使徒言行禄10:34~48
「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました」(10:34)
ペトロとコルネリウスが、神によって出会わされた場面を読んでいます。この二人の出会いは、先週もお話ししたように、「ユダヤ人と異邦人の出会い」であり、「ガリラヤの漁師とローマの百人隊長の出会い」であり、当時では考えられないようなものでした。
それは、人間には作り出すことのできない、民族・社会的な地位を超えて「神が創造された出会い」と言っていいでしょう。
神はなぜこの二人を出会わせられたのでしょうか。一つの大きな真理を示されるためでした。それをここでペトロが言い表しています。
「神は人を分け隔てなさらないことが、よくわかりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです」
このペトロの言葉を読むと、「神は人を分け隔てなさる」という思いがあった、ということがわかります。当時のユダヤ人たちは「イスラエルの神は、ユダヤ人だけをご自分の民とされた。ユダヤ人でない人たち・異邦人を受け入れられることはない。神は、ユダヤ人を他の民族とは区別して特別に思ってくださっている」という思いを持っていたようです。
実際に出会った二人の様子を見ていきたいと思います。
ペトロを迎えたコルネリウスは言いました。
「よくおいでくださいました。今、私たちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです」
謙遜なコルネリウスの姿です。コルネリウスは、神の言葉を聞こうとして、今「神の前にいる」と言いました。実際彼は、ペトロの前にいます。
しかし、神の言葉を自分に伝えるペトロを前にするということは、コルネリウスにとっては「神を前にする」ということだったのです。
旧約聖書のイザヤ書に、へりくだる者への神の祝福の言葉があります。
「高く、崇められて、永遠にいまし、その名を聖と唱えられる方がこう言われる。私は、高く、聖なるところに住み、打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり、へりくだる霊の人に命を得させ、打ち砕かれた心の人に命を得させる」
まさに、コルネリウスは、「へりくだる霊の人」でした。ガリラヤの漁師であったペトロを迎えて、ローマの百人隊長であったコルネリウスがひざまずいたのです。当時の社会背景を考えると、コルネリウスの方が、はるかに強い身分にありました。ここに異邦人コルネリウスの信仰の姿勢が表れています。
コルネリウスは、自分よりも身分が低くても、相手が神の言葉を聞かせてくれる人であるならば、預言者を受け入れるように、キリストを迎え入れるように、ひざまずくのです。
そして、ペトロは、その「へりくだる霊の人」コルネリウスと、その家族や親せきの上に、聖霊が注がれるのを見ました。異邦人の上に聖霊が降るのを見たのです。
ペンテコステにはエルサレムでユダヤ人に聖霊が降りました。そして今、エルサレムの外で、異邦人の町カイサリアで、ローマ兵の上に聖霊が注がれるのを見ました。エルサレムだから、とか、ユダヤ人だから、とかいうペトロが自分で勝手に作り上げていた神の民の輪郭が今、崩されました。場所や民族を超えて、神はご自分を求める信仰者に聖霊を注がれるのです。
申命記で、モーセがイスラエルの民にこう言っています。
「あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく恐るべき神、人を偏り見ず、わいろを取ることをせず、孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。」
その人が何人で、どれぐらい社会的な身分が高いのか、などということを神はご覧になっていないのです。人を偏り見ることなく、神はお招きになっているのです。
この出会いを通して、ペトロは、「異邦人と自分との間に壁を作っていた」、ということを見せられました。
ユダヤ人と異邦人との間の壁は、教会の中でも長い間存在しました。ユダヤ人と異邦人の間に、割礼を受けている人と受けていない人の間に、社会的な地位が高い人と低い人の間に、・・・教会の中でも、「私は誰々につく」というような派閥が生まれていきました。
律法の中で、「神は人を偏り見ることはない」と言われているにも関わらず、ペトロの時代のユダヤ人たちは、ユダヤ人たちは神から特別に見られていると思い込んでしまっていたのです。このユダヤ人の意識は、後々まで教会の中に問題を残しました。キリストの使徒たちには、そのような偏見との闘いもあったのです。
パウロも、手紙の中でペトロと同じことを言っています。
「神は、人を分け隔てなさいません」
「福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシャ人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力」です。
なぜ、キリストの元に集まった人たち、教会の群れの中でそのような壁や溝が出来てしまうのでしょうか。人はなかなか「自分と自分以外の人」という思いを捨てきれないのです。
ルカ福音書の中に、「放蕩息子のたとえ」と呼ばれるたとえ話があります。家を出て放蕩の限りを尽くしてから帰って来た放蕩息子を父親が迎え入れ、その父の許しを理解できない兄が怒った、という内容のたとえ話です。
これは、実際にあった話ではなく、たとえ話です。イエス・キリストは、神がどれほど御自分の元から離れた罪びとを求めていらっしゃるか・戻って来た罪びとを喜ばれるか、ということを伝えていらっしゃいます。
しかし、普通に読むと、兄の主張の方が正しく思えるでしょう。
「なぜ弟を赦すのか」と、兄は父親を非難します。弟が家を捨てた時点で、兄と弟の間に壁が出来ました。
それは兄にとっては、なくすべきではない壁だった。
しかし、父は「弟が戻ってきたことを喜ぶべきではないか」とその壁を取り去ろうとした。
私たちがこの「弟」の方に自分の姿を重ねた時、このたとえ話を理解することが出来ます。許される価値のない罪びとを、神は愛し、許し、天の国へと招いてくださる、ということを。
このたとえの中で一番理解できないのは、放蕩息子が帰ってきたことをここまで喜ぶ父親の許しでしょう。なぜ許したのか。なぜ喜んだのか。なぜ怒らなかったのか。その許しが、あまりに深いので、私たちには理解できないのです。
「赦す」、ということには痛みが伴います。本当は、父親は怒って放蕩息子に「許さない」と言った方が楽だったはずです。息子が自分にしたことを全て許し家に受け入れる、ということは、怒りを全て自分が飲み込む、ということであり、それは痛みを伴うことでした。
イエス・キリストの十字架の痛みは、まさに、その許しの痛みでした。ご自分に向かって「イエスを十字架に上げろ」と叫ぶ人たちの代わりに、御自分が痛みを担われたのです。ご自分を侮辱する人たちを赦すために、主は十字架で苦み、死なれました。
「どうしてそんな人たちを赦すのですか」と、私たちは思うのではないでしょうか。しかし、キリストはおっしゃいます。「私の十字架、私の痛みによって、罪びとが私の元へと戻ってくる。それは喜びではないか」
私たちはどのようにして神との間にある壁を、また隣人との間にある壁を除くことが出来るのでしょうか。イエス・キリストを知ることだ。共にキリストの元に立つしかありません。 Continue reading →