MIYAKEJIMA CHURCH

3月1日の礼拝説教

 ヨハネ福音書19:25~30

兵士たちはナザレのイエスを十字架にかけ、その服を分け合いました。その後、彼らに残された仕事は、十字架の近くでイエスが死ぬのを見届けるだけでした。

罪人の家族や友人はその処刑を見ることが許されていました。許されている、というよりは、十字架刑は見せしめのための処刑法でもありますので、少しでも多くの人の目に触れるように考えられていました。

人々は罪人の十字架の上に掲げられた罪状を読むために、十字架に近くに寄らなければなりません。そうやって人々は十字架刑の怖さ、ローマ帝国に反逆したらどうなるか、ということを見せつけられたのです。

人々が十字架に近づくことが許されていますので、特にその罪人の家族や仲間が助けようとすることがないよう、十字架の下に兵士が立って、処刑を最後まで見届ける必要がありました。

今日私たちが読んだのは、兵士たちが十字架の下に立ち、主イエスが死ぬまでの時間を待っていた間に起こったことです。主イエスは、十字架に上げられ、息を引き取られるまでの数時間、わずかながら十字架の上で言葉を残されました。

ヨハネ福音書は、この時十字架の元にいた人たちに焦点を当てます。そこには4人の女性がいました。主イエスご自身の母マリア、その姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアの4人です。そしてもう一人、主イエスが「愛された弟子」もいました。

不思議なことに、ヨハネ福音書は、主イエスの母とその姉妹の名前を書いていません。その名前を知らなかったのではなく、あえて書いていないのです。

主イエスの母の名前はマリアでした。そしてマリアの姉妹は、他の福音書を見ると サロメという名前であったことがわかります。マタイ福音書とマルコ福音書を見ると、マリアの姉妹サロメは、主イエスの弟子のヤコブとヨハネの母でありゼベダイの妻であった、という細かい関係性まで書かれています。

それを踏まえると、この時十字架の下にいたこの「愛された弟子」は 主イエスといとこ同士であるゼベダイの子ヨハネであったということになります。主イエスの親戚、身内として、彼は伯母のマリアと、自分の母サロメと十字架の下にいたのでしょう。

しかし、ヨハネ福音書では、そのような名前や細かい関係性を書いていないのです。このことには、ヨハネ福音書独自の意図がありそうです。

ヨハネ福音書にはイエス・キリストの十字架の上における最後の言葉が記録されています。ほかの福音書には記録されていない言葉です。

主は十字架の上から言葉を残し、十字架の下にいる人たちに、何かを示されました。そのお姿を通してまず知っておかなければならないのは、十字架に上げられならがも、キリストはその場を支配しておられたということです。そこには間違いなく、神の救いの御支配があった、ということです。

私たちはなぜ、救いの御子がこのような死に方をしなければならなかったのか、と考えます。死に方、というよりは、「殺され方」です。なぜ、神がこの世をお救いになるために人としてお生まれになり、十字架でこのような残酷な殺され方をしなければならなかったのか、それが不思議でなりません。

「神は人間に負けてしまったということなのか。神の子であっても集団になった人間には勝てなかったのか」、と普通なら思うでしょう。しかし、神は全てを、この十字架の死に至るまでご自分の救いの御業の計画の中に含めていらっしゃいました。この十字架の上でキリストが口にされたいくつかの言葉にこそ、神の痛みに込められた御心が示されており、主イエスは十字架の上から道を示されたのです。

一つ一つ、見て行きたいと思います。

はじめに主イエスはご自分の母と、この福音書には名前が記されていない「愛する弟子」と呼ばれる人をご覧になりました。そしてご自分の母に向かって、「婦人よ、ごらんなさい。あなたの子です」と「愛する弟子」を示されました。それからその弟子に「見なさい。あなたの母です」とおっしゃいました。「その時から、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」とあります。

普通であれば、主イエスはご自分の弟たちに言うべき言葉を、ご自分の弟子におっしゃっています。この時主イエスの弟たちはどこにいたのでしょうか。この時、弟たちは十字架の下にはいなかったのです。

主イエスは家の中では長男であったので、父ヨセフの死によってご自分が母と兄弟たちの生活を担って働いてこられました。しかし主イエスはある時から、福音宣教のために働き始められます。主イエスの弟たちは、兄がそのように突然預言者のような活動を始めたことを快く思わなかったようです。

ほかの福音書では、「自分たちの兄がおかしくなってしまったのではないか」、と主イエスを連れ戻しに来たことが書かれています。ヨハネ福音書では、7章5節に「兄弟たちはイエスを信じていなかった」とはっきり書かれている。

だから主イエスの弟たちは、この時十字架の下にいなかったのです。そこで、主イエスはご自分の「愛する弟子」にご自分の母のことを託し、母には、その弟子を自分の子のように頼るように、とおっしゃいました。

ヨハネ福音書は、なぜこのようなやり取りを記録しているのでしょうか。キリストは、ご自分の死後の母マリアの生活を心配して、そこにご自分の弟たちがいないので仕方なく弟子に母の面倒を見るように、とおっしゃった、ということなのでしょうか。

主イエスがどのような意味でこれをおっしゃったのか、福音書は詳しく説明をしていません。

はっきりとこの言葉の意味の解説はありませんが、間違いなく言えることは、神が御子イエス・キリストに託された使命は、この十字架の死によって途切れることはなかった、ということです。母マリアの生活をご自分の「弟子」に託された、ということの中に、キリストの使命が弟子たちに引き継がれていく様を見ることができるのです。

この弟子の言葉や業が、やがて「神の息・聖霊の風」によってキリストの言葉・キリストの業として用いられていくのです。そして、地縁や血縁を超えた、信仰の家族としての姿が立ち上がっていくことになります。

マルコ福音書で、主イエスはこうおっしゃっています。

「私の母、私の兄弟とはだれか・・・神の御心行う人こそ、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」

十字架のもと、信仰の家族としての一歩が主イエスの言葉によって作り上げられたのです。

そしてこの後、主イエスは二つの言葉を短く発していらっしゃいます。「渇く」「成し遂げられた」という言葉です。

これらも、一つずつ見て行きたいと思います。

主イエスは、「渇く」とおっしゃいました。十字架の罪人は地中海の暑さの中、呼吸が十分にできず、喘ぎ苦しみ、最後は脱水になって喉が渇いてきます。しかし、ここでの主イエスの言葉は、ただ喉が渇いて漏れ出た言葉、というだけのものではないようです。

「イエスは、全てのことが今や成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた」、と書かれています。暑くて喉が渇いたので「渇く」とおっしゃったのではありません。全てのことが「成し遂げられた」のを知って、「渇く」とおっしゃったのです。

「成し遂げられた」というのは、全てが「終わった」という意味もあります。そして福音書は、「こうして、聖書の言葉が実現した」と書いています。主イエスが十字架の上で「渇く」とおっしゃったのは、何かの預言の実現した、ということでしょう。

これは詩編22:16の実現でした。詩編22編は、信仰者の苦しみの祈り・訴えの詩です。

「口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上あごに張り付く。あなたは私を塵と死の中に打ち捨てられる」22:16

詩人は神に自分の苦しみをそのように訴えています。キリストは、十字架の上で、あの詩編22編の苦しみの詩人を体現されているのです。

私たちは覚えたいと思います。この方の十字架の上での渇きは、本当は世の全ての人が神の前に感じなければならないものでした。信仰者の苦しみの渇きを、主イエスは十字架の上で全て担ってくださっているのです。罪による渇きである、ということです。 Continue reading

2月15日の礼拝説教

 ヨハネ福音書19:16~24

ユダヤ人とピラトの間で行われた主イエスの裁判は終わりました。それは裁判とも言えないような裁判でした。主イエスの主張は本当に正しく聞かれ、吟味されたでしょうか。

ユダヤ人たちは「この者を十字架で殺せ」という自分たちの主張を叫んだだけでした。本来なら「神のみが真の支配者である」という信仰を持っていたはずのユダヤ人たちは、勢いに任せて、「ローマ皇帝だけが自分たちの王である」と告白してしまいましいます。ローマ総督ピラトは、騒ぎ立てるユダヤ人たちに押されて、自分では罪を見出さなかったイエスを十字架へと押しやってしまいました。ピラトも、ユダヤ人たちも、自分の思いを貫くことができていません。

「命をかけてあなたに従います」と言った弟子たちを含め、主イエスの十字架の前に、全ての人が自分の道につまずいています。全ての人が、自分の理想とする道から外れてしまっています。そしてその的外れな歩み・罪の歩みが、主イエスを十字架へと向かわせていったのです。

イエス・キリストが十字架で殺された、ということは有名な話なので、キリスト者でない人も知っている人は多いでしょう。しかし、このような裁判とも言えないような裁判を経て十字架に上げられた、ということはあまり知られていないのではないでしょうか。

実は「なぜ・どのように」この方が十字架に上げられたのかということが、とても大切なことなのです。しかし、大切なことではありながら、それを説明しようとしても、福音書の記述から一言で「こうだ」とまとめることはできません。「この人がこのように計画して、それが計画通りになって、こうなった」、と言えないのです。

弟子達の生でも、ピラトのせいでも、ユダヤ人たちのせいでもありません。

弟子たちが先生である主イエスを守ることができなかったということではないのです。ローマ総督ポンテオ・ピラトがこのイエスという人に反逆罪を見出して判決を下したというのでもないのです。ユダヤ人たちが主イエスに見出したのは「神の子であると自称した」、という律法違反であり、十字架刑に相当するものではありませんでした。

ここで一つだけ言えるのは、「ただ、神の御計画のみが実現している」、ということです。逆に言えば、人の計画が実現しているのではないということです。

ここで私たちはイエス・キリストの十字架のお姿を見ることになります。私たちは踏まえておきたいと思います。主の十字架において、人間の計画は何一つ実現していないということ。ただ、「世の罪をご自分の独り子に背負わせ十字架に上げ、この世の罪を許す」という神の救いのご計画だけが実現している、ということ。神が前もって預言者を通してお示しくださった救いの御業が、人間には理解できない仕方で進んでいる、ということ。

これこそが、聖書が今を生きる私たちに伝えようとしていることなのです。

主イエスは1人で十字架の木を運ばれました。他の福音書では、キレネ人シモンという人が、鞭打ちで弱ったイエスに代わって十字架を無理やり運ばされたことが書かれていますが、ヨハネ福音書では、そのことは省かれています。ただ、「イエスは、自ら十字架を背負った」とあります。

おそらくヨハネ福音書は、主イエスのお姿だけを描くことによって、主イエスがご自分の十字架の受難を徹頭徹尾ご自分の意思でご自分の支配のもとに進められた、ということを強調しているのでしょう。

「されこうべの場所」という意味の、処刑場所へとご自分の十字架を運んで行かれました。ヘブライ語ではゴルゴタ、ラテン語ではカルバリと呼ばれていた処刑場所です。実際、そこには、遠くから見ると頭蓋骨に見える岩があります。

十字架刑は、最も残酷な処刑方法でした。罪人は両手を十字架に縛り付けられるか釘で打たれます。そしてその十字架を立たせると、罪人の腕の血液が胸に集まってきます。呼吸が困難になり、やがて窒息死することになります。

十字架に上げられる前の鞭打ちで弱っていなければ、死に至るまで数日を要することもあったそうです。ちょうどお尻の位置に腰をかける椅子のような出っ張りがあって、そこで 少し休めるような造り作りなっていました。その分罪人は十字架の上で長く苦しまなければならない、という残酷な設計です。

少しでも罪人を苦しめ、その姿を少しでも長く見せしめにする、残酷極まりない死刑法、それが十字架刑でした。あまりに恐ろしく、また侮辱に満ちた刑なので、ローマ市民に対する十字架刑は禁止されていました。奴隷と辺境の地域の反逆者たちに適用された刑でした。

私たちは考えさせられます。なぜ、神の子イエス・キリストに託された使命は、十字架だったのでしょうか。十字架でなければならなかったのでしょうか。神の子として世に生まれ、人々の間で神の国の教えを説き、癒しの奇跡を行い、人々を神のもとへと導いて、最後は皆の尊敬を集めて静かにその生涯を閉じる、ということがなぜ許されなかったのでしょうか。キリストが最も苦しい死に方へと向かうために、世に来られたのはなぜでしょうか。

ヘブライ人への手紙9章に、その理由が記されています。

「キリストはすでに実現している恵の大祭司としておいでになったのですから、人間の手で作られたのではない、すなわちこの世のものではない、さらに大きくさらに完全な幕屋を雄山羊と若い雄牛の血によらないで、ご自身の血によってただ一度、聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです」

「永遠の霊によってご自身を傷のないものとして神に捧げられたキリストの血は、私たちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか」

「キリストは新しい契約の仲介者なのです。それは最初の契約のもとで犯された罪の贖いとしてキリストが死んでくださったので、召された者達が、すでに約束されている永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません」

モーセが動物の血を契約の書と民全体にふりかけて清めたように、「血を流すことなしには罪の許しはあり得ないのです」

なぜ神の独り子の血が流されなければならなかったのか。しかも十字架で。それは世の罪びとを許し、世の罪びとをご自分の血で清め、神との契約を結ぶためでした。

預言者イザヤは、このことをイエス・キリストの十字架の500年以上前に預言していました。

「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり打たれたから、彼は苦しんでいるのだと」

私たちは、イエス・キリストの十字架に「栄光」を見ます。この世の支配者たちに負けてしまった罪人として見ることはありません。全ての人間、全ての世の罪びとの罪を背負い、自ら世の全ての痛みを引き受け、神と人の間に新しい契約を打ち立ててくださった、神の子としての栄光を見ます。

敗北に見えるこの十字架こそ神の勝利でした。私たちは、この方が十字架の上で私たちの何を背負ってくださったのかを、預言者の言葉を通して心に刻みたいと思います。この方が担ったのは、私たちの病、この方が負ったのは、私たちの痛みだったのです。このイエス・キリストのお姿に見る十字架の痛みは、私たちの罪の深さを物語っているのです。

「あの時、ゴルゴタの丘で殺された、ナザレのイエスとは一体何者だったのか」

これは、今に至るまで、世に生きる私たちに向けられ、そして聖書を通して答えなければならない問いです。この方は2人の人と十字架にかけられました。ルカ福音書では、二人の強盗が主イエスの両隣で十字架にかけられ、言葉を交わしたことが記録されています。しかし、ヨハネ福音書が焦点を当てているのは、ただその真ん中にいらっしゃるイエス・キリストのみです。

この方の十字架の上には、この方が何者なのか、ということが示されました。ピラトはこの方の罪状を「ユダヤ人の王」と書いた、とあります。そしてそれはヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれました。

ヘブライ語はユダヤ人の信仰の言葉です。ギリシャ語は当時の全ての人によって話され、文学や哲学といった文化的な作品にも使われていた言葉です。ラテン語は当時のローマ帝国内の、政治的公用語でした。つまり、当時の世界の全ての人がわかる言葉で、この方が「王」であることが示されたのです。

もちろん、これは嘲りと皮肉を込めて書かれた罪状です。しかし、霊的に意味において、この十字架は世に示された真理でした。不思議な仕方で、イエス・キリストは真の王であることが世に示されたのです。

主イエスを十字架へと上げた人たちは、主イエスのことを本当に「ユダヤ人の王」であるとは考えていませんでした。しかし、その人たちの思惑を超えて、この方が「ユダヤ人の王」であることが示されたのです。

ヨハネ福音書の6章の最後で、主イエスに従おうとしてきた弟子たちの多くが離れ去り、12人だけが残された、ということが書かれています。その際、主イエスは12人に問われました。

「あなたがたも離れて行きたいか」

ペトロは答えました。

「主よ、私たちは誰のところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じ、また知っています」 Continue reading

2月1日の礼拝説教

 ヨハネ福音書19:8~15

ローマ総督ポンテオ・ピラトは、総督官邸の外でナザレのイエスの死刑を求めるユダヤ人たちをなだめるために官邸の中でイエスを鞭で打たせました。そして紫の服を着せて、傷つき、弱く憐れなその姿をユダヤ人たちに見せました。そうすれば、ユダヤ人たちが満足して帰っていくだろうと考えたのです。

「見よ、この男を。なんと憐れな姿だろうか。これが本当にユダヤ人の王に見えるか。この者は何の危険性もない、ただの憐れな男だ」

ピラトはユダヤ人たちに訴えます。それで全てが終わると思っていました。しかしユダヤ人たちのイエスに対する殺意は消えませんでした。「十字架につけろ」と叫ぶ彼らに、ピラトは、「私はこの男に罪を見いだせない」と言います。これが、ピラトの良心でした。無罪の者を、有罪にすることはできない。しかも、ユダヤ人たちの言いなりになって、誰かを死罪にするなどということはできないのです。

「律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです」

これを聞いて、ピラトは恐れました。イエスが「神の子」であるかもしれない、という恐れです。それが本当なら、「神の子」をむち打ち、侮辱したことになります。

本来ならば、ピラトはローマ総督なのですから、ユダヤ人たちの言うことを受け入れる必要などなかったのです。相手にせず、追い返すことができた人です。しかし、ピラトの中に恐れが生じました。恐れたピラトが主イエスに対してどうしたか、それが、今日私たちが読んだところです。

ピラトは官邸の中に入って、主イエスに尋ねました。

「お前はどこから来たのか」

これは主イエスの出身地を尋ねているのではありません。イエスは本当に天から来た神の子なのかどうかを、尋ねています。

ナザレのイエスが自分のところに連れてこられた時、ピラトはこう尋ねました。

「お前の同胞や祭司長たちが、お前を私に引き渡したのだ。一体何をしたのか」

「一体何をしたのか」という質問が今、「お前はどこから来たのか」に変わりました。「お前はどこから来たのか」、これは、言葉を変えると、「お前は一体何者なのだ」ということです。「本当に神の子なのか」ということです。

ピラトだけではなく、人がこのイエスという方に向き合う時、実は誰もがこの質問を投げかけるのです。

「あなたは何者ですか。あなたは本当に天から来られたのですか」

しかし主イエスはここでピラトにお答えになりませんでした。「イエスは答えようとされなかった」とあります。これはピラト自身が、イエス・キリストを前にして自分で悟らなければならないことなのです。

主イエスご自身、弟子たちに問われたことがあります。

「あなたがたは、私を一体何者だと思うか」

キリストを前にしたとき、人は誰でも、弟子たちのように、ピラトのように、聖書を通して生涯問われ続けるのです。

「あなたはナザレのイエスとは何者だと思うか」

聖書は、このイエスという人物が何をしたのか、ということを記録しています。しかし本当に大切なのは、その時周りにいた人たちがこの人のことをどのように捉えたか・信じたか、ということなのです。

「イエスがどこから来られた方なのか・この方は本当に天から来られた方なのか」、これはヨハネ福音書でここまでずっと語られてきた大きなテーマです。

3章では、イスラエルの教師ニコデモが主イエスに向かって「あなたが神の元から来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、誰も行うことはできないからです」と言いました。しかし、「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と主イエスから言われ、その夜は理解できませんでした。

また群衆も主イエスを求めるようになりました。しかし、「私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得、私はその人を終わりの日に復活させる」という言葉を聞いて、「誰がこんな話を聞いていられようか」と主イエスのもとから離れて行きました。

イエスという方に出会う人は、必ず、「あなたはこの方を誰だと言うのか」と問われることになるのです。そして、信仰の決断の求められるのです。

ピラトもこの時そうでした。主イエスは、ご自分が天から来られた神の子であることをこれまで公然と話してこられました。しかし、ピラトから「お前はどこから来たのか」と問われたのに、主イエスは「答えようとされなかった」のです。ピラトは、この方と一対一で向き合う中で、その答えを見出さなければならなかったのです。

「真理とは何か」という質問に対しても、主イエスはお答えになりませんでした。これと同様に、「イエスとは何者か」ということは、ピラト自身が主イエスの沈黙の中で見出さなければならないのです。

ピラトは本当の意味で、イエス・キリストに向き合うことができませんでした。

「私に答えないのか。お前を釈放する権限も十字架につける権限もこの私にあるとことを知らないのか」とせかします。

彼は「イエスとは何者か、また自分はイエスにとって何者なのか」、と腰を据えて考える姿勢をもっていませんでした。「自分に主導権がある、自分に支配権がある、自分が信じるかどうかを決めてやる。お前は私の手の上にあるのだ」・・・こういう姿勢です。これでは、主イエスの本当のお姿に近づくことはできないでしょう。

ピラトがイエス・キリストを前に自分の権威を見せつけたことは、皮肉です。人間が神に対して自分の権威を誇示しているのです。

ヨハネ福音書の序文に、こうあります。

「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」1:11

また、主イエスは最後の祈りの中で神にこうおっしゃっています。

「あなたは子に全ての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです」17:2

全ての人に永遠の命を与え、また全ての人を裁く権威を神から与えられている神の子に対して、ピラトは自分の権威を語りました。滑稽な姿ではないでしょうか。

そのピラトに、主イエスはおっしゃいます。

「神から与えられていなければ、私に対して何の権限もないはずだ。だから、私をあなたに引き渡したものの罪はもっと重い」

以前、主イエスはおっしゃったことがあります。「私は命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは私が父から受けた掟である」10:18 Continue reading

1月25日の礼拝説教

 ヨハネ福音書19:1~8

イエス・キリストを逮捕したユダヤ人たちは、ローマ総督ポンテオ・ピラトのもとに連行しました。目的は一つでした。ナザレのイエスをローマの処刑法・十字架刑に処してもらうためです。民衆を扇動してローマに反乱を企てた者として葬りたいと考えたのです。

ピラトは明け方に起こされました。

ユダヤ人たちは、異邦人との接触をけがれとして考えていたので、自分たちはローマ人であるピラトの官邸の中には入らず、外で待ち、ナザレのイエスだけを官邸の中に入らせました。

ユダヤ人たちは、「この男が悪いことをしなかったら、あなたに引き渡しはしなかったでしょう」と言います。そんなあいまいなことで、誰かを死刑にすることはできません。ピラトは外にいるユダヤ人たちと、中にいるナザレのイエスの間を行き来して、話を聞き、対応しなければならなくなりました。

はじめに総督官邸の外でユダヤ人たちがイエスに死刑を求めていることに対応し、次に官邸の中でナザレのイエスが持っているという権威・王権について話を聞きます。しかし、イエスに何の罪も見いだせなかったピラトはまた外に出て、ユダヤ人たちにイエスが無実だから釈放するように促しました。

ピラトはユダヤ人たちに言いました。

「過越祭にはだれか一人を釈放するようになっているが、あのユダヤ人の王を釈放してほしいか」

過越祭には恩赦が与えられる制度があったようです。このように言えば、ナザレのイエスを手放すきっかけになるとピラトは踏んだのです。しかし、ユダヤ人たちは「バラバを釈放してほしい」を答えました。

過越祭での恩赦にイエスを選ぶよう促しましたが、ユダヤ人たちは、強盗であったバラバの釈放を求めました。皮肉にも、ユダヤ人たちは、「ユダヤ人の王」ではなく「強盗」を求めたのです。

ピラトは、次の手段に移りました。ナザレのイエスを鞭打たせ、痛めつけて弱々しい姿にしてやれば、ユダヤ人たちはイエスのことを手放すだろう、と考えました。

ローマには肉体的な処罰にいくつかの段階がありました。何か、教訓を教えるために軽く痛めつける程度のものから、鞭の先に金属片をつけて肉をえぐり出すような鞭打ちまでありました。ここでのイエスに対する鞭打ちは、立ち上がれなくなるほどのひどいむち打ちではなかったでしょう。 朝早くから総督に手間をかけさせたことへの処罰といった程度のものだったのではないでしょうか。半死半生にする、というよりは、外にいるユダヤ人たちに「イエスはローマにとって何の脅威でもない、こんなにも弱く、何の力もない者である」とわからせる程度の鞭打ちでした。

兵士たちは主イエスを鞭打ち、茨の冠をかぶせました。哀れで無力なナザレのイエスに、紫の服をまとわせて王様のように装わせます。そして「ユダヤ人の王万歳」と嘲り、敬礼の代わりに平手で打った、とあります。

傍目に弱々しく見えるぐらいに痛めつけろ、という命令だったのでしょう。主イエスに、はっきりとわかる傷と侮辱が与えられました。

ピラトは外に出て言いました。

「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、私が彼に何の罪も見いだせないわけがわかるだろう」

そしてピラトは、鞭打たれいばらの冠を頭に載せられ紫の衣をまとった、弱々しく哀れな姿となったナザレのイエスをユダヤ人たちに見せたのです。

ピラトは大声で言いました。「見よ、この男だ」。これは、元の言葉では「何という男だ」という意味の言葉です。「お前たちが大げさに訴えているのは、実はこんなに無様で弱々しい、全く恐れるに足らない男なのだ」と伝えようとしたのです。ローマにとって何の脅威でもない、釈放してもユダヤにとって何の害もない、ということを見せようとしました。

ピラトがナザレのイエスを鞭打たせ、侮辱させたのは、無実のイエスを救うためでした。しかしその姿を見ても、ユダヤ人たちは収まりません。「イエスを十字架につけろ」と叫び出しました。

外にいたユダヤ人たちは、「この男がどんな罪を犯したのか」というピラトの最初の質問にまだ答えていません。ピラトが直接イエスを調べても、死罪に当たるような何かは見出せませんでした。改めてナザレのイエスの無実を主張しました。「あなたたちが引き取って 十字架につけるが良い 私はこの男に罪を見いだせない」

ここで初めて、ユダヤ人たちは、なぜナザレのイエスを死刑にしたいのかを告げました。「この男は神の子と自称しました。私たちの律法によればそれは死罪に当たります」

ナザレのイエスは、彼らの目には、「神の子」に見えなかったのです。聖書を読み、神の子・メシアの到来を待ち望んでいた彼らの目に、鞭うたれ、いばらの冠と紫の服を着けられて侮辱されているこの方のお姿は、「神の子と自称した罪びと」として映っていたのです。

主イエスは以前おっしゃったことがあります。

「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書は私について証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るために私のところへ来ようとしない」

まさに、その通りです。今、誰も主イエスのことを神の子として見ている人はその場にいません。これは預言者イザヤの預言の実現でもあります。

イザヤ書53章に、苦難の僕の詩があります。

「私たちの聞いたことを、誰が信じ得ようか」

「乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。恐るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼は私たちに顔を隠し、私たちは彼を軽蔑し、無視していた」

イザヤは人々のために罪を担い、救い出す神の僕の姿に誰も気づかなかったという悲劇を歌っています。

ピラトは、鞭打たれ嘲られたイエス・キリストをユダヤ人たちに見せて、「見るがいい、なんと憐れな男だ」と示しました。確かに、その姿は憐れで、ユダヤ人たちが言っている「ユダヤ人の王」には見えませんでした。しかし、人の目にはそう見えても、霊的な視点で主イエスのお姿を見るとイザヤ書に預言されたあの「苦難の僕」の姿が重なるでしょう。

「誰が信じ得ようか」・・・確かにイザヤが預言した通りです。

イザヤは言います。

「彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手にかかり打たれたから彼は苦しんでいるのだと」

まさに、ユダヤ人たちはそう考えていました。「ナザレのイエスは神の子を自称した」とピラトに伝えています。だからこんな風に打たれるのは当然で、それは神からの罰だ、と信じていました。

しかし、イザヤの預言を知る人ならば、この痛めつけられたイエス・キリストのお姿は、「苦難の僕」と呼ばれた救い主であり、真の王がご自分の栄光へと進まれる姿であることがわかるでしょう。

憐れなイエスの姿を見せ、ユダヤ人たちを満足させて終わりにしよういうピラトの思惑は失敗に終わりました。ユダヤ人たちは「十字架につけろ」と叫び始めたのです。そこには、イザヤの預言の実現があったのです。 Continue reading

1月11日の礼拝説教

 ヨハネ福音書18:28~40②

明け方、ユダヤに滞在していたローマ総督ポンテオ・ピラトのところにユダヤ人たちがナザレのイエスを連れてやって来て「この者を死刑にしろ」と要求してきました。時間的なこと、裁判の手続きの正当性から考えて非常識なことでしたが、ピラトは彼らが連行してきたナザレのイエスを官邸の中に入れ、中に入ろうとしないユダヤ人たちとイエスの間を行き来してそれぞれの話を聞き、状況を把握しようとします。

この朝のピラトの姿を通して、私たちは聖書から問われることになります。

「あなたはこの世で、このイエスという方にどう向き合っているか」

聖書からの問いかけに、真摯に向き合いたいと思います。

ピラトは、まず外にいたユダヤ人たちにイエスが何の罪を犯したのかを尋ねました。

「どういう罪でこの男を訴えるのか」

これに対するユダヤ人たちの答えは曖昧なものでした。

「もしイエスが何も悪いことしていないのなら、ここにイエスを連れては来ませんでした」

ユダヤ人たちは、具体的な罪名を上げることができませんでした。「ここに連れて来たということは、この男が悪いことをしたに決まっているではありませんか」という言い方です。言葉を変えると、「ここは私たちを信用して私たちが望む通りにしてください」ということです。

彼らはピラトの問いに直接答えていません。答えることができなかったのです。イエスにはこういう罪がある、と言えなかったから「ここは私たちの言う通りにしてほしい」と言って押し通そうとしたのです。

ピラトにとっては迷惑でしかありません。ユダヤの記録では冷血漢のように書かれているような人でしたが、何の罪状もない者を根拠なく有罪にすることはいい気持ちではなかったでしょう。

ピラトは、ナザレのイエスとユダヤ人たちの間にある問題がユダヤの律法に関することだろうと検討をつけました。そこで「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言いましたが、ユダヤ人たちは「私たちには、人を死刑にする権限がありません」と答えました。

このやりとりを見ると、ユダヤ人たちがピラトのもとに主イエスを連れて来たのは、ただ「ナザレのイエスを殺すため」だったということがわかります。イエスを牢屋にいれるとか、罰金を科すとかいうことではなく、殺したかったのです。

紀元30年頃、ローマ帝国内でユダヤ人たちには死刑を行う権限がありませんでした。だから、ローマの権限でナザレのイエスを殺してほしい、と願ったのです。それも、ローマによる処刑法・十字架刑を求めました。ユダヤ人にとっては、呪われた者に対する処刑の仕方でした。彼らはイエスに「呪われた死」を与えたかったのです。ユダヤ人たちは、イエスを十字架にかけることにこだわりました。ユダヤの民衆を惑わし自分を神の子と自称した律法の冒涜者、そして民衆を扇動した政治犯として、呪われた死を与えたかったのです。

そのためには正当な裁判の手続きなどどうでもよかったのです。過越祭を平穏無事に終わらせることができ、イエスに呪われた死を与える、それがユダヤ人たちの思いでした。

改めて考えさせられます。なぜ、何も罪も犯していないこの方が十字架の上で死ななければならなかったのか。十字架刑は、ユダヤにとっては呪われた死であり、ローマにとっては重大な政治的犯罪者に対する処刑であり、見せしめでした。最も苦痛を伴う、もっとも不名誉で、この上ない辱めに満ちた死でした。

18章32節にはこうあります。「それは、ご自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった」

「イエスの言われた言葉」とは何でしょうか。イエス・キリストはこれまでもご自分の十字架の死について語ってこられました。

「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」

「あなたたちは、人の子を上げた時に初めて、『わたしはある』ということ、また、私が自分勝手には何もせず、ただ、父に教えられたとおりに話していることがわかるだろう。私をお遣わしになった方は、私と共にいてくださる。私を一人にしてはおかれない。私は、いつもこの方の御心にかなうことを行うからである」

キリストが上げられることになる十字架は、ユダヤ人による呪いの死でもなく、ローマによる見せしめの死もありませんでした。十字架の上で、「わたしはある」という神のお名前を世に示す栄光の御業だったのです。明け方にローマ総督官邸に押しかけ、「この男を死刑にしろ」と言う「この世の人間の混乱」の底流で、確かに神の救いの御計画が進められていました。

さて、「死刑」という言葉を聞いてピラトは官邸の中に入って来ました。ユダヤ人たちが「イエスの死刑」を求めるということは、「イエスがユダヤ人の指導者として民衆を扇動し、ローマへの反乱を計画している」ということを意味しています。

ピラトは官邸の中に戻り、主イエスに尋ねました。

「お前はユダヤ人の王なのか」

元のギリシャ語を見るとピラトがこの時驚いていることがわかります。「お前は・・・ お前はユダヤ人の王」なのかという言い方です。そんな大それたことを企んでいたのか、ピラトの驚きがにじみ出ています。

質問された主イエスはピラトの問いかけに肯定も否定もされていません。

「それはあなた自身から言っているのですか。それとも他の人たちが私についてあなたに言ったのですか。」

主イエスは、ほかの人たちの意見ではなく、ご自分に向き合うピラト自身の思いを知ろうとなさいました。「あなた自身は、私をどう見ているのか」。これは、聖書を通して問われる私たちへの信仰の問いかけです。私たちは今この瞬間も、キリストから聖書を通して問われています。「ほかの人たちがどう言っているか、ではなく、あなたは今、私を目の前にして私のことをどう見ているのか」というキリストの問いです。

しかし、ピラトはそのことには正面から答えていません。

「私はユダヤ人だと思っているわけではないだろう。お前の同胞と祭司長達がお前をこの私に引き渡したのだ。一体何をしたのだ」

ピラトは裁きを委ねられた者として、「自分が主イエスをどう見ているか」、ではなく、客観的に、「お前の罪は何か」と、ただ一人の容疑者として見ています。

最終的に主イエスはお答えになりました。

「私の国はこの世には属していない。もし、私の国がこの世に属していれば、私がユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、私の国はこの世には属していない」

ある人は、ここでの「私の王国」という言葉は、「私の王権・権威」と訳した方がいいだろう、と言っています。主イエスの権威は、この地上に根差すものではないのです。ユダヤ人やピラトが想像していたものではありませんでした。

結局ピラトには主イエスがおっしゃることの真意は分かりませんでした。「私の王国」という言葉を聞いたので、「それではやはりお前は王なのだな」と念を押します。やはり、主イエスは「それはあなたが考えていることだ」と答えました。ピラトの考えと、イエス・キリストの実像は違っていたのです。ピラトと主イエスの会話は、かみ合わずに終わりました。

人はイエス・キリストのことを好き勝手に解釈します。なんとか自分の知識や経験の中に収めようとします。そうでないと困るのです。自分の知恵に収まりきらないと困ってしまうのです。 Continue reading

1月4日の礼拝説教

 ヨハネ福音書18:28~40

イエス・キリストが逮捕され、アンナスから尋問を受け、カイアファの屋敷へと連れて行かれた夜のことが描かれています。前の大祭司であったアンナスは、ナザレのイエスの罪を明らかにしようとしました。どのような教えを民衆に説いてきたのか、ということを本人から聞き出そうとしましたが、主イエスは「私が何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい」とおっしゃいました。

アンナスはそれをしませんでした。アンナス自身、民衆がナザレのイエスの教えに傾倒していたこと、また、逮捕に向かった大祭司の下役たちまでもが、「あんなに聖書を正しく教えられる人は他にいません」と言っていたことを知っていたのでしょう。彼は、主イエスご自身からその教えを聞くことなく、現職の大祭司であり自分の甥であったカイアファのもとに送りました。

先週私たちは、イエス・キリストがカイアファから尋問されている間に、ペトロが「私はイエスの弟子ではない」と二度大きな声で否定した、という場面を読みました。ヨハネ福音書はなぜか、アンナスによるキリストへの尋問は記録していますが、カイアファによる尋問については何も書いていません。

イエス・キリストがカイアファから何を尋問されたのか、ということ以上に、キリストが胸を張ってこの世に立ち向かっていたのと同じ時、弟子のペトロが「私はイエスの弟子ではない」と否定していたことに焦点を当てるのです。

ヨハネ福音書は、ペトロが「お前はイエスの弟子ではないか」という質問に対して三度否定したらすぐ、「鶏が鳴いた」と夜が明けたことを強調しています。「鶏が鳴いた」、それは、「夜が明けた」ということであり、その日の夜明けは神の救いの歴史の中で重要な意味をもった夜明けとなりました。それは「救いの夜明けが来た」ことを象徴しているのです。

イスカリオテのユダの裏切りの闇、人々が神の子を逮捕した神への反逆の闇、ペトロが「自分はイエスの弟子ではない」と否定してしまった信仰の弱さの闇・・・この世の闇の中に、キリストによる救いの光が差し込むときの到来を、この鶏は告げたのです。

夜明けの光は、どのように差し込んだのでしょうか。

「ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた」

この一文に続いて、イエス・キリストは大祭司カイアファの下からローマ総督ポンテオ・ピラトのもとに連れて行かれた、ということが書かれています。

ここからキリストはこのピラトを通して、正式にローマから死刑の宣告をされ、十字架へと上げられていくことになります。キリストが十字架こそが、この世にもたらされた救いの夜明けであった、ということが象徴的に描かれているのです。

さて、まずローマ総督ポンテオ・ピラトについて解説を加えておきたいと思います。ピラトは紀元26年から36年までユダヤの総督であった人です。ユダヤ人の歴史家による記録では、強欲で殺人者であり人間味をもちあわせていなかった人として書かれています。

この「総督官邸」という言葉は、もともとは司令官が戦場で指令を出す幕屋のことを意味しています。ここではローマ総督が寝泊まりしている建物として使われています。司令部、とか司令所のような意味の言葉です。

ユダヤを監督するローマ総督は、普段はエルサレムよりもはるか北にあるカエサリアという港町に駐屯していました。しかし、ユダヤの大きな祭りがある際には、エルサレムに駐屯することになっていました。ユダヤ人の愛国心が高まり、気分が高揚する祭りの時期には、ローマ総督自らがエルサレムで目を光らせておく必要があったからです。

主イエスが総督官邸に連れてこられた時間は、当時のユダヤの時間の区切り方で言えば午前3時から6時の早朝ということになります。エルサレムに滞在していた当時のローマ総督ポンテオ・ピラトは、「こんな朝早くに何事か」、と驚いたでしょう。

主イエスを逮捕したユダヤの人々は、ローマ総督官邸には入ろうとしませんでした。相手の身分が高かったので遠慮して入らなかったのではありません。「けがれないで過ぎ越しの食事をするため」だったと書かれています。ユダヤ人は、異邦人・外国人との接触を「穢れ」とみなしていました。そのため、ユダヤの人たちは、異邦人の家に入るようなことはしなかったのです。

過ぎ越しの食事に加わって祭りに参加するためには、異邦人との物理的な接触を避けなければなりませんでした。非常に厳格に自分たちの律法理解を実践していたのです。

異邦人の立場からすれば腹立たしいユダヤ人の律法の考えであったでしょうが、ピラトはユダヤ地方に派遣されたローマ総督として、ユダヤ人たちの宗教観を知っていたので、自ら外に出て行き人々に対応しました。

私たちはこの朝のユダヤ人たちの姿に皮肉を見ます。彼らは、神の救いを記念するための祭りを控えて、自分たちを清く保とうとしていました。しかし今、ユダヤの宗教指導者たちは、世の全ての人の罪のため・自分たちの罪のために身代わりとなって死んでくださる神の子羊を殺そうと、異邦人に引き渡そうとしているのです。

大祭司カイアファは、「一人の人間の犠牲で、ほかの多くの人たちが助かるのならいいではないか」、と言いました。確かにそうでしょう。犠牲は少ない方がいい。誰かの小さな犠牲によって、多くの人が救われた方がいい、という考え方もできるでしょう。

しかし、その「一人」が、神の子だとしたらどうでしょうか。聖書を、律法をよく知っていたユダヤの指導者たちは、自分たちの目の前にまで来てくださった神ご自身に気づいていないのです。その「犠牲にすべき1人」「身代わりにすべき1人」として、神の子・キリストを選び、ローマ総督に引き渡そうとしている、という皮肉に気づいていないのです。

彼らは、過越祭の中で、自分たちの先祖をエジプトから救い出してくださった神の救いの御業を記念するために、生贄の子羊の肉を食べます。そのために、清くあろう、異邦人との接触はしないでおこうと、そちらには気が回りました。しかし、自分たちがこれから殺そうとしているのは、世の罪を取り除く、神の子羊であることに気づかなかったのです。

さて、私たちは彼らのことを、簡単に非難できるでしょうか。「なぜこんなこともわからなかったのか」と本当に言えるでしょうか。あの時、誰一人イエス・キリストこそ神の子である、と声をあげる人はいませんでした。誰も気づかなかった、誰もわからなかったのです。弟子たちですら、沈黙していました。キリストから離れ、「私はイエスの弟子ではない」と逃げていました。

一体誰が、この時の過越祭の本質を誰が正しく見据えていられたでしょうか。ポンテオ・ピラトはもちろん、ユダヤ人でさえ、宗教指導者でさえ、弟子達でさえ、今、救い主・キリストが十字架に上げられようとしているということがわかっていなかったのです。

この時起こっていることを全てご存じだったのは、イエス・キリストご自身と、父なる神でした。

使徒パウロは手紙の中でこう書いています。

「罪と何のかかわりもない方を神は私たちのために罪となさいました。私たちはその方によって神の義を得ることができたのです」2コリ5:31

このパウロの一言の重みを、私たちはどれだけ実感しているでしょうか。キリストの十字架の痛みは、過去のものではないのです。キリストを知ろうとしない人たちが多い中で、私たちはどれだけ、キリストに向かうことができているでしょうか。キリストに興味がない人、知ろうとしない人も多くいるでしょう。「それはその人たちの問題であって、自分には関係ない」、と言い切れるでしょうか。

もし、自分はキリストを信じない人たちとは関係ない、というのであれば、その人たちの許し・招きのために命をかけられたキリストとも関係ない、ということになるのではないでしょうか。

パウロは同じ手紙の中でこうも書いています。

「信仰をもって生きているかどうか自分を反省し、自分を吟味しなさい。あなたがたは自分自身のことがわからないのですか。イエス・キリストがあなた方の内におられることが」

少なくとも、この世の闇に向かってキリストの光を証しする信仰の歩みを続けなければ、キリストに従うということにはならないでしょう。私たちは、キリストが逮捕されたあの時には生きていなかったので、どうすることもできません。しかし、今の自分はどうか、そのことを省みたいと思うのです。キリストは私たちの内にいてくださいます。そして、キリストをまだ知らない人たちの内にも、向かっていらっしゃるのです。

さて、私たちはここで、またヨハネ福音書独特の場面の描き方を見ることができます。大祭司の屋敷の内側にいらっしゃったキリストと、外にいたペトロを交互に描いたように、総督官邸内でのやりとりと、外でのやりとりを交互に描きます。

総督官邸の中でキリストとピラトが語り、そして官邸の外で待つ人々に、ピラトが「この者には罪を見いだせない」と伝える、これの繰り返しです。ローマ帝国の権力を持った総督ピラトが、小間使いのように主イエスとユダヤ人たちとの間を行ったり来たりする様が見ます。

このイエスという人には何の罪も見いだせないのに、ユダヤの指導者たちがイエスを殺すことを望んで興奮しているのです。官邸内で静かに冷静に話されるイエス・キリストと、官邸の外で興奮して「イエスを殺せ」と叫ぶユダヤ人たちの姿を対比してみることができます。

この場面をきちんと読むと、イエス・キリストは正しく裁きにかけられていません。正しい裁判の手順が踏まれていないのです。こんな時間に、ローマ総督のもとに一人の罪人を「死刑にしてください」と連れて行くことは非常識でした。それに、ピラトが「この者は無実だ」と言っても、外で待っていたユダヤ人たちは聞き入れないのです。正義が貫かれていないのです。

しかしこの混乱の水面下では、神の救いの計画が確かに進んでいる、ということを私たちは見ます。

この場面は「イエスがどんな悪いことをしたのか」ということから、「イエスの権威はなにか。イエスは王なのか」ということに主題が変っていきます。

建物の中でのイエス・キリストは非常に冷静です。それに対して建物の外では混乱に満ちた人間の声が満ちています。ピラトはどうやってもこのイエスという人に罪を見出すことはできませんでした。

神の救いは、このような人間の混乱、自らが神の正しさを持っているという思い込みを通して、神の子の十字架という最も理解しがたい仕方で実現していきました。私たちは、この総督官邸でのやりとりを通して、世の罪の愚かさ、神の救いの不思議を見せられるのです。

12月28日の礼拝説教

ヨハネ福音書18:19~27②

キリストが世にお生まれになった喜びと共に、キリストの誕生は十字架による世の罪の許しに向かうものであった、ということを覚えたいと思います。

一度読んで、礼拝の中で話を聞いた場面ですが、もう一度、今日は特にペトロに目を向けて読みたいと思います。

ヨハネ福音書は、尋問されるイエス・キリストと、大祭司の屋敷の中庭にいるペトロの姿を交互に描いて、私たちにその成り行きの緊張感を描き出しています。今日の場面は、大祭司アンナスの家へと連行されたイエス・キリストのお姿です。

キリストはアンナスからご自分の弟子のことや、ご自分が伝えてこられた教えについて尋ねられました。しかしキリストはご自分の弟子については何もおっしゃいませんでした。

それと同じ時、外ではペトロが「私はイエスの弟子ではない」と否定していました。おそらく、ペトロだけでなくほかの弟子たちも、「私はイエスの弟子ではない」と公に言い表すことがなくても、自分とイエスは無関係であるかのように振舞っていたでしょう。

それでも、キリストはご自分の弟子たちのことを守ろうとされています。キリストは弟子たちについて何かお答えになることはありませんでした。しかしご自分の教えについては何も隠されませんでした。

キリストはこれまで何も隠すことなくエルサレムで公に福音宣教を続けてこられました。これまで祭司も、律法学者も、ファリサイ派もサドカイ派も、エルサレムのたくさんの人たちが、実際に主イエスの教えに触れてきました。

エルサレムの多くの人はナザレのイエスが何を語ったのかを知っていたのです。アンナスだって、本当は伝え聞いて、その内容は知っていたでしょう。主イエスはアンナスに、「私が何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい」とおっしゃいました。

確かに、被告であるイエスに聞くよりもそちらの方が中立に証言を集めることができ、正しい裁きを行うことができるでしょう。しかし、もしも民衆を集めて、イエスの教えが正しい教えで、イエスの正しさが多くの人たちによって立証されてしまうと、今度は逆にアンナスの方が立場的に不利になってしまいます。

主イエスとアンナスのやりとりを聞いていた下役たちは、主イエスの顔を打ちました。「大祭司に向かってそんな口のきき方があるか」と起こったのです。それでも主イエスはご自分の姿勢を変えられることはありませんでした。

「何か悪いことを私が行ったのなら、その悪いところを証明しなさい」

アンナスはもうそれ以上主イエスを追求することをしませんでした。そのまま、主イエスを縛ったままカイアファの元に送りました。この生意気な危険人物を、自分の甥であり大祭司であるカイアファ任せればいい、と思ったのでしょう。これで、アンナスとキリストとのやり取りは終わっています。

さて、福音書はまたここで場面を転換して、ペトロに目を向けます。ペトロはまだ同じところにいました。「先生はどうなっただろうか」、という思いと、「なんとかばれないように先生の近くにいよう」、という思いをもって、炭火の前に立って暖を取っていました。

一番弟子であるペトロが、イエス・キリストを三度否定したということは有名な話です。そのことからペトロは結局忠誠心の低い、人よりも弱い人のような印象を持たれがちではないでしょうか。

しかし、ほかの弟子たちが逃げ去っても、自分だけは何とか先生の近いところにいようと、大祭司の屋敷の中庭まで入り込むということは、とても勇気が要ったことだったはずです。主イエスを守ろうとして剣をもって兵士に立ち向かったり、なんとか主イエスの近くにいようと大祭司の屋敷までついてきたりしていたのです。

実際、18:15には「シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った」と書かれています。ペトロは、忠誠心が弱く、勇気がなかった人ではありません。むしろ逆でした。ここまで主イエスについてきた、ということだけでも、命がけのことなのです。彼は、「従った人」なのです。

以前、主イエスの後に従っていた人たちが「あなたの教えがよくわからない」、と離れ去った時、主イエスは弟子たちにお尋ねになりました。

「あなた方も私を離れていきたいか」

その時のことを、聖書はこう書いています。

「シモン・ペトロが答えた。『主よ、私たちは誰のところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉をもっておられます。あなたこそ神の聖者であると、私たちは信じ、また知っています』」

同じように、最後の夜の食事の席では、主イエスが自分の足を洗おうとするのをやめていただこうとしました。「あなたが私の足を洗うのですか」。それでも主イエスが弟子たちの足を洗おうとされるので、ペトロは意気込んで「足だけでなく体全部をお願いします」と言いました。

これらのペトロの言葉を見返すと、ペトロは常にイエス・キリストへの強い思いを持っていたこと、大好きだったことがわかります。

しかし、ここからペトロは少しずつ崩れていくことになります。何が何でも、少しでもキリストの近くにいようとするために、ここでペトロは小さな嘘をつきました。門番の女中から「あの人の弟子の一人じゃありませんか」と聞かれ、小さな声で「違う」と答えました。質問をしてきた女中1人だけに聞こえる、小さな声でした。

ペトロには罪悪感はなかったでしょう。主イエスに従い続けるため、大切なことを成し遂げるための、小さな嘘です。先生に従うための方便です。1人の、名もない門番の女中をそうやって簡単に躱しただけでした。

しかし、この小さな嘘が周りに波紋を広げたのです。キリストがアンナスから尋問され、下役たちから顔を殴られている時、ペトロは否定の言葉を重ねることになってしまいます。

ペトロの周りにはつい先ほど主イエスを逮捕し、自分自身も剣をもって戦った相手である大祭司の僕や下役たちがいました。

門番の女中とペトロのやり取りが周りの人たちにも聞こえていたのでしょう。放っておけず、周りにいた大祭司の僕や下役の人たちはペトロに「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と改めて尋ねました。

元の言葉を見ると、これは、否定を期待する尋ね方です。「まさかとは思うが、あの男の弟子の1人ではないよな」というような言い方です。「もちろん違う」という答えを想定した質問です。ペトロの周りにいた人たちは、質問しながらも、ペトロが主イエスの弟子だとは思いませんでした。ここではただ、確認しているだけです。

さっきは1人の人に聞かれて、小さな声で「違う」というだけでよかったのです。しかし今回は周りにいた人たちから「どうなのか」と尋ねられたので、はっきりと大きな声で、その場にいる人たち全員に聞こえる声で、「違う」と言わなくてはならなくなりました。

ペトロは後戻りできなくなりました。そして、はっきりと大きな声で「違う、私はイエスの弟子ではない」と言いました。

そこで終わりではありませんでした。ペトロにとって、運の悪いことに、そこにはペトロが耳を切り落とした兵士マルコスの親戚がいたのです。ペトロはつい先ほど、マルコスの耳を切り落としたばかりですので、中には、その顔を覚えている人がいてもおかしくありません。しかも、その人はマルコスの親戚なのですから、より鮮明にパウロの顔を覚えていたでしょう。

その人が今度は確信を持ってペトロの顔を認識しました。

「お前は確かにあの場にいた。私の親戚のマルコスの耳を切り落としたのは、イエスの弟子であったお前だ。そうだろう」と詰め寄ってきました。

これは、最初の二回と違って強い口調の質問の仕方です。最初の二回は、「まさかそうではないですよね」と、否定を期待する質問の仕方でした。しかし、この三回目の質問は、「間違いなくお前、そうだろう」という、肯定を期待する聞き方です。

ペトロは逃げ場を失いました。勇気を持って最後まで主イエスに従おうとしたからこそここまで来たのです。しかしそのために窮地に陥りました。ペトロはもう、キリストに従うために、一時しのぎに「違う」とかわすことはできなくなりました。そこにいる全員を納得させるために全力でイエス・キリストの弟子であることを公に否定しなければならなくなったのです。ペトロは再び、自分が主イエスの弟子であることを打ち消しました。

ペトロが三度目に自分がイエスの弟子であることを否定した時、にわとりが鳴きました。聖書は、この時のペトロに対して、何も評価を下していません。「ペトロは不信仰だった」とか、「ペトロは頑張ったがだめだった」とか、そんなことは何も書いていません。他の福音書はここで ペトロがイエスに言われたことを思い出して泣いたことを書いたりしていますが、ヨハネ福音書は淡々と場面を描くことを終えています。

ただ、こう書いています。「すると、鶏が鳴いた」。ヨハネ福音書は、実は、この一行に力を込めています。ペトロの心情よりも、鶏が鳴いて夜が明けた、ということに焦点を当てて伝えています。

「鶏が鳴いた」とはどういうことでしょうか。夜が終わった、と言うことです。暗闇の時間が終わったということです。イスカリオテのユダが明かりを持ってキリストを裏切った夜、弟子たちがキリストから離れた夜、ペトロがキリストの弟子であることを否定した夜・・・この世の無理解を凝縮したような、世の罪を全て象徴しているような「夜」が明けた、ということです。 Continue reading

12月21日の礼拝説教

 イザヤ書8:5~10

マタイ福音書のはじめに、ヨセフという人の夢に天使が現れいいなずけのマリアが男の子を生む、ということを伝えたことが書かれています。

「その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」

そしてマタイ福音書は、その夢の意味を、こう記しています。

「このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」

「インマヌエル」、という言葉ほど、聖書の信仰を言い表している言葉はないでしょう。神が私たちと共にいてくださる・・・聖書はただそのことを伝えるために書かれました。

イスラエルは国の滅びや偶像礼拝の危機、外国の支配の中で希望を捨てず、自分たちの歴史、そして預言者たちの言葉を記録し、命がけで後世に聖書の言葉を通してインマヌエルの真理を伝え続けてきたのです。

そして今、私たちのもとにまで、インマヌエルという言葉が届けられています。

聖書の中で、時代的に初めて「インマヌエル」という言葉をつかったのは、預言者イザヤです。私たちが今日読んだイザヤ書の8章で、イザヤは「インマヌエル」という言葉をつかっています。

彼は「神我らとともに在り」という意味のインマヌエルという言葉を、誰かを示す言葉として用いています。

「その広げた翼は、インマヌエルよ、あなたの国土を覆い尽くす」

イザヤは誰かに向かって「インマヌエルよ」と呼び掛け、「あなた」と呼び掛けているのです。

私たちは今日、考えたいと思います。インマヌエル、神が共にいてくださる、とはどういうことなのか。「神が共にいてくださる」、と聞くと確かに、心強い思いがするし、喜びを感じます。その喜びも簡単に忘れてしまったり、薄れてしまったりします。我々信仰者にとって、この世の誘惑に囲まれて、まずは自分に目が向く日常の中で、インマヌエルという言葉に常に新鮮な喜びを覚えていることは簡単なことではありません。

日常の忙しさの中で、特に、試練の中にある時、私たちはインマヌエルという言葉にすがろうとしながらも、少なからず、疑いを抱き、静かに祈るひと時を持つことが少なくなってしまうのではないでしょうか。

キリストの御降誕を覚えるこの礼拝の中で、私たちはその喜びを深く探り、心に刻み付けて行きたいと思います。

預言者イザヤは、BC740に神に預言者として召され、それから約40年間神の言葉を伝え続けた人です。イスラエルが南北に分裂していた時代です。北イスラエル王国と、南ユダ王国に分裂していました。イザヤは南王国で預言者として働きました。

そしてそれは、イスラエルの北西にあった強大なアッシリア帝国の脅威におびえていた時代でしたこの8章の背景には、南ユダ王国の危機がありました。アッシリア帝国がその勢力を広げる中で、小さな国々は、生き残りをかけて反アッシリア同盟を作りつつありました。南ユダ王国も、隣国の北イスラエル王国と、アラムから反アッシリア同盟に加わるよう誘われていました。誘われていた、というよりも、脅されていたのです。「反アッシリア同盟に加わらないと、武力で攻め入るぞ」と武力で威嚇されていたのです。

隣国が武力で威嚇してくる中、ユダ王国は国中が騒ぎ立ちました。ユダ王国の王であったアハズは、あろうことか、アッシリアに助けを求めようとしていました。アッシリアに助けを求めるということは、アッシリアの支配に入る、ということであり、それはつまりアッシリアの神の支配に入る、ということを意味していました。イスラエルの神を捨て、アッシリアの神を自分たちの神とする、ということです。アハズ王は、そうすることでしか、小さなユダ王国は生き残ることはできないと考えたのです。

そういう中で、イザヤは預言者としてユダ王国の王、アハズのもとに遣わされました。イザヤは伝えます。

「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」

隣接する国々が同盟してこの国を脅かしている。しかし、神は「静かにしていなさい」、とアハズ王におっしゃるのです。

「落ち着いていなさい。静かにしていなさい。恐れることはない・・・心を弱くしてはならない・・・彼らの計画は実現しない」

しかし、アハズ王は静かになどしていられませんでした。目の前にアラムと北イスラエル王国の連合軍が、反アッシリア同盟に加わるよう脅しをかけてきているのです。しかし小さな国々がどんなに集まろうとも、巨大なアッシリア帝国に対抗できるはずがないのです。

ユダの王として、どうすればいいか。アッシリアに降って、アッシリアに守ってもらうしかない、そうやって生き残るしかない、アッシリアの神を拝むことになっても、滅ぼされるよりもいいではないか、と思っていました。

恐れ、焦るアハズ王に、神はイザヤを通して「主なるあなたの神にしるしを求めよ」とまで言ってくださいました。それでも、アハズは「私は主を試すようなことはしない」と、自分がまるで信仰深い者であるかのように、神に頼ることを拒絶します。一刻も早くアッシリアに助けを求めて助かろう、ともがくのです。

こうやって静かに聖書を読むと、アハズ王の不信仰の方に目が行きます。しかし、もし自分がこの時のアハズ王だったとしたらどうでしょうか。ユダ王国は小さく弱い国でした。自分が一国の王として、他国からの侵略にどう備えるでしょうか。預言者から「静かにしていなさい」と言われても、何か手を打って国を、国民を守らなければならない立場にあるのです。

この後アハズは、エルサレム神殿の財宝をアッシリアの王に送り、アッシリアの神の祭壇の見取り図と作り方の説明書を祭司に送り、エルサレムの中にアッシリアの女神像を作ることになります。

神はアハズの決断をお怒りになり、そして悲しまれました。神が預言者イザヤの口を通して「インマヌエル」という言葉を世にお示しになったのは、その時でした。

私たちが今日読んだ8章で、神がイザヤを通して、ユダ王国がアッシリアに攻めこまれる日が来ることを示されたことが書かれています。アッシリアは、ユダ王国を助けてくれなどしないのです。ユダ王国を脅しているアラムと北イスラエル王国を滅ぼし、結局その勢いでユダ王国まで攻め入ってくることになります。

6節「この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒んだ」とあります。「シロアの水」とは、エルサレム神殿のある丘から流れる水のことです。それは、イスラエルの命の象徴でした。「シロアの水を拒んだ」ということは、神による救いを拒んだ、ということ。神に生かされるのを拒んだ、ということでした。

7節「それゆえ、見よ、主は大河の激流を彼らの上に襲い掛からせようとしておられる。すなわち、アッシリアの王とその全ての栄光を」

大河の激流とは、ユーフラテス川のこと、つまり、アッシリアの侵略を表しています。その激流・アッシリアの侵略は、ユダ王国にまで及び、アッシリアに救いを求めたユダ王国の国土が蹂躙されるということです。

8節の最後で、イザヤは言います。

「その広げた翼は、インマヌエルよ、あなたの国土を覆い尽くす。」

ここで、「インマヌエル」という存在への呼びかけがあります。このインマヌエルという存在について、イザヤは何も解説していません。一体誰のことなのか、よくわかりません。「あなたの国土」とあるので、ユダ王国を支配する誰か、というようなことは推測できますが、それ以上のことは分りません。

インマヌエルの国土がアッシリアによって攻め入られる、というのであれば、もうインマヌエルと呼ばれるその人も滅ぼされてしまうのでしょうか。そうではないようです。このあと、9節以降、イザヤの口調ががらりと変わっています。

9~10節「諸国の民よ、連合せよ。だがおののけ。遠い国々よ、共に耳を傾けよ。武装せよ、だがおののけ。武装せよ、だがおののけ。戦略を練るが良い、だが挫折する。決定するがよい。だが実現することはない。神がわれらと共におられるのだから」 Continue reading

12月7日の礼拝説教

 ヨハネ福音書18:19~27

ヨハネ福音書には、いわゆる「クリスマス物語」がありません。天使がヨセフ、マリアそれぞれにキリストの誕生を告知して、この夫婦の間にイエスという名前の赤ちゃんが生まれる、という出来事は描かれていません。

ヨハネ福音書では、世にお生まれになった神が、世に受け入れられなかった、ということが序文で言われ、創造のはじめよりも前からあった神の子が十字架へと上げられていく様子が描かれていくのです。

今日私たちが読んだのは、まさに「世は言を理解しなかった」という序文の実現です。逮捕されたイエス・キリストがまず連れて行かれたのは、現職の大祭司カイアファの舅であったアンナスのもとでした。アンナスは、カイアファの前の大祭司です。

アンナスは、大祭司の職がカイアファに代替わりしても、裏でカイアファ以上の権力を握っていたようです。最高法院の下役たちは、そのことをわきまえて居ました。カイアファではなく、まずアンナスのもとに連れて行った、ということがそのことを物語っています。

私たちはここで、キリストが逮捕された後のヨハネ福音書の描き方に注目したいと思います。キリストと、弟子のペトロの姿を交互に描いていくのです。

13:18で主イエスは、「私は、どのような人々を選び出したのかわかっている」とおっしゃいました。そしてペトロに対しては直接こうおっしゃいました。「私のために命を捨てるというのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでにあなたは三度私のことを知らないと言うだろう」。キリストはペトロがこの夜どのように振舞うかを前もってご存じでした。

ヨハネ福音書は、イエス・キリストがアンナスに対して毅然と弁明なさるお姿と、不安に駆られたペトロが主イエスのことを知らない・自分はイエスの弟子ではない、と否定を重ねてしまう姿を交互に描き、この夜のそれぞれの対照的な信仰の姿を臨場感豊かに描くのです。

ヨハネ福音書の、キリスト逮捕の夜の描き方は、マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書と随分違っています。最後の晩餐やゲツセマネの祈りの場面はありません。その焦点・強調点はイエス・キリストの十字架への歩みであり、屋敷の中にいるイエス・キリストと、外にいるペトロとの比較にあります。キリストが胸を張り、毅然と救いの十字架へと自ら歩んでいかれるお姿と、自分だけは助かろうとそのキリストを否定するペトロの対照的な姿は対照的です。

もっと言えば、良い羊飼いとして羊のために命を投げ出すキリストのお姿と、羊飼いから離れ逃げ去ってしまった羊の対照的な姿を描いているのです。私のために命を投げ出そうとしてくださるキリストと、そのキリストを知らない、と言ってしまう私たちの弱さを、福音書は私たち読者に突き付けています。

イエス・キリストはこの後、アンナスからカイアファ、カイアファからポンテオ・ピラトのもとへとたらいまわしにされることになります。このアンナスからの尋問は、公の裁判ではありませんが、ヨハネ福音書に記されているユダヤの権威からの尋問は、ここだけです。今日私たちが読んだキリストの言葉が、ユダヤ人に対するイエス・キリストへの弁明となっているのです。

アンナスは、二つのことについて主イエスに尋ねました。主イエスの弟子たちについてと、主イエスの教えについてです。

イエス・キリストの福音宣教を通して、ユダヤの人たちの中から、イエスに従おうとする人が多く起こされました。このことは、アンナス、またユダヤの指導者たちにとって、不安の種でした。

そうやって、公の秩序が、ナザレのイエスによって乱されることに、そして何より、自分たちの支配の秩序が崩されていく、ということに危機感を抱きました。それは、自分の支配力の低下、権威の低下ということにつながります。公の秩序が乱れれば、ユダヤはローマからの締め付けが強くなります。

アンナスは、ナザレのイエスの教えが、真のものかどうかを知ろうとしました。真の神から人々を引き離そうとする偽預言者は、処刑されなければならない、と申命記13:1以下の律法に記されています。

主イエスは、一つ目の質問、「ご自分の弟子たちについて」は、何もお答えになっていません。良い羊飼いとしてご自分の羊である弟子たちを守ろうとなさったのでしょう。

しかし、ご自分の教えについては、はっきりとおっしゃいました。「私は世に向かって公然と話した。私はいつもユダヤ人がみんな集まる会堂や神殿の境内で教えた。秘かに話したことは何もない。なぜ私を尋問するのか。私が何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々が私の話したことを知っている」

確かに、イエス・キリストは福音宣教の中で、全てを公に語ってこられました。アンナスをはじめ、ユダヤ人指導者たちも皆、その内容を知っていたはずです。キリストの福音宣教を振り返ると、キリストが何かの奇跡を行われるたびに、何かをお教えになるたびに、ユダヤ人やユダヤ人指導者たちとの議論になりました。まるで公開裁判のような様子でした。

安息日に、病気で横たわっていた人を癒された時には、「それは正しいことか」とユダヤ人たちから責められました。それに対して、主イエスは父なる神や、律法とモーセをご自分と引き合いに出しながらご自分を証しされました。

仮庵祭では、主イエスの教えを聞いた人たちが驚きました。「この人は、学問をしたわけでもないのに、どうして聖書をこんなによく知っているのだろう」。それに対して主イエスは、「私の教えは、自分の教えではなく、私をお遣わしになった方の教えである」と、ご自分が何者であるかを示されました。

姦淫の女性が主イエスのもとに連れてこられ、律法に従って石内の刑に処すべきかどうか、と試された時、「罪のない者からこの女性に石を投げなさい」とおっしゃいました。そして年長者から順にその場から去っていったあと、「私はあなたを罪に定めない」と神の許しの宣言をなさいました。

ナザレのイエスは神のもとから来たのか、悪魔のもとから来たのか、ということも人々のうわさになったりしました。

主イエスが目の見えない人を癒された時には、癒された本人と両親が取り調べを受け、結局癒された人は、会堂から追放されてしまいます。

そして、ラザロを復活させて人々が皆驚いたことで、大祭司カイアファは、「このものはユダヤに混乱をもたらしている。そのせいでローマによってユダヤが攻められるよりも、このもの1人が死んだ方が良い」と言いました。

ユダヤの指導者たちは、既に、主イエスの教えをよく知っていたのです。そしてイエス・キリストが行われた癒しの奇跡や、神の国の教えの信ぴょう性に関わらず、もう既に有罪の判決を下していたのです。

ヨハネ福音書は、逮捕されたキリストの描き方がほかの福音書とは違う、ということをお話しました。ほかの福音書とは強調点が違うからです。ほかの福音書では、イエス・キリストは十字架に至るまで、沈黙を貫かれています。屠り場に連れて行かれる子羊のように、沈黙なさるキリストのお姿が描かれています。

しかしヨハネ福音書は、毅然とご自分の身の潔白を主張されるキリストを描いています。ヨハネ福音書を読んだキリスト者たちは、この福音書が書かれた時代の教会の姿をここに見たでしょう。

私たちもヨハネ福音書のこのキリストのお姿に、教会の姿を重ねて見ます。この世の中で、キリストがアンナスから尋問されたように、私たちも尋ねられるのです。

「あなたたちが言っていることは本当か。あなたたちのキリスト証言は本当か。神が我々と共にいてくださっているというのは、本当か」

そう尋ねられた際、私たちは、胸を張りたいと思うのです。この時のキリストのように。その先に、痛みと恥があったとしても、それは「生みの苦しみ」として私たちの信仰の喜びへと変えられていくのです。

ペトロは、のちに手紙の中でこう記しています。1ペトロ4:12

「愛する人たち、あなた方を試みるために身に降りかかる火のような試練を、何か思いがけないことが生じたかのように驚き怪しんではなりません。むしろキリストの苦しみに与れば与るほど喜びなさい・・・あなたがたはキリストの名のために非難されるのなら幸いです・・・キリスト者として苦しみを受けるのなら決して恥じてはなりません」

あの夜、大祭司の中庭で自分はイエスの弟子ではない、そんな人は知らない、と言ったペトロが、「キリストの苦しみにあずかればあずかるほど喜びなさい」と教会の人たちに励ましの言葉を書いているのです。ペトロは確かに変えられています。

使徒言行録を見ると、ペトロが復活のキリストを証しする様子も記録されています。大祭司から尋問された時、あの夜、キリストがアンナスから尋問されたように、ペトロは大祭司と向き合うことになりました。

大祭司はペトロに言いました。「お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている」

ペトロはナザレのイエスのことをエルサレムで語るな、と釘を刺されました。しかしペトロは毅然としてこう言いました。

「人間に従うよりも神に従わなくてはなりません。私たちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を許すために、この方を導き手とし、救い主としてご自分の右に挙げられました」5:28以下

ペトロをはじめ、あの夜イエス・キリストのもとから離れた弟子たちは、もう一度復活のキリストによって召し出され、聖霊を受け、キリストがそうなさったように、この世からの逆風を受けながら福音宣教を続けました。キリストの十字架と復活を通して、自分たちの死に勝る力を見たからです。 Continue reading

11月30日の礼拝説教

 ヨハネ福音書18:10~18

今日からアドベントに入ります。救い主の到来が預言され、その到来が本当に実現したという喜びと、私たちの今が、キリストが再び世に来られる再臨の到来を待つ時であるということをこの礼拝の中で覚えたいと思います。

何より、その救い主、キリストは、世の罪を背負って私たち一人ひとりのために死ぬために来てくださった方であったということを改めて心に刻みたいと思います。

今日私たちが読んだのは、イエス・キリスト逮捕の場面です。ヨハネ福音書ははっきりと明確な場所を書いていませんが、キリストは弟子たちを引き連れて行かれたのは、オリーブ山のゲツセマネの園だったでしょう。

そこに、イスカリオテのユダによって手引きされたローマ兵たちと、大祭司とファリサイ派の下役であるユダヤ人の神殿警備兵がやってきました。ローマの千人隊長がいた、ということですので、イエス・キリストと弟子たち12人に対して、数百人規模の兵士たちがやってきた、ということです。

そこで兵士たちは主イエスを「捕らえて縛り、連れて行った」と書かれています。キリストは縛られてしまいました。私たちはこの、縛られるキリストのお姿をどう見るでしょうか。どんなに力強く教えを説き、神の業としか思えないような癒しの奇跡を行っても、権力の力、政治の力には勝てなかった、「負けた人」として見るでしょうか。

キリストは、「自らご自分に起こることをすべて知っておられ、進み出られた」、と4節に書かれています。弟子たちを後ろにかばい、あなたたちが探しているのは「私だ」とおっしゃいました。「私である」とおっしゃったイエス・キリストを見て、兵士たちは後ずさりして、地に倒れました。彼らは、神の栄光をこの方の内に見たのです。そしてキリストは、「私を探しているのなら、この人々は去らせなさい」と弟子たちの解放をお求めになり、ご自分1人が、自ら兵士たちの縄をお受けになりました。

この一連のお姿を見ると、神の子イエスは決して人の支配の中で敗北したのではなく、ご自分の救いの計画を進めるために、確かにその場を完全に支配なさっていることがわかります。

キリストは、救い主・神の子でありながら、人間の手によって縛られました。神の子でありながら人間に負けたのではありません。ご自分の主導のもと、神の御計画を進めていらっしゃるのです。

表面的には、キリストが人間の支配力に負けた、と見える場面ですが、霊的な意味においては、神の救いの御業が間違いなくキリストの意志によって進められています。

そのような中で、弟子たちはどうしたでしょうか。イエス・キリストは弟子たちの足を洗われた後、弟子たちに「あなたたちは私が行くところに来ることができない」とおっしゃいました。それを聞いた一番弟子のペトロは、「命をかけてもあなたについていきます」、と言いました。ほかの弟子たちも、ペトロと同じくらい強い気持ちでいたでしょう。

しかしそのような強い気持ちで訴えるペトロに対して、主イエスは、「君は私についてくるどころか、私のことを知らないと言うことになるのだ」とおっしゃいました。ペトロも、ほかの弟子たちも、その言葉は不本意だったでしょう。先生は自分たちの思いをその程度にご覧になっているのか、と残念に思ったでしょう。

主イエスを逮捕しに来た大祭司の下役たちの一人に、ペトロは剣を抜いてとびかかりました。そしてマルコスという下役の耳を切り落としました。4つある福音書すべてに、キリストの弟子の1人が下役に剣を抜いて立ち向かったことが記録されています。ヨハネ福音書だけ、それがペトロであったことを書いています。

マルコスというのは、ヘブライ語の「王様」という言葉から来ている名前です。剣を抜いたペトロの姿は、人間の支配に立ち向かう勇気の象徴のようにみることができるかもしれません。

イエス・キリストは兵士たちに、「誰を捕らえに来たのか。誰を探しているのか」とお尋ねになり、「あなたがたが探しているのは私だ」と自ら進み出られました。その後ろから飛び出て、ペトロはキリストの盾となり、ローマ兵とユダヤの神殿警備兵に立ち向かったのです。これは、ものすごい勇気です。その場にはローマの千人隊長がいたのですから、1,000人規模の軍団を相手に立ち向かった、ということです。

しかし、キリストよりも前に出て後ろにかばい、忠義心を見せたペトロに、キリストはおっしゃいました。

「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は飲むべきではないか」

ヨハネ福音書では、ほかの福音書とは違い、「弟子たちが逃げ去った」という記述はありません。しかし、もうペトロ以外の弟子たちの姿はこの場面から消えています。弟子たちは、逃げたのです。

しかし、ヨハネ福音書の焦点は、弟子たちがキリストを置いて逃げ出した弱さに置かれていません。キリストが「私を探しているのなら、この人々は去らせなさい」と弟子たちを守られた、そのことによって、弟子たちはこの場を無事に離れることができた、そのキリストの献身に焦点を当てています。

キリストと弟子たちのつながりは確かにここで一度途切れてしまいます。しかしそれは一時の離別です。キリストが事前におっしゃったとおりです。このことさえも、神の御計画の内にあった、ということを聖書は伝えているのです。

兵士たちは主イエスをまず、アンナスのところに連れて行きました。ローマ総督でもなく、大祭司カイアファのもとでもなく、アンナスという、前の大祭司のところです。

アンナスは紀元6年から15年まで大祭司を務めた人でした。今はアンナスの甥であるカイアファが大祭司となっています。このことを考えると、当時アンナスとカイアファの一族がどれほどの権力を握っていたのか、想像できるでしょう。

アンナスは公にはもう引退した身でした。しかし、兵士たちがまずアンナスのもとに主イエスを連れて行ったということが、アンナスが陰でまだ実効支配力を握っていたことを示しています。この人は、現職の大祭司カイアファ以上の影響力をもっていたのでしょう。

主イエスがアンナスのところへと連れて行かれたとその時間、ペトロは大祭司の屋敷の中庭に入っていました。そこには、ペトロともう1人の弟子の姿がありました。この弟子の名前は、ヨハネ福音書には書かれていません。この弟子は、「イエスが愛された弟子」とだけ記されています。この弟子が大祭司の知り合いであったことから、ペトロも大祭司の屋敷の中庭に入ることができました。

さて、ここでいくつかの言葉に注目して、聖書がここで何を描き出そうとしているのかを見たいと思います。興味深い言葉の対比が見られます。「中庭」「門」という言葉に注目したいと思います。

「中庭」というのは、ここと、10章にしか出てこない言葉です。10章の初めで、キリストは、「羊の囲い」のたとえをお話されています。ご自分の支配、つまり神の恵みの支配に生きる信仰者を、羊に例えてお話なさいました。

「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかのところを乗り越えてくる者は、盗人であり、強盗である。」

キリストは「羊の囲い」という言葉をつかっていらっしゃいますが、この「囲い」というのが、ここで使われている「中庭」というのと同じ言葉なのです。

ペトロは大祭司の屋敷の中庭にいたということは、イエス・キリストという羊飼いの囲いから、大祭司という人間の支配の囲いの中に身を移してしまった、ということが暗示されているのではないでしょうか。

「門」という言葉も、さきほどの10章のたとえ話の中で使われている言葉です。

キリストは、「私は羊の門である」とおっしゃいました。「私を通って入る者は救われる。その人は門を出入りして牧草を見つける」

これまで、ペトロは、イエス・キリストという救いの「門」を通って、キリストの「囲い」の中に生きていました。しかし今、ペトロは大祭司の屋敷の中庭に入る「門」を通って、大祭司の「囲い」の中に入ってきた、ということが暗示されています。

私たちはこの中庭のペトロの姿を通して、聖書から問われるのです。

「あなたは今、誰の囲いの中に生きているのか」「あなたは今、どのような救いの中に身を置いているのか」

この中庭でのペトロのことを、誰も他人事として見ることはできないでしょう。

自分はペトロとは違う、と言い切れるでしょうか。「あなたのためなら命を捨てます」と言って、大祭司の手下に剣をもって立ち向かった、あのペトロはまさに私のようだ、と言えるでしょうか。大祭司の屋敷の中庭でおびえているペトロと私は違う、と言えるでしょうか。

なんとか主イエスの近くにいようとしてここまで来たペトロは、この中庭の門番であった女性から声をかけられました。

「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」

ペトロはすぐに「違う」と言いました。これは、元の言葉では「私はそうではない」という言葉です。 Continue reading