります。

ヨハネ福音書の前半と後半を比べてみると、描かれている時間の密度が全く違うことに気づかされます。第一部では約3年に渡るキリストの福音宣教が描いてきましたが、第二部では刻一刻と迫りくるご自分の受難に向き合われる主イエスの24時間を詳細に描くのです。

キリストが何をおっしゃっているのか、またどこに行こうとされているのか・・・戸惑う弟子達と、ご自分の十字架の死を見据えて弟子達に言葉を残されるキリストのお姿を、私たちもこの夜の弟子達の輪の中に入って、見つめたいと思います。

「さて、過越祭の前のことである」、という言葉から13章は始まります。主イエスの金曜日の朝に十字架に上げられますので、私たちが今日読んだ場面は、木曜日の夜であったということになります。

この夜、主イエスは弟子達の足を洗い、ご自分を裏切る者がいることをお伝えになります。そしてイスカリオテのユダが外に出て行った後、弟子達に最後の言葉を伝え、祈りを捧げ、自らを十字架につける人たちに委ねていかれます。

これまでの福音宣教で積み上げてきたものが、わずか数時間で全て崩れてしまうのです。少なくとも、弟子達にはそう見えたでしょう。主イエスに地上的な期待を抱いた人々も、主イエスの十字架を見て失望したでしょう。

しかし、イエス・キリストは人間の期待に応えるためではなく、神の救いの御業を完成させるために世に来られました。これからお受けになる痛みが、受難こそが、真のメシアのお姿だと言っていいのです。主イエスは最後の24時間で、弟子達にそのことをお伝えになります。

「イエスは、この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟った」と書かれています。主イエスが迎えられたご自分の「時」と、弟子達が、また人々が主イエスに期待した「時」は全く違うものでした。

人々は主イエスをエルサレムに熱狂的に迎え入れ、イスラエルを強い国として造り上げたダビデ、また外国の侵略からエルサレムを守り解放したユダ・マカバイの再来として期待しました。ナザレのイエスの到来によって「自分たちがイスラエルをローマの支配から取り戻す時」が来たのでは、という期待です。

しかし、主イエスはこれまで「羊のために命を投げ出す良い羊飼い」として世に来られたことを話されてきました。この前日、主イエスはベタニア村でマリアから香油を注がれ、葬りの準備がされていました。

主イエスのエルサレム入場の際のお姿は、滑稽なものでした。小さなロバに乗って入って来られたのです。人々の期待に沿う威風堂々とした革命の指導者ではなく、はるか昔ゼカリアが預言した、「ロバに乗ってやってくる低く謙遜なメシア」でした。

ついに十字架の時・救いの時が目前に来たことを悟られた主イエスは、「世にいる弟子達を愛して、この上なく愛し抜かれた」と書かれています。3年もの間、寝食を共にし、教え、語り、福音宣教の使命を担ってきた弟子達と別れる時が来ました。あと数時間のうちに弟子達は皆主イエスを見捨てて闇の中へと皆逃げ去ってしまいます。明日の朝には十字架に上げられ、ご自分は死ぬのです。主イエスにとって「時が来た」とはそういうことを意味していました。そして、弟子達への愛が溢れて止まらなくなったのです。

「良い羊飼いは自分の羊を知っており、囲いから自分の羊を呼び出す」、と主イエスはおっしゃいました。そして「羊は自分の羊飼いの声を知っている」ともおっしゃってきました。主イエスが「良い羊飼い」であるなら、その声を聞き分ける羊は一体どこにいるのでしょうか。

それは弟子達でした。

私たちは、今、弟子達と一緒にイエス・キリストと夕食の席に座っています。そして弟子達と一緒に、キリストの言葉を聞き、この方の姿を見つめようとしています。ここにこそ、キリストの弟子として、信仰者として見つめなければならないキリストのお姿があるということ踏まえたいと思います。

「私に従おうとするものは、自分の十字架を背負って私に従いなさい」とキリストは弟子達にお教えになりました。キリストに従うということは、キリストが歩まれた道を自分も歩む、ということです。

「自分の十字架を背負いなさい」とはどういうことなのでしょうか。文字通り十字架にかけられて死になさい、ということではないでしょう。キリストがそうなさったように、自分の身を横たえて自分を踏み石にして神のもとへと誰かを行かせるような生き方のことでしょう。

弟子達はこの夜、それを学ばされることになります。彼らはこの後、主イエスを見捨てて逃げてしまうことになります。しかし主イエスの十字架と復活の後、再び復活の主に招かれ、立ち返った時、弟子達はこの夜キリストが自分たちに話してくださったこと、してくださったことの意味を悟り、自分の十字架を背負って生きることを始めることになるのです。

「世にいる弟子達を愛して、この上なく愛し抜かれた」主イエスは何をなさったでしょうか。弟子達の足を洗い、手拭いで拭き始められたのです。当時は皆サンダルを履いていて、舗装されていない道を歩いていたので、当然足は汚れていました。

誰かの家を訪問した際には、足を洗うための水が用意されて、もしその家に僕がいたら、その僕が客人の足を洗いました。足を洗うというのは、僕の仕事でした。更にユダヤではそれは成人男性の僕ではなく、女性、子供、また異邦人の僕の役割とされていました。特別な例外があるとすれば、師弟関係において、弟子が自分の先生の足を洗い、尊敬を示す、または、妻が夫の足を洗って愛情を示す、というようなことでした。

しかし、ここでキリストがなさったことはそれらのどれにも当てはまりません。師である主イエスが、弟子たちの足を、僕のように洗われたのです。

主イエスは「食事の席から立ちあがって上着を」脱いだ、と書かれています。象徴的な動作です。良い羊飼いが自分の命をそこに横たえるかのように、キリストは衣服脱いで置かれました。そして弟子達の足元にひざまずいて僕の役割を担われたのです。

当然弟子達は驚きました。主イエスはまずペトロのところに行かれました。ペトロは恐縮します。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか」と言いました。元の聖書の言葉を見ると、「主よ、あなたは、私の、洗うのですか、足を」と、ペトロは驚きのあまりしどろもどろになっていることが分かります。

ペトロは、弟子として自分が先生の足を洗わないだけでなく、逆に先生が弟子である自分の足を洗おうとしている、ということで驚きました。それは、むしろ恐れだったでしょう。

このペトロの恐れこそ、私たちの信仰の本質ではないでしょうか。キリストが高いところから「ああしろ、こうしろ」とおっしゃるのであれば、わかるのです。しかし、神の子イエス・キリストが、弟子達の前に、そして私たちの前にひざまずき、汚れている足を洗ってくださるのです。

私たちはキリストに仕える、という言い方をよくしますが、聖書が伝えているのは、キリストがまず私たちに仕えてくださった、ということなのです。

そこには、恐れが生じると思います。私たちが仕えるべき方が、神が、それまず私たちに仕えてくださっていた、僕となり、命を投げ出して助けてくださっていたというのです。

私たちの信仰には、必ず恐れがあります。それは、ペトロがここで抱いた恐れです。キリストがまず私に仕えてくださった、そのことに気づいた時に私たちを圧倒する恐れこそ、私たちの信仰の本質ではないでしょうか。

ペトロは混乱しました。恐れおののいて、「私の足など、決して洗わないでください」と言いました。これが普通の反応でしょう。しかし主イエスはそれに対して「もし私があなたを洗わないなら、あなたは私と何のかかわりもないことになる」とおっしゃいました。

主イエスは「私のしていることは、今、あなたにはわかるまいが、後で、分かるようになる」とおっしゃいました。その通り、この時ペトロは主イエスがしていることの意味が分かりませんでした。

ペトロは、「それならば、足だけでなく、手も、頭も洗ってください」と言いました。滑稽なペトロです。それまで遠慮していたのに、その言葉を聞いて、ペトロは主イエスが自分の体のいろんなところを洗ってくださればくださるほど、主イエスとの関係が強くなるということだ、と無邪気に考えたようです。

ヨハネ福音書は、神の民イスラエルが、イエスの本当の姿を見ることができなかったということを我々読者に伝えています。その無理解の中には、キリストの弟子達も含まれています。

キリストが復活なさった後、キリストの使徒たちは言いました。「イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」。それを聞いた人たちは、おおいに心を打たれて、「私たちはどうしたらよいのですか」と言ってきました。弟子達がそうであったように、人々も、自分の無理解に気づいていくのです。

私たちもキリストが共にいてくださった時、キリストが自分に仕えてくださっていた時はそのことに気づかず、後で振り返ってそのことを知ることが多いのではないでしょうか。そしてそれに気づいた時、私たちは恐れるのです。「自分はどうしたらよいのか」と。それが、自分の罪の気づきとなり、神の許しの大きさの感謝となり、その恵みを伝える思いとなっていくのではないでしょうか。

神の御業は、その御心は、私たちの肉の目には徹底的に隠されています。しかし見えなくても、ご自分の十字架へと歩んでくださったキリストのことを思い、そしてキリストを十字架に上げたのはこの私だと知る中で、神は私と共にいてくださっているということを確信して歩むことができるようになるのではないでしょうか。

忘れてならないことは、主イエスはこの夜、イスカリオテのユダの足元にも跪き、ユダの足も洗われた、ということです。主はユダがこれから何をしようとしているのかをご存じでした。それでも、最後までユダに僕としてお仕えになったのです。キリストに足を洗われない人などいません。神は今でも、「あなたはどこにいるのか」と世のすべての人を捜し求めてくださっているのです。

キリストの十字架と復活の後、弟子達はこの夜のことを何度思い出したでしょうか。キリストがどんな思いで、自分たちの足を洗ってくださったのか。自分たちがどれだけキリストの思いを受け止めることができていたか・・・この夜を思い出すたびに、彼らは自分たちの罪を知り、キリストの許しの恵みを知り、キリストを伝えねばならないという使命感を深めていったことでしょう。ユダの足までも洗われたキリストを。

主イエスは遠慮するペトロに「このことはあなたにとって必要なのだ」とおっしゃいました。すべてのことは必要なのです。ペトロだけでなく、誰にとっても、キリストがあの時自分にどう仕えてくださっていたのかということに気づくのは、ずっと後になってからのことでしょう。そのことに気づくために、私たちには生きる中でいろんなものを見せられるのです。ある時は、苦しみの中で、ある時は喜びの中で「キリストはまことに私のために仕えてくださっていた」と振り返るのではないでしょうか。

キリストが弟子達の足を洗われるお姿に、我々は洗礼の恵みを象徴的に見ることができます。洗礼による洗いによって私たちは清くされ、イエス・キリストと関りを持つ者とされました。

この地上を歩んで生きる我々の足は罪による汚れがあります。嫌でも思い出してしまう自分の醜さがあります。神を、キリストを知らなかった時、自分がどんな人間だったか、いや、今でも、自分の醜さに向き合わされることがあります。

主イエスは弟子達の足を一度だけ、洗われました。私たちも洗礼は一度です。何度も洗っていただかなくてもいいのか、と思ったりすることもあるのではないでしょうか。しかし、一度でいいのです。弟子達に、思い出すべきこの夜があったように、私たちにも、何度も思い出すキリストが自分を担ってくださったその時というものがあるでしょう。後に弟子達がこの夜の出来事を思い出したように、私たちにも自分の信仰の原点となるような、思い出し何度も立ち返る時があるはずです。

「世にいる弟子達を愛して、この上なく愛し抜かれた」キリストに、私たちは聖書を通して何度も出会うのです。

4月27日の礼拝説教

 ヨハネ福音書12:27~36

イエス・キリストは、「私はよい羊飼いである」とおっしゃり、続けて、「私にはまだ囲いに入っていない羊がいる、そしてその羊たちのために私は命を捨てる」とおっしゃいました。

羊は、囲いの中で羊飼いに守られていることで、平和と自由を楽しむことができます。しかし、羊飼いから離れ、囲いの外にこそ自分の自由があるのではないかという誘惑に負け、いるべき場所から離れてしまい、道に迷い、なすすべを知らず途方に暮れる羊もいます。主イエスは、そのような羊を命懸けで迎えに行く羊飼いにご自分を例えられました。

イスラエルは長い間、自分たちを神の恵みの支配のもとへと連れ戻してくださる方を待ち続けてきました。自分たちが、羊飼いから離れ、囲いを出てしまった羊の群れであることを知っていたのです。何百年も外国の支配の中で生きてこなければならなかったイスラエルは、自分たちを救い出してくれる存在を待ち続けてきました。

これまでの歴史の中で、預言者たちが、イスラエルの牧者の到来を告げてきました。人々は、聖書に記録されている預言者たちの言葉を信じ、希望を持ち続けてきました。イスラエルの人々は、自分たちを外国の支配から救い出し、神の恵みの支配へと連れ戻してくださる方、メシアを待っていたのです。

人々は、メシアがいつの日か来て、羊飼いが羊を導くように自分たちを神の支配へと導いてくれる、と信じてきました。そして自分たちの目の前に、人々の病を癒し、聖書の教えを伝え、ついに死人を墓の中からよみがえらせたナザレのイエスという人が現れました。

群衆は「この方こそメシアではないか、救いの時が来たのではないか」、という期待を抱きました。

主イエスはこれまで、何度も「私の時は来ていない」とおっしゃってきました。しかし、ご自分のもとにギリシャ人たちがやってきた時、ついに、「人の子が栄光を受ける時が来た」と宣言されました。

ユダヤ人ではないこのギリシャ人たち、異邦人がご自分を求めてやってきたのをご覧になって、主イエスは「囲いに入っていない羊たち」がご自分を羊飼いとして求める時が来たことを悟られたのです。

「囲いに入っていない羊たち」であるギリシャ人たちがご自分のもとに来た今、そして神の招きの福音が全世界に広がる時が来たことを悟り、「人の子が栄光を受ける時が来た」とおっしゃいました。

主イエスは「今、私は心騒ぐ」とおっしゃいます。「栄光を受ける時」とは、ご自分が「羊のために命を捨てる時」、「十字架の死によって栄光を受ける時」のことだったからです。

ご自分の死の時が目の前に来たことを悟られました。心が乱れ、胸が張り裂けそうな思いで、ご自分の死へとまっすぐに歩んでいかれることになります。神の子であれば、十字架の死など怖くなかったのではないか、と思う人もいるでしょう。

しかし、我々と全く同じ人間としてお生まれになった神の子は、我々と同じように、恐怖を感じられるのです。

私たちは誰でも、自分の死を考える時、心騒ぐでしょう。いつか自分は死ぬのだろうという漠然として思いを持っていても、あなたの命はあとこれだけだと言われて、心騒がない人はいないでしょう。

ただ知識として「いつか人は死ぬ」ということを知っていることと、事実として間近に自分の死を感じることは全く違います。

キリストは我々と同じ一人の人間として、死に対して恐怖を覚えていらっしゃいます。私たちが死に向き合う時に心騒ぐように、キリストも心の内に痛みと恐怖を感じていらっしゃいます。

ヨハネ福音書の特徴の一つに、イエス・キリストのセツセマネの祈りが描かれていない、ということが挙げられます。

マタイ、マルコ、ルカによる三つの福音書には、イエス・キリストがご自分の死の時を前にして、オリーブ山にあるゲツセマネという場所で、もだえ苦しみながら神に祈られたお姿が描かれています。

弟子達も祈られる主イエスの傍にいました。しかし、主イエスの激しい苦しみの祈りの傍らで、弟子達は眠ってしまいました。起きていられなかったのです。「心は燃えていても、肉体は弱い」と主イエスから言われてしまいます。

十字架というご自分に与えられた使命のために祈るキリストと、心は燃えていても肉体は弱い弟子達との姿が対照的な場面です。

ヨハネ福音書はそのような、壮絶な主イエスのセツセマネの祈りのお姿を描いていません。しかし、よく読んでいくと、ゲツセマネの祈りと同じ言葉を、祈られています。

28節「『父よ、私をこの時から救ってください』と言おうか。しかし、私はまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現わしてください。」

これがキリストの祈りだった。

主イエスの本心は、「父よ、この時から救ってください」「できれば十字架を取り去ってください」というものでした。誰だって、好き好んで十字架に上がる人などいないのです。

キリストはどのような思いで祈られたでしょうか。

詩編42編に、魂の痛みの中から神に向かって祈る詩人の詩が記されている。

「枯れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、私の魂はあなたを求める。神に、命の神に、私の魂は渇く」という言葉で始まっています。

祈りながら、詩人は自分自身に言い聞かせます。「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め、わたしはなお、告白しよう。『御顔こそ、わたしの救い』と。私の神よ」

イエス・キリストは、十字架を前にして、詩編42編の祈りの詩人のような思いで祈りの言葉を紡がれたでしょう。

そしてヨハネ福音書は、このキリストの祈りに対する天からの神の声を記録しています。

「私はすでに栄光を現わした。再び栄光を現わそう」

そしてその神の声は群衆にも聞こえたのです。神の声が人々にも聞こえた、ということは驚きです。旧約聖書では預言者にしか聞こえなかった神の声が、キリストの祈りを通して人々にも聞かせられたのです。

人々は天から響いた声に混乱しました。「雷が鳴った」という人もいれば、「天使がこの人に話しかけたのだ」という人もいた、と書かれています。

主イエスは「この声が聞こえたのは、私のためではなく、あなた方のためだ」とおっしゃいました。周りにいた群衆は、確かに神の声を聞きました。神は確かに、キリストを通してご自分を示されています。

そして今、聖書の言葉を通して、神は我々に御声を聞かせてくださっています。私たちは、この時イエス・キリストのそばにいた群衆の中の1人なのです。

今、私たちは問われているのです。イエス・キリストの祈りの言葉と、天から響いた神の声を、実際にそばでどのように聞いているでしょうか。自分のためにとりなしてくださる祈りとして、そしてこの方に真の神の栄光があることを示される天の声として、聴くことができているでしょうか。

出エジプトをした際、イスラエルの人たちはシナイ山の上に雷鳴のように鳴り響いた神の声を聞きました。「私はシナイ山に下る」とおっしゃり、神は民と出会おうとなさいました。

しかし、「宿営にいた民は皆、震えた」と書かれています。「私のもとに来なさい」とおっしゃる神の声を聞いてもそこから動けませんでした。怖かったのです。民は恐れのあまり動けなかったのです。

そして、「モーセが民を神に会わせるために宿営から連れ出したので、彼らは山のふもとに立った」と書かれています。 Continue reading

4月13日の礼拝説教

 ヨハネ福音書12:9~19

先週、私たちは、主イエスがラザロの家族とご自分の弟子達と一緒にベタニア村で食事をなさった場面を読みました。それは過越祭の六日前のこと、つまり、イエス・キリストの受難のちょうど一週間前、という時でした。その食事のちょうど一週間後、キリストは逮捕され、無理やり有罪とされ、夜通し苦痛を与えられることとなります。

その食事の席にいた人たちは、ラザロが墓の中から起こされたという喜びを分かち合っていたでしょう。起こされたラザロの家族はもちろん、キリストの弟子達も、自分たちの先生が死者の復活という大きな奇跡を起こしたことを喜んでいたでしょう。

しかしその喜びの食卓の中、主イエスだけは、他の人たちとは違う心持でいらっしゃいました。一週間後には、逮捕と、苦痛と、十字架の死がご自分を待っていることをご存じでした。

死から復活したラザロを喜ぶ人たちと、ご自分の死に向かっていかれるイエス・キリストとの間には大きな気持ちのずれがあったのです。

その喜びの宴の中で、ラザロの姉妹マリアが、主イエスの足に香油を注ぎ、自分の髪の毛で拭いました。それを見た他の人達は、高価な香油を無駄遣いするマリアに驚きましたが、主イエスだけはマリアがご自分のホームの準備をしてくれたことを喜びました。

今日私たちが読んだのは、その喜びの宴の翌日のことです。主イエスはエルサレムに入場されました。日曜日の朝のことでした。このちょうど一週間後、主イエスはエルサレムのゴルゴタの丘で十字架に上げられ苦しまれることになります。

大喜びして主イエスをエルサレムに迎え入れる群衆の姿と、一週間後にご自分を待つ十字架へと見据えていらっしゃる主イエスのお姿は、対照的です。

ヨハネ福音書では、主イエスが約3年の間、ガリラヤとエルサレムを行き来してこられたことを書いています。祭りのたびに、主イエスはガリラヤからエルサレムにいらっしゃって、しるしを行われました。

エルサレムの人たち、またエルサレムに巡礼に来ていた人たちは、この三年間、ナザレのイエスがエルサレムで祭りのたびに行って来た不思議な癒しの奇跡、そして聖書の教えを説くのを見てきました。

祭司長たちが「ナザレのイエスを見つけたら通報するように」という命令が出されていたにも関わらず、イエスは過越祭のためにエルサレムにやって来たのを見て、人々は喜びました。この人たちは、ラザロを死者の中から蘇らせたことを皆伝え聞いていたのです。それほどの奇跡をおこなう方がエルサレムの過越祭に来られたのです。

過越祭はイスラエルの解放・救いを記念する祭りです。ナザレのイエスには特別な力があることを知って、期待を抱いていた人たちにとって、過越祭にやってきたこのイエスという方はこの時、自分たちの救いの象徴そのものとなったのです。

しかし、ベタニア村での晩餐でそうであったように、人々に見えていた主イエスのお姿と、本当の主イエスのお姿は違っていました。

主イエスは昨晩の食事の席でマリアから香油を注がれました。油を注がれるというのは、王、祭司、預言者が神から選び出されて任命される際の儀式でもあります。普通であれば、頭に油を注がれます。

しかしマリアは主イエスの足に香油を注ぎました。主イエスの前に低くなり、主イエスの体の一番低い部分に注ぎました。それは、王として立つ方の栄光の印ではなく、主イエスご自身がおっしゃったように埋葬の準備でした。

この時のエルサレムで、誰が一週間後の主イエスの十字架を予想できたでしょうか。確かに、主イエスはこの世の王、祭司、預言者として世に遣わされた神の子・メシアでした。しかし威光をまとい、この世の頂点に君臨する地上の王ではありませんでした。

良い羊飼いとしてご自分の命をこの世のために投げ出すために来られた天からの王でした。低く、謙遜なメシアでした。栄光のメシアではなく、受難のメシアでした。

主イエスがエルサレムに入場される日の前の夜、群衆が主イエスの噂を聞きつけてやってきたことが書かれています。ラザロを見るためです。本当にナザレのイエスは死者を墓から起こしたのか、確かめるためでした。死者の復活という、未だ聞いたことのない大きな奇跡が本当かどうか、自分たちの目で確かめる必要がありました。

人々は、ラザロが生きていることを自分の目で見ました。人々は興奮したでしょう。これほどのしるしは見たことがありませんでした。

しかし、一方で、ラザロの復活を快く思わない人たちもいたことも書かれています。祭司長をはじめとする宗教指導者たちでした。人々の心が主イエスに向いていくことに危機を持っていたのです。

指導者たちの中でも、特にサドカイ派の人たちはラザロの復活のことを疑っていたでしょう。ユダヤ教の中でもサドカイ派の人たちは、死者の復活を信じていませんでした。ラザロが生き返ったということはサドカイ派の人たちにとって危険思想でした。

祭司長たちは、ナザレのイエスのせいで過越祭の前に民衆の感情が高ぶることを危惧しました。指導者たちは、自分たちの宗教的支配力がイエスに奪われてしまうことを恐れました。

そして何より、過越祭の中で何か問題が起きて、ローマの兵士たちに鎮圧されるということを恐れました。

1世紀のユダヤ人歴史家のヨセフ巣は過越祭の際には200万人もの人々がエルサレムに巡礼にきていたということを記しています。その人数の多さを考えると、祭司長たちもローマ兵たちも緊張していたということは想像できます。

そして彼らが考えた解決策はラザロを殺す、ということでした。ラザロの存在そのものが、ナザレのイエスを神の子・メシアと信じる人たちを作ってしまうのであれば、殺してしまおうと考えるようになったのです。

皮肉なことに、聖書を一番よく研究していた彼らが、ラザロの復活に神の栄光を見出すことなく、神の御業の生き証人であるラザロを殺そうと企んだのです。

日曜日の朝、主イエスのエルサレム入場という出来事の水面下では様々な人々の思いが交錯していたのです。

主イエスは多くの人々から熱狂的に迎え入れらました。ベタニア村からついてきた人たちと、エルサレムで迎え入れた人たちは、「ホサナ」と主イエスに向かって叫び、ヤシの枝を振りました。

人々は、エルサレムに入って来るナザレのイエスに、ユダヤ人指導者ユダ・マカバイの姿と重ね合わせた。ユダ・マカバイは紀元前2世紀に、外国の軍隊と戦ってエルサレム神殿を取り戻した人です。

ユダ・マカバイが戦いに勝って、エルサレムに入場した時、人々はマカバイをヤシの枝を振って迎え入れました。今、エルサレムの人たちは主イエスのことを新しいユダ・マカバイとして、新しい軍事指導者として迎え入れているのです。

ホサナというのは「主よ、私たちを救ってください」という意味の言葉です。旧約聖書では、やがて来られる主の名において来られるメシアに向かって叫ぶ言葉でした。

このホサナという叫びの中に、群衆の主イエスに対する期待が表れています。それは、ローマ帝国からの解放、外国の支配からの解放でした。

しかし、これはイエス・キリストに対する正しい期待ではありませんでした。主イエスご自身は、「羊のために命を投げ出す良い羊飼い」として来られたのです。

主イエスのエルサレム入場の仕方は不思議です。わざわざ「ろばの子を見つけて、お乗りになった」と書かれています。

軍事的英雄として凱旋したユダ・マカバイの姿とはかけ離れています。新しいイスラエルの王、ユダ・マカバイの再来としてエルサレムに入るというのであればこの姿はちぐはぐです。馬に乗って、剣や槍をもった兵士たちを後ろに従わせて入場する、威風堂々とした王の姿ではありません。逆だ。一人でロバに乗ってエルサレムに入る姿には、微塵も強さを感じません。むしろ弱々しい姿です。

主イエスのすぐ後ろで見ていた弟子達は、なぜ先生がこのようなことをなさるのか、わかりませんでした。もっと人々から尊敬を得るような仕方でエルサレムに入ればいいのに、と思ったのではないでしょうか。

しかし、弟子達はキリストの十字架の後、この時の主イエスの御心を知ることになりました。キリストの十字架の後、弟子達はなぜ主イエスが馬ではなく、ロバに乗られたのかを悟ります。

主イエスがロバに乗ってエルサレムに入場するという滑稽な姿をなぜさらされたのか。それは預言者ゼカリヤの預言の実現でした。旧約聖書のゼカリヤ書に、「ロバに乗った方が来る」、という預言が残されています。メシアは、威光に輝く軍事的な征服者ではなく、平和の王として、謙遜な王として来られる、という預言です。

主イエスがエルサレム入場の際に乗られた小さなロバ、それは平和と謙遜の象徴でした。そしてご自分が謙遜な王であり、羊のために命を投げ出す羊飼いであることをこのような仕方で示されたのです。 Continue reading