MIYAKEJIMA CHURCH

10月31日の説教要旨

マルコ福音書14:12~21

「はっきり言っておくが、あなたがたの内の一人で、私と一緒に食事をしている者が、私を裏切ろうとしている」(14:18)

ガリラヤから過越祭への巡礼のためにやってきた主イエスの一行は、エルサレムで「除酵祭の第一日を迎えた」、とあります。この日は木曜日でした。除酵祭の第一日、この木曜日の日が暮れて夜を迎え、そしてその夜が明ければ、イエス・キリストは十字架に上げられ、殺されることになります。

今日私たちが読んだのは、イエス・キリストが弟子達と過ごす最後の時間を、どのように過ごされたか、という場面です。

この日主イエスがなさったことは、食事の席を弟子達に探させ、そして共に食事をする、ということでした。その食卓は「最後の晩餐」と後に呼ばれることになります。

この日、主イエスが弟子達と囲まれたのは、「過ぎ越しの食事」と呼ばれる、イスラエルにとって、自分たちのルーツを思い出すための特別な祭りの食卓でした。過越祭は、イスラエルの人たちが自分たちの先祖がエジプトの奴隷生活から神によって救い出されたことを記念する祭りです。

出エジプト記にその「過越し」の出来事が記されています。神は、イスラエルをエジプトでの奴隷生活から解放するために、エジプトを打たれました。その際、イスラエルの人たちは、神の裁きが自分たちのもとに来ないように、目印として、家の鴨居に子羊の血を塗りました。神は、子羊の血が塗られたイスラエルの家をは過ぎ越して、エジプトを打っていかれたのです。

そしてその夜、イスラエルの人たちは旅の準備を整えることもなく、急いで食事をし、エジプトを出発しました。過越祭の中でもたれる「過越しの食卓」は、その夜の食事を再現して、思い起こすためのものでした。イスラエル解放の夜を記念するために、一家の長が食事を取り仕切って自分たちの先祖が神に救い出された夜のことを、順を追って追体験するのです。

イスラエルの人たちは、そのようにして過越祭を通して、自分たちが神によって救われて今も生かされている、ということを代々子供たちに伝え、神への信仰を確かなものとしてきたのです。

イエス・キリストが、十字架に上げられる前に最後に弟子達と囲まれたのが「過ぎ越しの食卓」であった、ということは偶然ではありません。私たちはここを読んで、あまりにもキリストがおっしゃる通りに物事が運んでいることに驚くのではないでしょうか。

事細かに弟子達に指示を出されています。「エルサレムの都に行くと、水瓶を運んでいる男に出会うからその人について行きなさい。そしてその人が入って行く家の主人に、食事の席を準備させなさい」

どこで誰に会い、そしてどのように言えばよいのかまで弟子達に指示をお与えになっています。まるですべてそうなると決められていたかのようです。

実は、そうなのです。そう決まっていたのです。この日、イエス・キリストと弟子達が最後の晩餐として過ぎ越しの食事を囲むということは、神のご計画の内にあったことでした。

イザヤ書53章に、すべての罪びとを背負って死ぬ、という使命が与えられた「神の僕」が世に与えられるだろう、という預言があります。

「私たちは羊の群れ。道を誤り、それぞれの方角に向かっていった。その我々の罪をすべて主は彼に負わせられた。苦役を課せられて、かがみこみ、彼は口を開かなかった。屠り場に惹かれる子羊のように、毛を切る者の前にものを言わない羊のように、彼は口を開かなかった」

「苦難の僕」の歌と呼ばれるイザヤ預言です。神に背を向けて離れてしまった罪びとたちのすべての罪を担う「苦難の僕」と呼ばれる人が来る、という預言です。

イエス・キリストこそ、その苦難の僕でした。この方はこれから罪びとの罪を背負って十字架の上で死んでくださいます。この方は生贄なのです。犠牲なのです。そして罪びとにとっては罪の重荷から解放してくださる方でした。

主イエスがこの日弟子達と過越しの食卓を囲まれたということは、長い歴史の中で神が実現なさる救いのご計画の一部でした。十字架の前夜、それはまさに新しい過越しの夜であり、罪からの解放の前夜だったのです。使命を背負って、この世に来てくださった苦難の僕を通して、神がすべての罪びとを身元へとお集めになるご計画は、間違いなく実現しています。

苦難の僕は今、罪びとを救い出すために、一つ一つ苦しみへの階段を上ってくださっています。後のキリスト教会にとって、この夜主イエスと弟子達が囲んだ最後の晩餐は、新しい救いの始まりとして記念すべきものとなりました。

イスラエルの人々が過ぎ越しの食事を通して自分たちが何者であるのか、ということを思い出し、代々それを伝えてきたように、キリスト教会もこの晩キリストと弟子達が囲んだ食卓を通して、自分たちの信仰の原点と、自分たちが生きている世界にキリストが今も共に生きて歩んでくださっていることを深く覚えるようになるのです。

この時の弟子達にはまだわからりませんでしたが、これは新しい過ぎ越しであり、新しい救いの始まりの食卓でした。この夜の食卓が、新しい救いの記憶となり、弟子達は人々に伝えて行くことになります。

さて、主イエスは、この食卓で、一つの衝撃的な事実を弟子達に打ち明けられました。

「この中の一人が私を裏切ろうとしている」

弟子達は皆驚きました。イスカリオテのユダも、驚いたでしょう。自分が主イエスを引き渡すために祭司長たちと取引をしたのがばれていたのです。見抜かれていたのです。

しかし、主イエスはこの席「それはイスカリオテのユダだ」とはおっしゃいません。ユダがご自分を裏切ることまでも神のご計画の内にあることを受け入れていらっしゃるからです。

主イエスは、全てご存じだった。

この後、ユダの裏切りによってユダヤ人指導者たちに逮捕され、裁判にかけられ、ローマ総督に引き渡され、十字架刑を宣告され、鞭うたれ、十字架に張り付けられることも・・・ユダに裏切られるだけでなく、ほかの弟子達もご自分から離れ去ってしまうことも・・・ペトロが三度「イエスなど知らない」と言ってしまうことも、全てご存じでした。

そもそもイエス・キリストは、そのご生涯のはじめから、エルサレムでご自分の十字架の死が待っているということをご存じでした。すべてお分かりになっていた上で、エルサレムに旅をし、一日一日エルサレムに滞在して十字架の時が来るのを待っていらっしゃったのです。

今この時、目に見えないところで祭司長たちや律法学者たちがご自分への殺意をもって動いていること、そしてイスカリオテのユダが主イエスを引き渡すために接触したことだった、全てご存じでした。

「まさか私のことでは」と一人一人が言い始めた。

ユダも他の弟子達に調子を合わせて、同じようにまさか私ですか?」と白々しく尋ねていた Continue reading

10月24日の説教要旨

マルコ福音書14:1~11

「12人の一人イスカリオテのユダは、イエスを引き渡そうとして、祭司長たちのところへ出かけて行った」(14:10)

聖書は、シモンの家での香油の注ぎの出来事の前後に、主イエスのいらっしゃらないところで何が起こっていたか・どんな計画が進んでいたか、ということを書いています。

祭司長たちや律法学者たちがなんとかしてナザレのイエスを捕えて殺そうと狙っていた、とあります。そしてベタニアで主イエスが香油を注がれた後、弟子の一人、イスカリオテのユダが主イエスを彼らに引き渡そうとして取引しに行った、ということが書かれています。

祭司長や律法学者たちは、主イエスがガリラヤにいらっしゃった時からずっと彼らは主イエスを殺そうと考えていました。「危険人物であるあのナザレのイエスが今、エルサレムに来ている、自分たちの手の届くところにいる」、そう思っても、簡単には手が出せないでいました。

過越祭には多くの巡礼者が神殿に詣でていて、その巡礼者の群衆は主イエスのことを熱心に支持していたのです。皆、喜んで、神殿の境内で神の国の教えを語る主イエスの言葉に耳を傾けていました。もし、そのような人たちの目の前で無理やりナザレのイエスを捕えたりすると暴動になる危険性があります。日中、ナザレのイエスはずっと神殿で過ごしていて、群集が一緒にいるのです。祭司長や律法学者たちがナザレのイエスを捕まえて殺るのであれば、夜を選ぶしかありませんでした。しかし、それは簡単ではなかった。

10万人以上が過越祭の巡礼でエルサレムに来ていたと言われています。エルサレムの町の中にそれだけの人数を収容することはできないので、巡礼者たちは、夕方になるとエルサレムの外に出て、周辺の村々に宿泊していました。10万人の中からナザレのイエス一人だけを見つけ出すことは困難でした。

ユダヤの指導者たちは、イエスとその弟子達が夜どこに泊まっているのか、どこに行けば誰の目にも触れずにイエスを逮捕できるのか、詳しい情報を求めていました。そこにイエスの弟子のユダがやって来て、「イエスと他の弟子達が夜の間どこにいるのか教えましょう」と言ったのです。これこそ指導者たちが求めていた情報でした。彼らは喜んで、ユダにお金を与える約束をしました。

我々は今日特に、このユダという人に注目したいと思います。イスカリオテのユダは、イエス・キリストの弟子でありながら、キリストを最後に裏切った人物として、とても有名な人です。聖書を読んだことがない人でも、キリスト者でなくても、このユダという人のことを知っている人は多いでしょう。

ユダは、脅されて主イエスを引き渡そうとしたのではありません。自分の意思によってそうしたのです。

ユダの裏切は突然で、驚かされます。寝食を苦楽を共にしてきた主イエスと他の弟子達を、彼はなぜ裏切ったのでしょうか。主イエスを裏切って、金をもらう約束を取り付けた、ということを見ると、ユダは狡猾で悪い心をもっていた人物だった、という印象を受けます。

ユダはお金に目がくらんだのだのでしょうか。他の福音書を見ると、ユダが主イエスを裏切って受け取ったのは、銀貨30枚だった、と記録されています。銀貨30枚というのは、30日分の同労賃金、一か月分の収入ぐらいの額です。一生遊んで暮らせるだけのお金をもらえるというのなら、わかりますが、その程度の金額のために、一年以上従い続けて来た主イエスと他の弟子達を売り渡す、ということは考えにくいでしょう。

ユダの裏切の理由について、与えられている情報から、多少推測することは出来ます。

12弟子の中でもユダだけ、特別に、「イスカリオテのユダ」という呼び方がされています。「イスカリオテ」というのは、ユダの苗字ではありません。これは「ケリヨトの人」という意味の言葉だ。「ケリヨトの人、ユダ」と彼は呼ばれていたのです。ケリヨトはユダヤ地方のずっと南にある町で、ユダはここの出身だったようです。ユダだけが「イスカリオテのユダ」と呼ばれていた、ということはつまり、ユダは弟子達の中で一人だけ、ガリラヤ人ではなかった、ということです。

主イエスは「ガリラヤの預言者」として人々から称賛を受けていました。他の弟子達も主イエスのことを「自分と同じガリラヤ人の預言者・メシア」という同郷意識をもって見ていました。

しかし、ケリヨトの人であったユダには「我々ガリラヤ人」というような同胞意識はありませんでした。ユダは冷静に客観的に主イエスを見極めて、自分の意思で、「このガリラヤの先生に従おう」と思って従っていたのです。

ユダも他の弟子達同様、このイエスという方がいずれイスラエルをローマの支配から救い出してくださる指導者だと信じて従っていたでしょう。主イエスが「エルサレムに行く」とおっしゃった時には、皆「先生はこれからエルサレムに行って、いよいよ王座に着かれるのだろう」という期待を持ったでしょう。

ところが、エルサレムに出発する際に、主イエスは「私はエルサレムで殺されることになっている」と、ご自分の運命を弟子達に明らかにされました。弟子達は皆驚きました。主イエスがローマからイスラエルを解放し、栄光の座に座るだろうという期待を持っていたからこそ、ここまで従ってきたのです。ユダも、自分の従いの先には栄光があると期待したから、ケリヨト人でありながら、ガリラヤの教師である主イエスに従っていたのです。

それなのに、エルサレムに旅を続ける中で「私は殺されるのだ」と主イエスは何度も繰り返されました。そしてエルサレムに入ってからは、神殿から商人を追い出したり、神殿の崩壊を預言したりなさっています。ベタニア村のシモンの家で香油を注がれた際、主イエスは「この人は私の葬りの準備をしてくれた」とおっしゃいました。「やはり先生はここで死ぬ覚悟でいらっしゃるのだ」と、彼は失望したでしょう。

ユダにしてみれば、「先生が殺されるのを見るためにここまで従ってきたのではない」という思いが強かったでしょう。このままだと本当に主イエスも弟子達も自分も、殺されてしまう。先生は彼らと戦う意思をもっていらっしゃらない。むしろ死ぬ覚悟を決めていらっしゃる。これ以上、指導者たちを刺激しないためには何をすべきか、自分や他の弟子達まで巻き添えにならない方法はないか、ユダは考えたのではないでしょうか。

このように、与えられた情報を集めて、ユダの裏切の理由を推理していくことは、ある程度は可能だ。しかし、結局のところユダの本当の思いというのは、ユダ本人に聞いてみないとわかりません。聖書が、あえて、ユダの裏切の理由を書いていない、ということにも、大きな意味があるのでしょう。

ただ言えることは、ケリヨトの人でありながら、ガリラヤの教師に従って長い期間苦楽を共にしてきたユダが、主イエスと弟子達を裏切ろうと決意するまでには多くの葛藤があっただろう、ということです。ユダという人は、極悪人でも、詐欺師でもなく、心の中にいろんな葛藤をもった、普通の人だったのです。裏切り者として有名なイスカリオテのユダは、実は、我々と何ら変わりない、人間的な弱さを抱えた人だったのです。

ユダは、イエス・キリストに自分の未来を見出すことが出来なくなってしまいました。主イエスは、ご自分の受難と一緒に「三日の後、復活する」と、復活の希望を予告してこられました。しかし弟子達は主イエスの受難予告だけを聞いて、復活予告を聞き逃してきています。

もしも、ユダが、主イエスのことを本当にキリストであると最後まで信じぬくことができたのであれば、主イエスの死の向こうには復活の希望があると考えることが出来たのではないでしょうか。

しかし、ユダにとって主イエスの死は全ての終わりでした。

我々は、ユダの姿を通して、イエス・キリストに希望を見出すことができない人間の人のもろさを見ることができるでしょう。誰でも、自分の全てをかけていた希望を失った時に、どれだけ簡単に崩れてしまうのか、ということを、このユダの姿は我々に教えてくれます。

使徒パウロはコリント教会にこう書き送っています。

「立っていると思うものは、倒れないように気を付けるがよい。」

我々はキリストを信じ、真っすぐな思いを持っている時には「自分は今しっかりと立っていて、どんなことがあっても揺らがない」、と思い込んでいます。しかし、本当は、我々の信仰の足元はいつもぐらついているのです。次の一歩で躓いて倒れるかもしれない、ということをすぐに忘れてしまいます。12弟子の一人でさえそうでした。

しかし、キリストを信じる人は、躓いてもそれで終わりではありません。

パウロはこのようにも書いています。

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなた方を耐えられない様な試練に合わせるようなことはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」

どんな試練があっても、苦難があっても、我々にはイエス・キリストという最後の希望があることを忘れなければ、我々はふらつきながらでも立ち続けることが出来るのです。

生きる中で、自分が行き止まり・行き詰りにいる見える時もあるでしょう。しかしそれでも、今の私達には見えないところで、神が新しい道を用意してくださっている、ということを聖書は我々に訴えています。

このユダという人さえいなければ、主イエスは十字架で殺されることはなかったのではないか、と誰もが考えます。しかし、このユダの裏切という、想定外のことのように思える人間の罪も、神の救いご計画の中でもちいられた、という神秘に思いを馳せたいと思います。

我々信仰者がこの人生の中で与えられる葛藤も、苦難も、神はご自分の救いのために用いてくださいます。

パウロはローマの信仰者たちに、こう書いている。

「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、我々は知っています」

我々は、ユダの裏切を他人事のように見ることは許されません。ユダの中に自分と同じ弱さがあることを見つめ、今自分に与えられている許しの大きさをかみしめ、今我々が抱いている弱さや葛藤さえも、神は恵みをもって用いてくださることに感謝したいと思います。

キリストを信じることは、苦難や葛藤を伴うことです。しかし、その苦難や葛藤を乗り越えさせてくださるのも、キリストなのだ、ということを覚えたいと思います。

10月17日の説教要旨

マルコ福音書14:1~9

「はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」(14:9)

「あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい」と、主イエスは弟子達・信仰者に向かってご自分の再臨の時があることをお示しになりました。そしてその日に弟子達に伝えるべきことをすべてお伝えになったので、宿をとっていたベタニア村へと戻られました。

今日私たちが読んだところには、「過越祭と除酵祭の二日前になった」、とあります。主イエスは金曜日に十字架に上げられることになるので、「二日前になった」ということは、十字架はあと二日というところまで迫っている、ということです。

主イエスが十字架を前にした差し迫った時をどのように過ごされたのか、しっかりと見ていきましょう。

「祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕えて殺そうと考えていた」、とあります。しかし、この人たちは、主イエスの言葉に喜んで耳を傾けていた民衆が騒ぎ出すことを恐れてもいました。

ある人達の殺意が主イエスに向けられていて、何かの小さなきっかけ・小さな口実さえあれば、その人たちは主イエスを殺すための手順をすぐに踏めるように備えていました。

キリストはもちろん、ご自分を殺そうとしている人たちが近くにいることをご存じでした。エルサレムへの旅の初めから、「私はエルサレムで殺されることになっている」と弟子達におっしゃって来たのです。主イエスにとって旅の目的地はエルサレムであり、もっと言えば、エルサレムのゴルゴタの丘の十字架でした。

主イエスはそれでも、エルサレムから逃げることなく、静かに、ご自分の十字架の死の時を迎えようとなさっています。イザヤが預言した「苦難の僕」として、「屠られる生贄の子羊」として、ご自分を殺そうとする人たちの前でじっと屠られる時を待っていらっしゃいます。

その日、主イエスはベタニアという村のシモンという人の家にいらっしゃいました。このシモンという人は、「重い皮膚病」だった、と記されています。律法の規定では、「重い皮膚病」には接触してはいけないとされていました。「重い皮膚病」の人の家に、このように人々が集まる、ということは聖書に照らし合わせると考えられないことでした。

恐らく、主イエスがシモンという人の皮膚病を癒されたのでしょう。そしてその癒しの業をシモン自身とその家族が喜んで、このもてなしの食事の席を設けていた、と考えるのが自然です。ここには書かれていませんが、皆、主イエスを囲んで、喜びに満ちた雰囲気の食卓だったと思います。

そのような和やかな食卓で、人々が驚くようなことが起こりました。突然一人の女性がナルドの香油を主イエスの頭に注ぎかけたのです。この人がなぜ突然そんなことをしたのか、聖書には何も書かれていません。

この女性はシモンの家族で、シモンの皮膚病を癒してくださったこのイエスという方に感謝の意を表そうとしてこのようなことをしたのかもしれません。しかし、それだけでは説明がつかないでしょう。主イエスに感謝を表すだけなら、頭に香油を数滴たらせば十分だったはずです。しかしこの女性は、壺を割って、高価なナルドの香油を全て注ぎかけました。

人々は、女性がしたことの意味が分からず、彼女を非難しました。「なぜこんなに香油を無駄遣いしたのか。300デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことが出来たのに。」

デナリオンというのは、日給の単位です。300デナリオンというのは、300日分の日給ということなので、当時の人々の年収に値するほど高価なものでした。

香油のツボを壊して、誰か一人にそれを全て注ぐ、ということはとんでもない無駄に思った人たちはすぐに女性に抗議しました。高価な香油は、もっとほかに有効な使い道があったはずだ、と。一気に全部使わなくても、たくさんの貧しい人たちのために使うことだってできたのに、そっちの方がいい使い方ではないか、と言いました。

これは正論だと思います。この時人々がいたのは、重い皮膚病の人シモンの家でした。女性に抗議した人たちは、病の人、貧しい人たちの苦しみをよく知っていた人たちだったでしょう。主イエスご自身、金持ちの若者がご自分に従おうとしてやってきたとき、「持ち物を売り払って貧しい人たちに施しなさい」とおっしゃったこともあります。

しかし、この時主イエスは「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか」とおっしゃいました。主イエスがもう貧しい人々のことをなんとも思わなくなってしまわれた、ということなのでしょうか。

主は続けてこうおっしゃいます「貧しい人々はいつもあなた方と一緒にいるから、したい時に良いことをしてやれる。しかし、私はいつも一緒にいるわけではない」「この人は私の葬りの準備をしてくれた」。そして、イエス・キリストの福音が語られるところでは、このナルドの香油の注ぎも語られることになる、ともおっしゃいました。

この女性がしたことは、明らかに非常識な行為です。しかし主イエスは、その女性がしたことは、神の救いの大きなご計画の中の一部であり、この女性がしたことは、神の時と業に適っていることを示されました。この女性は、高価なナルドの香油を、使うべき時に、最も適切な使い方をしたのです。

この女性がナルドの香油をすべて注いだ、ということは、彼女のイエス・キリストの思い・信仰をすべて注いだ、ということです。周りの人たちにとって、300デナリオン以上の価値のある香油を一度に使ってしまう、ということは無駄遣いでした。しかし、この時は、そうすべき時だったのです。

それはメシアがご自分の命を差し出して、世の全ての罪の暗闇から救いだされる時でした。メシアが全ての人から見捨てられ、一人で十字架に向き合われようとする時でした。

この時に最もふさわしい香油の使い道とは何だったのか・・・それは、メシアの葬りを準備をする、ということでした。

旧約聖書のコヘレトの言葉の中に、こういう言葉があります。

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。・・・求める時、失う時、保つ時、放つ時」

シモンの家で、この女性は、高価なナルドの香油を手放しました。この人は「キリストを求める時・香油を捧げ手放す時」を逃さなかったのです。

聖書は、この女性について詳しいことを書いていません。私達がこの女性に関してここで見ておきたいのは、この女性は時に適うことをした、ということです。信仰の時を逃さなかった、ということです。

主イエスが弟子達に「目を覚ましていなさい」とおっしゃったそのすぐあとで、この女性が香油を主イエスに注ぎました。私たちは、この女性の信仰の姿に、「目を覚ましている、ということがどういうことなのか」ということを見ることができるのではないでしょうか。

この香油の注ぎはイエス・キリストの死についても私達に教えてくれます。キリストの死は、ただ恐怖と絶望で終わる暗いものではなかったのです。良い香りのする、贅沢に油を注がれた祝福された死でした。

「祝福された死」というのは、奇妙な響きです。主イエスが殺され、埋葬される、ということが私達にとって喜ばしい知らせ・福音である、ということは奇妙なことです。しかし、それが、イエス・キリストの死の意味なのです。

それはイザヤ書の預言そのものです。「彼の受けた懲らしめによって私達に平和が与えられ、彼の受けた傷によって、私達は癒された。」

なぜこの方が懲らしめられ、傷つけられることによって、私達に平和が与えられ、癒されるのでしょうか。そこには、逆説に満ちた、説明のつかない恵みがあります。この何の罪もない方が、世界の全ての罪を背負って死んでくださったのです。だから、この方の死は、私達にとって祝福であり、喜びなのです。

この方が殺されたことを、後に世界は自分に与えられた喜びとして延べ伝えていくことになります。この女性がしたことも。

この時キリストに注がれたナルドの香油の香りは、今でも消えていません。私達自身が今世に向かって放つキリストの香りです。

パウロがコリント教会にこう書いています。

「神は、私達をいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、私達を通じていたるところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。救いの道をたどるものにとっても、滅びの道をたどるものにとっても、私達はキリストによって神に捧げられる良い香りです。滅びる者には死から死に至らせる香りであり、救われる者には命から命に至らせる香りです。」

私達は、キリストの香りを放つ者として生きているのです。イエス・キリストがこの私のために死んでくださったということを知って生きる、それが、キリストの香りを世に向かって放つ、ということです。その香りは、やがてこの世を包むことになります。

信仰者は、いつでもこの世の価値観と、キリストがお示しくださった天の価値観の間に挟まれています。そして、この世の価値の方にばかり目が行ってしまいます。

シモンの家での出来事を見ても、ナルドの香油は一年分の労働に等しい価値がある、ということに目が行くのは当然でしょう。しかし、忘れてはならないのは、地上の価値に勝る天の宝を私達はキリストの命を通していただいている、ということです。

キリストの死という何物にも代えられない宝を、大切に抱いて、神の国を目指してキリストに救われた命を歩んでいきましょう。

10月10日の説教要旨

マルコ福音書13:32~37

「あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい」(13:37)

エルサレム神殿の崩壊を預言された主イエスは「どんな苦難や混乱があっても、惑わされずにしっかりと信仰に立ち続けるように」と、ここまで弟子達におっしゃってきました。

エルサレム神殿崩壊の預言を聞いて戸惑う弟子達は、「これらのことが皆起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない」と聞かされます。エルサレム神殿以上に確かなものがあることを示されるのです。

たとえ神殿が崩れて、「この世界の終わりではないか」、と自分の足元が揺らいだとしても決して崩れない確かなもの、それはイエス・キリストの言葉なのです。

大切にしていたもの、変わることはないと信じていたものが自分の目の前から消えた時、人間は弱いのです。自分も一緒に消え去ってしまいます。自分も一緒に崩れてしまいます。

しかし、「何一つこの世には確かなものはないのではないか」と思うようなことがあっても、変わらず確かなものがある、とキリストはお示しになりました。それは「私だ」とおっしゃるのです。

この真理は、どの時代のキリスト者も慰めて来ました。いつの時代も、混乱の無い時などありませんでした。教会も、それぞれの時代の中でいつも揺り動かされて来ました。それでも、イエス・キリストの言葉は確かに揺らがずに立ち続けて来ました。たとえ天地が崩れ去ろうとも、キリストの言葉は私達の魂を支え続けてくださるのです。

今日私達が読んだところでは、主イエスは不思議なことをおっしゃっています。

「その日、その時は、誰も知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。」

天使たちも知らないし、神の子イエス・キリストもご存じでない時のことです。

「天地が滅ぶとしても私の言葉は滅びない」とまでおっしゃったイエス・キリストでも、ご存じない「その日・その時」があるのです。

キリストでもご存じないその日・その時とは、何の時なのでしょうか。神殿が壊れることに伴う苦難とは別の、何か定められた時のことをお話しなさっています。

主イエスは弟子達に、主人が旅に出て不在にしている家の僕たちの話をお聞かせになりました。家の主人が僕たちにそれぞれ仕事を割り当てて、「私が旅から帰って来る時に備えていなさい」と言った、という話です。その主人はいつ帰って来るか、僕たちに言っていません。その主人も、自分がいつ家に帰ってくることになるのか、まだ決まっていなかったのでしょう。自分がいつ帰って来るかわからないから、いつ帰ってきてもいいように、僕たちに備えていなさい、と言います。

これはイエス・キリストと弟子達のことです。

そして「あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ」とおっしゃっているように、この主人と僕たちというのは、キリストと信仰者たちのことでもあります。

主イエスがここで「その日・その時」とおっしゃっているのは、ご自身が再びこの世に来られる「世の終わり」の時のことです。「世の終わり」には、私達が肉体の死という眠りから起こされて神の前に立たされることになります。我々は死の眠りから起こされ、裁きの場に立たされることになるのです。

「終わりの時とは、裁かれる時だ」と聞かされると恐ろしく思えますが、決してそうではありません。それはイエス・キリストが私達を迎えに来てくださり、それぞれの名前を呼び、復活させてくださる希望の時です。

信仰者は、その時がいつなのかはわかりません。だからただ、キリストが迎えに来てくださるその希望の時を目指して生きています。それが、信仰者の人生です。

我々信仰者の人生は、生まれて、生きて、死んで、それで終わり、というむなしいものではありません。私たちの生も死も、すべてキリストが受け止めてくださいます。信仰者は肉体の死を超えて、キリストをお迎えする希望の時を目指して生きているのです。そこには復活があり、永遠の命があります。

私達はイエス・キリストが実際に目に見えない中で今、信仰生活を送っている。信仰をもっていたって、希望を見失う時はあります。何を見据えて生きればいいのかわからなくなる時もあります。

しかし、私達は喜んでいいのです。私達が今、信仰をもって生きる、ということは、無駄ではありません。私達の信仰の試練・忍耐は、全てキリストが来てくださる時に報われるのです。私達は、そこに向かって生きているのです。

その日・その時を私達が知らない、ということは残念なことではありません。間違いなく、その日・その時へと時間は流れています。私達が生きている今は、そこに向かっている今なのです。だからこそ、我々の今には、苦難があろうが試練があろうが、意味があるのです。

主イエスの弟子のペトロは後に、教会に向けて手紙の中でこう書いています。

「主は、信仰の厚い人を試練から救いだす一方、正しくない者たちを罰し、裁きの日まで閉じ込めておくべきだと考えておられます。」

我々信仰者が試練の中を生きているのを、神は今まさにご覧になっています。私たちの信仰を苦しめる人も、苦しめることも、神はご覧になって、神が報いてくださいます。そして我々の信仰も吟味していらっしゃるのです。

ペトロはこうも書いている。

「ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなた方のために忍耐しておられるのです。主の日は盗人のようにやってきます。」

神が、忍耐してくださっている、とペトロは言います。我々が一人も滅びないように。

「主の日」は、世の終わりにイエス・キリストがもう一度世に戻って来られる時のことです。「主の日は盗人のようにやってくる」という表現が、新約聖書の中で何度も出てきます。

主イエスご自身、マタイ福音書ではこうおっしゃっている。

「家の主人は、泥棒が夜のいつ頃やって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないだろう。だから、あなた方も用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである」

私達は、もし今夜自分の家に泥棒が来るとわかっていれば当然警戒します。しかし、「いつの日か神が来られる、キリストが来られる」、と言われるとどうでしょうか。どれだけ現実味をもってそのことに備えようとするでしょうか。

いい例が、旧約聖書の創世記に記されているソドムとゴモラの滅びの出来事に出てくる人たちです。

悪がはびこっていたソドムとゴモラの町に、神のみ使いが実際に行きました。そこには、アブラハムの甥のロトの一家が住んでいました。神のみ使いはロトの家に行き「実は私達はこの街を滅ぼしに来たのです」と言って、身内の人をこの町から連れて逃げるようにロトに言います。

ロトは自分の娘たちが嫁いだ先に行き、「明日、この町は神によって滅ぼされる」、と言ったが、誰も信じませんでした。「神が来て、そうおっしゃっている」ということを、誰も信じなかったのです。

結局、ソドムから逃げ出したのは、ロトと妻、二人の娘たちだけでした。ソドムとゴモラの町は、天からの火によって滅ぼされました。ここに、信じた人と信じなかった人の分かれ道があります。

滅びの中を生き残ったロトの一家と、滅びの中で死んでしまった人たちを分けたのは何だったのか・・・単純なことです。神の言葉を信じたか、信じなかったか、ということでした。

このソドムとゴモラの出来事は、時代を超えて私達にとって大きな警告となります。私達はこの出来事から学びたいと思うのです。聖書の言葉・キリストの言葉に、我々はどれだけ現実味を感じているでしょうか。本当に切羽詰まった、救いと滅びの分かれ道に自分が立っている、とどれだけ思っているでしょうか。

イエス・キリストがおっしゃった世の終わりの裁きに対して、ロトのように、その言葉を聞いて備えるか、それとも、馬鹿にして信じず、何もしないか・・・その選択によって、命に至るか、死に至るかが決まるのです。 Continue reading

10月3日の説教要旨

マルコによる福音書13:24~31

「それらの日には、このような苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、揺り動かされる。」(13:24)

謎めいたイエス・キリストの言葉です。

太陽や月や星の光がなくなり、天体が揺り動かされる、ということが起こり、その後、「人の子」という存在が来て、世界中から人々を集める、ということが言われています。この言葉だけを見ても、キリストが何を弟子達にお伝えになっているのか、よくわからないのではないでしょうか。

主イエスは一体何を弟子達にお伝えになっているのか、そして、謎めいたこの言葉は、今を生きる私達にとってどのような意味があるのか、考えて見ていきましょう。

「神殿が崩れる、というのはいつ起こるのですか」と尋ねて来た弟子達に、ここまで主イエスは、その時の様子を語って来られました。

「メシアや預言者を名乗る人たちが大勢現れ、人々を惑わすだろう・・・キリストを信じる弟子達・信仰者たちは、ユダヤでもユダヤの外でもイエス・キリストの福音を宣べ伝える中で試練が与えられるだろう・・・エルサレム神殿が破壊される時には、なんとしてでも生き延びなさい」ということをお伝えになりました。

今日私達が見たのは、その後の言葉です。「それらの日には、このような苦難の後・・・」という言葉が続きます。

「このような苦難」というのは、エルサレム神殿の崩壊と、それに伴う様々な苦難のことです。

つまり、主イエスはエルサレム神殿が崩れた後のことをここでお話しなさっているのです。

神殿崩壊という苦難の後には「太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる」だろう・・・。

文字通りに受け取ると、世界の秩序が全て崩れて、世界がなくなってしまうようなことをおっしゃっているように聞こえます。

一体これは何のことなのでしょうか。エルサレム神殿崩壊の後に、「天体が揺り動かされる」、とはどういうことなのでしょうか。

「天体が揺り動かされる」という不思議な表現は、イザヤ書13:10の預言からの引用です。

太陽や月や星が消えてなくなる、と聞くと何だかこの世界が全て壊れてしまうような恐ろしい響きを感じる言葉ですが、元のイザヤ書では、エルサレムを占領し支配していたバビロンという国の滅びを、「天体が揺り動かされる」という言葉で表現しているのです。

つまりこれは、敵の滅びと、抑圧からの解放のことなのです。

元のイザヤ預言の言葉を踏まえて、イエス・キリストがここでおっしゃっている言葉を読むと、「太陽や月や星がなくなって天体が揺り動かされる」、というのは、エルサレム神殿を破壊するローマも、その後にはやがて力を失うということが示されているのです。

主イエスは続けて「天体の光が消え」た更にその先を預言されます。

いろんな苦難の後に、「人の子」が来て天使を遣わし、世界中から全ての人を自分の下へと集めるだろうとおっしゃいます。

「人の子が大いなる力と栄光をおびて雲に乗って来るのを、人々は見る」

「人の子」というのはダニエル書に出てくる、神から全世界を治める権威を託された存在のことです。主イエスはこれまでずっとご自分のことを「人の子」と呼んでこられました。

つまり、イエス・キリストの下に全世界の全ての人々が招かれ、集められ、一つになるだろう、という希望の預言なのです。

このことは、旧約の預言者イザヤも既に預言していました。

「国々はこぞって大河のようにそこに向かい、多くの民が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私達に道を示される。私達はその道を歩もうと』」

人種や民族を超えて、全ての人が、天地を創造された真の神を知り、同じ神を求めて一つになる時が来るだろう、とイザヤは預言しています。

世界中の人たちが、互いに誘い合って、イスラエルの神を求めるようになる、というのです。

イザヤはこうも言っている。

「その日には、エジプトからアッシリアまで道が敷かれる。アッシリア人はエジプトに行き、エジプト人はアッシリアに行き、エジプト人とアッシリア人は共に礼拝する」

イザヤの時代、このイザヤの言葉を聞いた人たちは馬鹿にして笑ったのではないでしょうか。いつ自分たちがエジプトに滅ぼされるか、アッシリアに占領されるかわからないのに、エジプトやアッシリアがイスラエルの神を一緒に信じ、自分たちと一緒に礼拝する日が来る、などと預言者は言うのです。

イスラエルはエジプトとアッシリアという大きな国に挟まれた小さな国でした。エジプトとアッシリアという強大に挟まれてどうやって生き残るか、ということをいつも考えていなければなりませんでした。

イスラエルとエジプトとアッシリアの全ての人が、一緒に礼拝する日が来る、などということは非現実的なのです。

しかし、この時のイザヤの預言は、イエス・キリストという人の子・メシアによって実現することになります。

私達が今日読んだイエス・キリストの言葉は、まるで世界が滅びるような恐ろしい響きをもった言葉に聞こえるかもしれません。

しかしそれは絶望的な言葉ではなく、堕落したエルサレム神殿が崩れた後に、全ての人がイエス・キリストの下に集められていく希望の預言であることがわかります。

この主イエスの言葉を聞いた弟子達は、どう思ったでしょうか。「それはいつ起こるのだろうか」と考えたでしょう。主イエスは、「イチジクの枝が柔らかくなり葉が伸びると、夏が近づいたことがわかるのと同じだ」とおっしゃいました。春の次に夏が来るように、イエス・キリストの下に世界の全ての人が一つになる時へと、時間は自然に流れている、ということです。

この主イエスと弟子達との会話から40年後にエルサレム神殿はローマ軍によって破壊されました。多くの人たちは、エルサレム陥落を、この世の終わりと捉えたでしょう。

しかし、主イエスの言葉を前もって聞かされ信じていたキリスト者たちは、神殿が破壊されても終わりではないことを知っていました。それは新しい時代の始まりであり、人の子・イエス・キリストの支配の始まりである、という希望を捨てずにキリストの福音を宣べ伝え続けたのです。

神のご計画は、私達人間にはかり知ることは出来ません。この地上で起こる様々な出来事・・・戦争や飢餓や地震といった苦難の時には、私達の目に希望は見えません。神の姿を見いだせず、神に見捨てられたのではないか、と絶望します。

しかし、そのような混沌の中にある人間の営みの中でも、神が全ての人をご自分の下へと招かれる救いのご計画は進んでいるのです。

イザヤは、主イエスの時代よりもはるか以前に、そのことを預言していました。 Continue reading

9月26日の説教要旨

マルコ福音書13:14~23

「主がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、主はご自分のものとして選んだ人たちのために、その期間を縮めてくださったのである」(13:20)

「神殿はやがて崩れることになる」という主イエスの言葉を聞いた弟子達は、「それはいつ起こるのですか。どんな徴があるのですか」と聞いてきました。この主イエスの神殿崩壊預言は、この時から40年後の紀元70年に、現実のものとなります。紀元66年、ユダヤ人はローマ帝国への反乱を起こし、73年までその戦いは続きました。それはユダヤ戦争と呼ばれています。

紀元70年、ローマ軍はエルサレムを占領し、神殿と都の大部分を破壊します。エルサレムの陥落は、ユダヤ人側の負けを決定づけるものでした。エルサレムを失った後、ユダヤ人たちは、最後にはマサダという要塞にこもり、ローマ軍に包囲され、悲惨な最期を遂げることになります。

「素晴らしい建物ですね」と弟子達は神殿を見て感動していましたが、既にこの時、主イエスは40年後の、ローマに包囲され、破壊されていくエルサレム神殿が見えていらっしゃいました。

「この神殿は完全に崩れるだろう」という主イエスの言葉に驚いた弟子達は「そのことはいつ起こるのですか」と聞いてきました。主イエスは、神殿崩壊という衝撃的な出来事が、いつ起こるのか、それにはどんな兆しが見えるのか、ということを弟子達にお話にはなっていません。

主イエスが弟子達におっしゃったのは、「その時がどれほど恐ろしく、混乱しようとも、その時に見聞きするものによって惑わされてはいけない。あなたがたの信仰が揺らがないようにしていなさい」ということでした。エルサレム神殿が崩壊する時、それがどれほど恐ろしく、切迫したものか、ということを主イエスは包み隠さず弟子達にお教えになっています。

「その時が来たら、躊躇せずに逃げなさい」

「屋上から下に降りたり、家の中にあるものを取り出す暇もない、畑にいても上着を取りに家に帰る時間すら惜しんで逃げなければならないようなことが起こる」

「身重であったり、乳飲み子を抱えていたりすることですら苦しみになるだろう、もしそれが冬であればさらに苦しみは増すだろう」

このようなことをおっしゃいました。

そして、「神が天地を造られた創造の初めから今までなく、今後も決してないほどの苦難が来る」とまでおっしゃっています。大事なことは、それがいつ起こるのか、ということではなく、それ以上に、そのような苦難を信仰を抱いて乗り越えなければならない、ということでした。

弟子達は、そして当時のユダヤ人にとって、エルサレム神殿が崩れるなどということは考えられないことでした。エルサレムは神の都であり、神に守られているから不滅だ、と信じていたのです。

BC167年に、アンティオコス・エピファネスというシリアの王が、エルサレム神殿の財宝を奪い取り、神殿の中に偶像の像を立てようとしたことがありました。ユダヤ人たちはこれに反発して、シリアを相手に戦いました。エルサレム神殿は神の家なのです。ユダヤ人は神のために戦い、勝利しました。

このことから、「エルサレムは神の都であるため、負けることはない。エルサレム神殿は神の家であるため、異邦人によって破壊されるなどということはない」という思いがユダヤ人の間で強くなりました。

弟子達は、主イエスの言葉を聞いた後でも、「神殿が崩れるなど、信じられない」と心の内では思っていたでしょう。だからこそ主イエスは「一切のことを前もって言っておく」と、包み隠さずお話しなさったのです。

神の子イエス・キリストが神殿の崩壊を預言される、ということは、それは間違いなくそうなる、ということです。ではなぜ神殿は壊れるのでしょうか。私達がこれまで読んできたように、もう神殿は祈りの家ではなく、強盗の巣となっていたからです。神殿の境内で商人が商売をしたり、神殿に献金した弱いやもめが破産したりしてしまうようなことになっていました。弱い者たちが見向きもされていない、神の教えである律法が守られていない神殿は、神ご自身の手によって滅ぼされるのです。

神殿崩壊預言をしたのはイエス・キリストが最初ではありません。旧約の預言者たちの中にも、エルサレム神殿の崩壊を預言した人はいました。ミカや、エレミヤがそうです。

紀元前6世紀、エレミヤはエルサレムの滅びを預言しました。エルサレムが堕落していたからです。エレミヤはエルサレム神殿に入って来る人たちに言いました。

「主の神殿、主の神殿、主の神殿という、空しい言葉により頼んではならない。・・・神の神殿に来て『救われた』というのか。お前たちは、あらゆる忌むべきことをしているではないか。この神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。その通り。私にもそう見える、と主は言われる」

エルサレム神殿に来て、形だけ礼拝するだけで、寄留していた外国人、孤児、寡婦を大切にせず、異教の神々を礼拝していた人たちに向かって、エレミヤはそのように言いました。「主の神殿」という言葉の響きだけで自分の信仰は満たされていると満足している人たちに、エレミヤは神の怒りを告げたのです。

エレミヤの時代、イスラエルはバビロンという大きな国に降伏して、その支配下にありました。紀元前598年にイスラエルはバビロンに降伏し、バビロンはエルサレムの王を始め、国の指導者たちを自分の国へと連行して行きました。

エルサレムに残された人たちは、有力な指導者たちを失って自分たちはこれからどうなるのか、と不安になっていました。そのような中でエレミヤは厳しい預言をします。

「エルサレムはバビロニアによって滅ぼされる。それはイスラエルの不信仰に対する神の裁きだ。私達は神の裁きを従順に受け入れ、悔い改めなければならない」

当然、エレミヤは他の人々からは嫌われました。             Continue reading

9月19日の説教要旨

マルコによる福音書13:3~13

「イエスは話し始められた。『人に惑わされないように気をつけなさい』」(13:5)

主イエスは神殿から出て行かれ、谷を挟んで向かい側にあるオリーブ山に登り、そこからエルサレム神殿の方を向いて座っていらっしゃいました。当時大改修が進められていた美しく荘厳なエルサレム神殿をご覧になりながら、何を考えていらっしゃったのでしょうか。

オリーブ山から神殿を眺めていらっしゃる主イエスに、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレの4人が「そのことはいつ起こるのですか」とおそるおそる尋ねて来ました。

エルサレム神殿の境内から出て行く際、「この神殿の一つの石も崩されずに他の石の上に残ることはない」という主イエスの言葉を聞いたのです。弟子達は言葉を失いました。「聞き間違いではないか」、と信じられなかったでしょうし、弟子達同士で「先生がおっしゃったことは本当に起こるのだろうか」と話し合いもしたでしょう。

弟子達は、オリーブ山まで来てようやく、「そのことはいつ起こるのですか。その時にはどんな徴があるのですか」と質問してきたのです。

マルコ福音書の13章全体が、この弟子達の二つの質問に対する、主イエスの言葉です。しかし、この13章全体の言葉を読むと、主イエスは弟子達の質問に直接はお答えになっていないことがわかります。「何年後に神殿は壊れるだろう、そしてその前にはこんな徴が見られるだろう」とはおっしゃっていないのです。

主イエスは、弟子達に謎めいた言い方で何かをお教えになっています。

13章全体を通して一貫して弟子達が言われているのは、「惑わされないように気を付けていなさい」ということでした。

主イエスは、弟子達には神殿の崩壊を始め「この世の終わり」とも思えるような苦難が起こるが、どんな時にも惑わされず、ただ神を信頼して、神が定めてくださった時を待ちなさい、ということを集中しておっしゃるのです。

弟子達は、本当はもっと具体的に神殿が壊れるのがいつなのか、その時にはどんな前兆があるのか、ということを知りたかったでしょう。

しかし主イエスがこの時見据えていらっしゃったのはむしろ、エルサレム神殿が崩れた後のことでした。「いつ神殿が壊れるのか」、ということ以上に、「神殿が壊れた後もあなたがたは混乱の中も惑わされずに福音を宣べ伝え続けるのだ」、ということをお伝えになっているのです。

主イエスはあと数日のうちに十字架で殺されることになります。そして三日目に復活なさって、天に昇られます。弟子達はこの地上に残されることになります。

主イエスはここではっきりと弟子達におっしゃいます。

「あなた方は地方法院に引き渡され、会堂で打ちたたかれるだろう」

地方法院や会堂、というのは、ユダヤ人がいるところです。ユダヤ人にキリストを宣べ伝える際に直面するという試練があるだろう、ということです。

更に、「私のために総督や王の前にたたされて証しをすることになるだろう」とおっしゃいます。

総督や王というのは、異邦人支配者のことです。異邦人にキリストを宣べ伝える際にもキリスト者は試練が与えられるのです。

実際に、エルサレム神殿はこの40年後に崩れることになります。しかし、弟子達はこの時の主イエスの言葉を何度も思い出したのではないでしょうか。「エルサレム神殿が崩れても、まだ世界の終わりではない、とあの方はおっしゃった。惑わされず、イエス・キリストの福音を確かに宣べ伝えいこう」、と弟子達は、そして教会は働き続けました。

主イエスは信仰者たちが受ける苦しみを、「産みの苦しみ」とおっしゃいました。主イエスご自身、ご自分の十字架の痛みをもって、世の人々を神の元へと通じる道を切り開かれました。教会は、そのキリストの十字架の痛みに与ります。誰か一人を神の元へと導く、誰か一人をイエス・キリストの信仰へと導くことは、痛みを伴うことです。

自然に誰もが神を求め、キリストを信じるようになる、というのであれば、どれだけ楽でしょうか。しかし、キリストは「自分の十字架を背負って私に従いなさい」とおっしゃいました。それは、イエス・キリストの下へと誰かを導こうとする痛み・重荷を背負いなさい、ということです。

キリストの弟子達の時代から、今に至るまで、どれだけの痛みを教会は担って来たでしょうか。「信仰を捨てた方が楽だ」、という時代にあっても、多くのキリスト者は時代の波に惑わされず、戦争・地震・飢饉・偽メシアの出現の中で信仰を守ってきました。

その痛みを通して、新たな信仰者が教会へと導かれてきました。教会は、産みの苦しみに耐え続けて来たのです。1世紀の始めから教会は苦しい時を過ごしてきました。無数の、痛みを伴う信仰者たちの証しの姿がありました。信仰ゆえの苦しみの姿です。

主イエスはその苦しみを「産みの苦しみ」とおっしゃいます。単なる苦しみではありません。何かを生み出す苦しみです。

ヨハネ福音書で、主イエスは弟子達にこうおっしゃっている。

「あなた方は悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。女は子供を産む時、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない」

教会は世に生きる中で痛みを感じます。しかし、それはただ、痛みで終わるのではなく、その痛みを通して、不思議な仕方で福音が広められていく喜びを与えられるのです。

使徒言行録に、キリストの使徒たちの信仰の姿が描かれている。

ナザレのイエスなど知らないと三度否定したペトロは、主イエスの復活の姿を見ました。そして復活のキリストを伝え続けました。

「イエスが復活した」と宣べ伝えていたペトロは牢に入れられました。そして最高法院で大祭司から尋問されます。

「今後イエスの名によって誰にも話すな」と言われますが、ペトロとヨハネは「神に従わないであなた方に従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。私達は、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」と答えました。弟子達は、苦難を超えて福音のために働き続けたのです。

また別の時、使徒のステファノが捕らえられ、殺されました。ステファノが殺された日、「エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散っていった」とあります。

キリストの福音はそこで終わったか、というとそうではありませんでした。「散って行った人々は福音を告げ知らせながら巡り歩いた」とあります。

迫害を受けてその地域から追い出された人たちは、追い出され逃げた先で、福音を伝えていきました。そうやってキリストの福音が広がったのです。そして、ステファノの殉教の中で、迫害者の一人として働いたサウロという人が、やがてパウロと呼ばれるキリストの使徒へと変えられます。

こうして見て行くと、教会の成長、福音の広がりというのは不思議ではないでしょうか。世の中で迫害を受け、逆風の中にあっても、不思議な仕方でキリストの復活を信じる人たちが教会へと導かれていくのです。そこには、確かに、聖霊の働きがあります。だから、主イエスは弟子達に「惑わされるな」とおっしゃったのです。

主イエスは「地方法院に引き渡されて、会堂で打ちたたかれても、総督や王の前にたたされることになっても、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。実は、話すのはあなた方ではなく、聖霊なのだ」と断言されました。

実際に、使徒言行録やパウロの手紙を読むと、イエス・キリストを信じたキリスト者の群れ、教会は外から迫害を受け、内からは信仰を惑わす人が現れたりしていたことがわかります。捕らえられたり、差別されたり、多くの人が殺されたりしました。

教会の中にも、「キリストの復活など信じない」と言い出す人や、「もう世界の終わりは来ている」と言って極端な信仰に走る人も出たりしました。

主イエスは、「その時には私を名乗るものが大勢現れて、多くの人を惑わす」とおっしゃっています。自分こそこの世界の救い主であると自分で信じる人が現れるのです。「自分に正義がある、この世界は自分の正義に従わなければならない」という人間が出て、影響力をもった時に、多くの人の血が流されることになります。そのような人は、自分を礼拝するように求めはじめる。 Continue reading

9月12日の説教要旨

マルコによる福音書13:1~2

「イエスは言われた『これらの大きな建物を見ているのか』」(13:2)

主イエスと弟子達が神殿の境内を出て行きながら交わした短い会話です。「先生、ご覧ください。なんとすばらしい石、なんと素晴らしい建物でしょう」と一人の弟子が言ってきました。主イエスは「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」とお答えになります。

とても短い、一言ずつのやりとりですが、このやりとりを通して、一つのことがはっきりします。イエス・キリストがご覧になっていたものと、弟子達が見ていたものが全く違っていた、ということです。

主イエスと弟子達はガリラヤ地方からエルサレムを目指して過越祭への巡礼の旅をしてきました。日曜日にエルサレムに入ってから、主イエスの目に、そして弟子達の目には何が映って来たのでしょうか。それぞれ考えてみたいと思います。

主イエスがエルサレムに入られた日曜日、まず行かれたのは、エルサレム神殿でした。その日は神殿の様子を見て回られただけで宿へと戻られました。神殿の様子をご覧になって主イエスが何を思われたのか、何もおっしゃっていません。

しかし、主イエスの神殿に対する思いが、翌日の月曜日に明らかになります。

月曜日に神殿の境内に入られた主イエスは、そこで巡礼者を相手に両替をしたり生贄を売ったりしていた商人たちを追い出され、「あなたがたは祈りの家を強盗の巣にしている」とお怒りになりました。

そしてさらにその翌日の火曜日には、神殿の賽銭箱に銅貨二枚を献金して、全財産を失ったやもめをご覧になります。

私達はこの方が神の子であり、キリストであることを知っています。神の子が、神の家である神殿に入られたのだから、喜ばれるのが本当です。主イエスは、エルサレムに入られてから、一度でも笑われたでしょうか。主イエスが神殿でご覧になって喜べるようなものは見出すことがお出来にならなかったのです。

神殿が神殿でなくなっていた、ということ、単なる立派な建物に成り下がっていることに心を痛めていらっしゃいました。建物が素晴らしい分、祈りがないということ、律法が行われていないということが浮き彫りになっていたのです。

神殿に失望された主イエスに向かって、弟子の一人が言います。「先生、ご覧ください。なんと素晴らしい石、なんと素晴らしい建物でしょう。」

主イエスがおっしゃったのは「これらの大きな建物を見ているのか」という言葉でした。「私とあなたとは見ているものが違う。あなたはただ、建物の立派さに目を奪われているだけだ」というこということです。

弟子達が立派な神殿に目を奪われるのは当然のことだったでしょう。弟子達はガリラヤ出身の、農村地域の人たちです。ガリラヤの町々にはこのような建築物はありません。壮麗な神殿の姿に素朴に感動していたのです。

元々、神殿はソロモンによって造られました。紀元前586年にエルサレム神殿はバビロニア帝国によって破壊されてしまいますが、バビロンでの捕囚生活を生き延びてエルサレムに戻ってきた人たちによって、紀元前515年に神殿は再建されます。エルサレム神殿はイスラエルの信仰の中心であり、イスラエルの象徴そのものでした。

主イエスの時代にはヘロデ大王が始めた更なる神殿の大改修・再建を進められていました。何十年にもわたる大工事で、主イエスの時代になってもまだ終わっていなかったほどです。改修工事の途中であっても、主イエスの時代の人たち、そして弟子達はこの神殿の大きさ、美しさに目を奪われたでしょう。

この時、主イエスと弟子達の間には距離がありました。それぞれ、見ているものが違うのです。今、主イエスは神殿から出て行かれます。そしてもうこの後は、神殿には二度とお入りになることはありません。

この時、主イエスは弟子達に衝撃的な言葉をお聞かせになりました。

「一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」

この神殿は、跡形もなく徹底的に崩れることになるだろう、という神殿崩壊の預言をされました。主イエスの目に映っていたのは、目の前に立っている立派な神殿の姿ではなく、破壊され、廃墟になってしまった神殿の運命だったのです。

神の家・祈りの家であるはずの神殿は、徹底的に破壊されることになる、という主イエスの神殿崩壊預言は、実際、この40年後の紀元70年に実現することになります。ユダヤ人は、ローマに対して反乱を起こし、結局ローマ軍によって神殿ごと滅ぼされることになります。主イエスの預言は実現するのです。

神殿崩壊の預言は、主イエスの前の預言者たちによってもなされて来ました。例えば、紀元前8世紀に預言者ミカは堕落したエルサレムの指導者たちに向かってこう言っています。「お前たちのゆえに、シオンは耕されて畑になり、エルサレムは石塚に変わり、神殿の山は木の生い茂る聖なる高台となる。」

紀元前6世紀にも預言者エレミヤが神の言葉をエルサレムの人たちに伝えています。 Continue reading

9月5日の説教要旨

マルコ福音書12:38~44

「このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」(12:40)

主イエスが神殿の境内で群衆に向かって二つのことをおっしゃいました。一つは「なぜ律法学者たちは、メシアのことをダビデの子と呼んでいるのか」という質問です。もう一つは、「律法学者たちの偽善に気をつけなさい」という警告です。

今日私達は、主イエスの律法学者たちの偽善に対する警告の言葉と、実際にそのことによって苦しむ一人のやもめの姿を見ました。律法学者たちは、自分たちでは「自分は正しく律法を実践している」と考えていました。しかしイエス・キリストの目には、そうは映っていませんでした。

信仰者が、信仰の実践の中で陥る落とし穴がここに潜んでいます。律法学者たちの偽善の姿、また神殿でのやもめの姿から学んでいきたいと思います。

律法学者たちの誤った信仰の実践について主イエスは具体的にこうおっしゃっています。

「彼らは、長い衣をまとって歩き回ることや、広場であいさつされること、会堂では上席、宴会では上座に座ることを望み、また、やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする。」

もちろん、当時の律法学者が全員そうだった、というわけではないでしょう。律法学者の中にも主イエスの教えを聞いて、「先生、その通りです」と教えを受け入れた人もいました。

しかし、当時は主イエスがおっしゃったような律法学者が多くいたのでしょう。「このような者たちは、人一倍厳しい裁きを受けることになる」と主はおっしゃいます。

私達は福音書を読んでいると、律法学者というのは、悪い人たち・悪意をもった人たちだ、という印象をもってしまいがちです。

しかし、実際はそうではありません。誰かを苦しめようと意図的に悪い行いをしていたわけではありません。誠実に聖書を研究し、神の御心に沿う生き方を真剣に実践しようとしていた人たちです。

しかし、この主イエスの言葉を見ると、多くの律法学者は、自分が神の目にどう映っているか、ということよりも、自分が人の目にどう映っているか、ということに心が向いてしまっていたようです。

自分を大きく見せることに心を奪われてしまい、無意識のうちに偽善がはびこって来て、弱い人たちの姿が目に入らなくなってしまう・・・これが、信仰者が陥る落とし穴ではないでしょうか。

この主イエスの言葉は、信仰者に向けられた、信仰の在り方に対する問いでもあるのです。「あなたの信仰は、どうなのか、人に見せるための信仰になっていないか、弱い者に心は向いているか、見せかけの祈りになっていないか。」

主イエスは、エルサレムに入られる前、誰が神の国に入るのか、ということを弟子達にお教えになった際に、こうおっしゃっています。「先の者が後になり、後の者が先になる」。

エルサレムへの旅の中で弟子達の関心は「誰が一番偉いのだろうか」ということでした。エルサレムに入る直前には、ヤコブとヨハネが抜け駆けして主イエスに「私達二人だけを優遇してください」と願い出たりしました。

そのような弟子達に、主イエスは「あなた方の間で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、一番上になりたいものは、全ての人の僕になりなさい」とおっしゃいました。

なぜ主イエスはご自分の弟子達に「全ての人の僕になりなさい」とおっしゃったのでしょうか。イエス・キリストご自身が、「全ての人の僕」として来られたからからです。

キリストの弟子として生きる、ということは、キリストのように生きる、ということです。

「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を捧げるために来た」

主イエスの命は、身代金だとご自身でおっしゃいました。そのキリストの弟子達である、ということは、神の御心に従い、神に仕え、人のために命をつかう生き方をしていく、ということなのです。

主イエスは、「神を愛し、隣人を愛する」ということが律法だ、とお教えになりました。神が律法を通してお求めになっているのは、そのことなのです。

律法学者たちの姿は、主イエスの目には律法からかけ離れたものとして映りました。律法学者たちは、主イエスの言葉で言うなら、「先の者」だったはずです。ユダヤ人社会の中で、人々の先頭に立って、律法について聖書についての教えを説き、実践していた人たちでした。しかし、彼らはいつの間にか神の国から遠い生き方をする「後の人」になってしまっていたのです。

長い衣をまとうこと、人から挨拶されること、上席・上座に座ること、長い祈りをすること・・・神に喜んでいただくためではなく、人々から注目と尊敬を集めるための律法になってしまっていたようです。

律法を求めながらも律法から外れてしまったことで、どんな問題が起こっていたのでしょうか。この後、神殿で献金をする一人のやもめが出てきます。

主イエスは、群衆にお語りになった後、賽銭箱に群衆がお金を入れる様子を見ていらっしゃいました。そこは、神殿の中でも「女性の庭」と呼ばれる、たくさんの人が行きかう場所で、13個の賽銭箱が並べられていたそうです。

そこでは「大勢の金持ちがたくさんお金を入れていた」とあります。この賽銭箱にお金を投げ入れる姿は、他の人からも見られることになります。たくさんの献金をする人ほど、注目を浴びるのです。

そのような中で、誰にも注目されない一人の貧しいやもめが献金しようとやって来ました。この人は、レプトン銅貨二枚、本当にわずかな捧げものをしました。ただ彼女は神を愛し、自分が持っているものを心を込めて捧げたのです。この人は、全財産を神殿に献金しました。

主イエスはその姿をご覧になって、弟子達を呼んで「あの女性の姿を見なさい」とおっしゃいました。主イエスがご自分の弟子達に見てほしいと願われたのは、多額の献金をする大勢の金持ちではなく、乏しい中から自分の持っている物・生活費を全部入れたこの女性でした。神のため、隣人のために、ささやかに生きる小さな人でした。

主イエスは「あの女性は誰よりも多く捧げた」とおっしゃいました。「先の者か後の者か」ということでは、この女性は、この世では「一番後の者」でした。しかし、このわずかな捧げものをした女性こそ神の国に最も近い人、「一番先の者」だと主イエスはおっしゃいます。この人こそ、天に宝を摘む人だったのです。主イエスが弟子達に見てほしいと願われたのは、この女性でした。

私達は、間違えてはならないと思います。イエス・キリストは、この女性をご覧になって、「立派な信仰だ」と喜んでいらっしゃるのではないのです。むしろ、お怒りになっていらっしゃいます。

この女性は、全財産を献金しました。つまり、破産した、ということです。わずか銅貨二枚の献金によって。

律法にはこう記されています。

「寡婦や孤児は全て苦しめてならない。もし、あなたが彼を苦しめ、彼が私に向かって叫ぶ場合は、私は必ずその叫びを聞く」

弱い者を守れ、と律法は言っています。しかし、この弱く貧しい女性は、律法学者たちから見向きもされていのです。神の家・神殿で、破産しました。しかし、誰もそれに気づいていません。

わずか銅貨二枚を神殿に捧げたことで、この女性はもう食べるものも買うことが出来なくなりました。本当は律法学者が、このような弱く貧しいやもめを守らなければならないということを一番知っているはずの人たちです。その女性の周りには、誰もその苦しみに手を差し伸べる人はいませんでした。

40節で主イエスは律法学者たちは「やもめの家を食い物にし、見せかけの長い祈りをする」とおっしゃっています。この女性の献金の姿に、そのことが現れています。

主イエスが弟子達に「あの女性を見なさい」とおっしゃったのは、「美しい信仰の姿ではないか。あの人を見習いなさい」と言いたかったのではありません。「神殿で、守られなければならない人が守られていない。律法学者たちが律法が求めていることから目を背けている。これで神殿と言えるだろうか」と、弟子達にお見せになるためです。神殿が、祈りの家としての姿を失ってしまっているその有様を弟子達に「見ておきなさい」とおっしゃったのです。

主イエスがエルサレムに入り、神殿に入られてからここまでご覧になったのは、神殿が神殿でなくなっている、という事実でした。弱い女性が神殿で破産するということが起こっている、それこそ、神殿が強盗の巣になっている、ということではないでしょうか。 Continue reading

8月29日の説教要旨

マルコ福音書12:35~37

「ダビデ自身がメシアを主と呼んでいるのに、どうしてメシアがダビデの子なのか」(12:37)

主イエスがエルサレムに入られてから、祭司長、律法学者、長老といったユダヤの指導者たちが、律法に関する難しい議論を仕掛けて来ました。ガリラヤからやってきたイエスという律法の教師がエルサレムの人たちの注目を集めていたこと、そして神殿がまるで自分の家であるかのようにふるまっていたことに危機感を覚えたのです。

しかし、この人たちは聖書に関する議論を通してナザレのイエスを言い負かすことは出来ませんでした。それどころか、主イエスがファリサイ派やサドカイ派の人たちの議論に立派にお答えになり、「心を尽くして神を愛し、隣人を自分のように愛する、ということが律法である」とおっしゃったのを聞いて、「先生、あなたがおっしゃっている通りです」と主イエスに聞き従う律法学者まで出て来てしまいました。

もう質問して来る人がいなくなったので、主イエスはそのまま神殿の境内で教えを語られました。群集は喜んで主イエスの言葉に耳を傾けました。

主イエスは、その群衆に向かって、質問をなさいました

「どうして律法学者たちは、『メシアはダビデの子だ』と言うのか。」

「聖書を見ると、ダビデ本人がメシアに向かって『主よ』と呼びかけている。『私の子よ』、ではなく、『私の主よ』と呼びかけている。それなら、なぜメシアは『ダビデの子』」なのか、という質問です。

律法学者だけでなく、この時代の人々は皆、「あのダビデ王のようなメシアが来る、メシアはダビデの再来である」と信じていました。聖書にそう預言されていたからです。

例えば、エゼキエル書にこういう預言があります。

「私は彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。・・・私は彼らと平和の契約を結ぶ」。

このように、いろんな預言書の中に、「メシアが来る、再びダビデが来る」、という預言が残されていたのです。

そのことから、人々はやがて来るとされているメシアのことを、「ダビデの子」という称号で呼ぶようになり、メシアはダビデの再来として、自分たちを救いだしてくれる、と期待していました。

「なぜ律法学者たちは、メシアをダビデの子と呼んでいるのか」

この質問は、群衆にとって面食らうものだったと思います。

「律法学者がそう呼んでいるのだから、メシアはダビデの子なのだろう、ダビデの再来なのだろう」、人々はそう理解していたのではないでしょうか。しかし、主イエスはあえてそのことを人々に考えさせようとなさいました。当時の人たちにとって当然だったことを、根本から問い直されたのです。

主イエスは、エルサレムへの旅を始める際に、弟子達にも質問されています。

「人々は私のことを何者だと言っているか」

弟子達は、「皆、あなたのことを預言者だと言っています」と答えました。主イエスはさらに弟子達に問われます。「それでは、あなた方は私を何者だと言うのか」

ペトロは弟子達を代表して答えた。「あなたは、メシアです」。

主イエスは、ここで同じことを人々に問いかけていらっしゃいます。

「律法学者を始めとして、あなたがたはメシアのことをダビデの子と呼んでいる。

あなたがたが期待しているダビデの子とは何者なのか。」

人々はダビデが成し遂げたことを自分たちの時代に成し遂げてくれるだろう、と期待していました。

ダビデはサウル王の後イスラエルの指導者になり、先頭に立って戦い、エルサレムをイスラエルの首都に定め、イスラエルを国として築き上げ人です。剣をもち、敵と戦い、イスラエルを導いた英雄でした。イスラエルの人たちにとってダビデという名前は、戦争に勝つ王様のイメージでした。

主イエスの時代の人たちは、「ダビデの子」、と聞くと、ローマ帝国を打ち破る英雄を思い浮かべたでしょう。主イエスの時代、人々はそのように、自分たちの先頭に立って軍を率い、外国の支配からイスラエルを救ってくれる指導者であるメシアを待っていたのです。

その人々の期待に対して、主イエスは、「あなたたちが考えているダビデの子は、本当にそのような、戦争を指導する救い主なのだろうか」と問われるのです。

人々は、「このイエスという人こそ、ダビデの子ではないか」という期待を抱いていました。エリコの町で、バルティマイという目の見えない人が、主イエスに向かって「ダビデの子」と叫び、その信仰に応えて主イエスがその人の目を癒されたのを見ました。

エルサレムに入る際には、ガリラヤからの群衆が主イエスを前後から「我らの父ダビデの鍛えるべき国に、祝福があるように。いと高き所にホサナ」と叫びました。

「この方こそダビデの子なのではないか」という強い期待をもって、群衆はこの方のおっしゃることに耳を傾けていたのだ。

確かに、主イエスはダビデの子、メシアでした。聖書はそのことを証ししているし、私達もこの方のことを、メシア、つまりキリストであると信じています。

しかし、大切なことは、「それでは主イエスはどのようなダビデの子・キリストなのか」、ということなのです。人々が期待していたように、軍馬に乗って軍隊を指揮し、敵を倒すメシア・ダビデなのでしょうか。

主イエスのお姿は、むしろ、逆でした。馬ではなく、子ロバにのってエルサレムに入られました。強く、威厳のある王としてではなく、柔和で謙遜で平和な王としてエルサレムに入って来られました。そもそも、主イエスは弟子達に、「私はエルサレムで殺されることになっている」とおっしゃっています。主イエスの使命は、人々を戦争へと駆り立て、その先頭に立つ、ということではなかったのです。

主イエスの弟子達への問い、また群衆への問いは、今、聖書を読んでいる私達への問いかけです。私達は、自分勝手な期待を、自分に都合のいい期待を主イエスに対して持っていないでしょうか。

「あなたがたは私にどのような救いを期待しているのか」と問われています。

もしイエス・キリストが、自分が欲しいもの・自分に都合のいいものをくださる救い主であれば、信じることは簡単でしょう。信じたらすぐにいいことがたくさん起こって、自分の人生に問題が何もなくなる、というのであれば、誰でもキリストをすぐに信じるでしょう。

しかし、イエス・キリストを信じて従う・信じて従い続ける、ということは、そんなに簡単なことではありません。キリストに従う、ということは、ご利益がたくさんもらえる、ということではないのです。「私に従う者は自分の十字架を背負って私に従いなさい」と主はおっしゃいました。キリストに従うということは、キリストの十字架の御業に加わる、ということなのです。

私達は本当に主イエスがもたらしてくださった救いを正しく見据えることが出来ているでしょうか。そもそも聖書には、ダビデの子について、どのように預言されているでしょうか。

エゼキエル書34章で、神はこうおっしゃっている。

「見よ、私は自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊が散り散りになっている時に、その群れを探すように。私は自分の羊を探す。」 Continue reading