3月19日の礼拝説教

創世記1:1~2:3

「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」(1:26)

聖書は神がこの世界を七日かけて創造されたことをはじめに描いています。

1日目には「光あれ」という言葉と共に、昼と夜を創造されました。二日目には大空と水とを分けられ、三日目には、水を一つの所へとお集めになり、海と地を分け、地には草木が芽生えるようにされました。

四日目には天の大空に光るものをお創りになって、昼と夜を治めるようにされ、五日目に、水に生きるものと空に生きるものをお創りになり、それらの生き物を祝福されました。

神が六日目にお創りになったのは、地の上に生きるものでした。地の獣、家畜、土を這うものをお創りになり、それをご覧になって神は「よし」とされました。六日目の創造の業はそれだけでは終わりませんでした。続けて、神は人間という存在をお創りになったのです。

私達は今日、天地創造の六日目に目を止めて、神がどのような存在として私達人間をこの世界にお創りになったのか、そして神が我々人間に何を期待して、どんな使命をお与えになっているのか、ということを見て行きたいと思います。

創世記は、24節から31節まで、神が人間という存在をどんな思いでお創りになったのか、そして人間に何を期待してお創りになったのか、という六日目の創造の様子を、ほかの被造物の創造よりも詳しく書いています。神が人間という存在を、他の被造物と区別して、特別な存在として創造された、ということがわかります。

私達は、神がどんな思い・決心をもって人間をお創りになったか、神の心の声が記されています。

26節 「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うすべてを支配させよう」

この神の声を見ると、人間がこの世界の中に造られた、というよりも、世界が人間のために造られた、ということがわかります。世界にある全てのものが人間に与えられているというのです。

神は人間が生きるための秩序を整えて「よし」とされ、そこに人間の命を造られました。神は、ただ天地をお創りになったのではありません。人間が生きるための世界をお創りになったのです。

神は、人間をお創りになる際、「我々にかたどり、我々に似せて人を造ろう」とおっしゃっています。そして27節で、「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」と、人間が神の似姿として造られたことを強調しています。

「人間は神の似姿である、」とはどういうことなのでしょうか。私達は自分について何か考える際には、そこから始めなければならないのです。この世界に今生きている自分という存在について考える際、「今、ここで生きている自分とは一体何者なのか。」という問いを持ちます。それに対して、聖書は、「あなたは神の似姿なのだ」と答えるのです。

それでは自分が神にかたどられて造られた「神の似姿」である、とはどういうことなのでしょうか。簡単に言えば、人は神からいただいていないものはない、ということです。身体も心も、全て神から与えられた聖いものであり、それは社会的な身分や民族などには関係なく、全ての人が、神の栄光を映し出す聖い器である、ということです。

古代においては、その国の王様が「神の似姿」と見られていました。王が、神の権威をもって自分の国を支配している、と考えられていたのです。

しかし、創世記で明らかになっているのは、特定の人だけでなく、この世界に生きる全ての人間が神にとって特別であり、神は全ての人に等しくそれぞれに聖い使命を託していらっしゃるということなのです。

ある人には特別に価値があり、ある人には全く価値がない、というようなことはありません。人間はそう考えたくなるでしょう。自分は誰かよりも上だ、とか優れているとかいうことに目が向いてしまいます。

しかし、創世記は、全ての人間は神の手によって造られた者であり、神の祝福を受け、それぞれが神の栄光を映し出す器としてこの世界に生かされていることを伝えているのです。

「人間が神の似姿に造られた」ということを読んで間違えてならないのは、人間がこの世界で自分が神のように振る舞ってもいい、ということではない、ということです。

この後、創世記を読んでいくと、アダムとエバが蛇の誘惑に負け、楽園を追放されることが書かれています。

「アダム」は、ヘブライ語では「人間」という言葉であり、エバは「命」という意味の言葉です。アダムとエバが楽園を失った物語は、「人間の命」が神の光から離れてしまった、という私たちの罪の現実を描き出しているのです。

これは今の私達に向けて発せられている警告の物語です。「神の似姿である人間・神に造られた人間が、創造主を忘れて自分が神になろうとすると滅びを招く」という敬称なのです。

蛇の誘惑は、「あなたはその実を食べると神のようになれる」というものでした。アダムもエバも「神の似姿・神の聖さをいただいた者」でした。神に造られた命が神になろうとしたとき、どんな破滅を迎えるのかを創世記は教えているのです。

聖書が私達のことを「神の似姿」と言っているからと、この世界で神のように振る舞っていい、ということではありません。神の栄光を映し出す器が、神になろうとしたとき、その器は耐えられなくなって壊れてしまうのです。

パウロは手紙の中でこう言っている。

「私達は神のために力を合わせて働くものであり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。・・・イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、誰もほかの土台を据えることは出来ません。・・・あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」1コリ3:9~

「『闇から光が輝き出よ』と命じられた神は、私達の心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。・・・私達はこのような宝を土の器に納めています。・・・私達は、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に現れるために。」2コリ4:7~

これらのパウロの言葉から考えると、人が「神の似姿」であるとは、私達が創造主の栄光を現わす器であり、イエス・キリストの命が現れる器である、ということがわかります。

そのことを踏まえると、私達は創世記に向き合いながら神に造られた者としてどうあるべきか、考えさせられるのではないでしょうか。他の被造物とは区別され、特別に祝福されたからと言って、思いあがって神のように振る舞うとどうなるのでしょうか。

キリスト教会が、イエス・キリストから離れ、キリスト者がまるで自分がキリストであるかのように振る舞ったらどうなるのか・・・聖書は私達に警鐘を鳴らしている。

神の救いのご計画のために用いていただく器として謙遜に自分を差し出すことこそが、神に造られた者・キリストに救われた者として一番「人間らしい」生き方なのだ。

神は、ご自分にかたどってお創りになった人間に、「生き物を全て支配せよ」とおっしゃいました。

28節  Continue reading

3月12日の礼拝説教

創世記1:1~2:3

「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」(1:2)

導入

聖書を読みながらあまり考えないかもしれませんが、聖書の言葉はいつ、どこで、誰が、何のために書いたのか、ということを踏まえることは、誤った読み方をしないために大切なことです。私たちが読んでいる聖書は、突然天から降って来たものではありません。歴史の激動の中でイスラエルが旧約聖書の言葉を残し、キリスト教会が新約聖書を残してきました。信仰の民は、聖書の言葉を「人間に与えられた神の言葉・啓示」として大切に伝えて来ました。

今私たちが読んでいる旧約聖書の言葉は、紀元6世紀、バビロン捕囚という苦しみの中において書かれ、文書として編纂されて今の形になって行ったものです。BC587、エルサレムの町、そしてエルサレム神殿は、バビロンという巨大な帝国に破壊され、滅ぼされました。イスラエルの人たちはエルサレムからバビロンへと連れて行かれ、そこで囚われて生活することになったのです。

イスラエルはそれまで何百年も偶像礼拝を続けていました。そのイスラエルに、何人もの預言者たちが「真の神から離れてはいけない。神はあなたがたがしている偶像礼拝にお怒りになっている」と警告を発し続けてきました。

バビロンに滅ぼされる直前、エルサレムでエレミヤという預言者がこう言っています。

「まことに、ユダの人々は私の目の前で悪を行った、と主は言われる。私の名によって呼ばれるこの神殿に、彼らは憎むべき物を置いてこれを汚した。彼らはベン・ヒノムの谷にトフェトの聖なる高台を築いて息子、娘を火で焼いた。このようなことを私は命じたこともなく、心に思い浮かべたこともない。・・・私はユダの町々とエルサレムの巷から、喜びの声と祝いの声、花婿の声と花嫁の声を断つ。この地は廃墟となる」エレ7:30以下

偶像礼拝というものが、私たちが考えているよりも恐ろしいものであり、人間を狂わせてしまうものであったことがわかるのではないでしょうか。イスラエルの人たちは、偶像礼拝の儀式の中で自分の子供を火で焼いて捧げたりしていた、というのです。

預言者エレミヤは、「神はそのようなことをお命じになっていない。お怒りになっている。このままではエルサレムは神によって裁かれる」と言い続けました。そして、「神は偶像礼拝を続けるイスラエルを、バビロンの軍隊を用いて裁かれるだろう。だからバビロンに降伏して、素直に神の罰を受け入れなさい」と、伝えたのです。

しかし、イスラエルの人たちは「バビロンに降伏しなさい」と言うエレミヤを売国奴とみなし、預言を受け入れませんでした。エルサレムは神の都であり、自分たちは神の民イスラエルなのだから滅びるはずがない、という根拠のない信仰をもっていたのです。

結局、預言者の言葉は聞かれず、偶像礼拝を続けていたエルサレムにバビロンが攻めて来ました。街も、神殿も徹底的に破壊されました。エルサレムの人々はバビロンへと連行され、そこで囚われの身として生きることになったのです。

私たちが今日読んだ旧約聖書の創世記の言葉は、そのような中で書かれました。創世記から列王記まで、聖書は世界の始まりからバビロン捕囚までのイスラエルの歴史を描いています。この歴史を書いたのは、国を失い、神殿を失い、バビロンへと連れて来られたイスラエルの祭司たちだと言われています。イスラエルの信仰の責任を負っていた人たちです。

彼らには自責の念があったでしょう。自分たちは、祭司としてイスラエルの民の信仰を正しく導くことができなかった・・・預言者の言葉を聞き入れることもせず、偶像礼拝を排除することもできなかった・・・自分たちで神の怒り招き、エルサレムを失い、バビロンで生きることになってしまった・・・。

イスラエルの祭司たちが、「どうして神の民イスラエルがこんなことになってしまったのか」という思いをもって、世界の始まりからバビロン捕囚までの歴史をまとめなおしたのが、この旧約聖書の言葉なのです。

創世記から列王記までを読むと、どこを切っても「私たちは神から離れた。だから滅びたのだ」という反省の教訓に満ちています。どこを読んでも、バビロンで囚われの身として生きる苦しみ、屈辱、そしてその原因となった偶像礼拝への反省が透けて見えるのです。神の裁きを受けた者の悔い改めに満ちた書なのです。

イスラエルの祭司たちは、国を失って初めて預言者エレミヤの言葉が正しかったことを悟りました。エレミヤはエルサレムの滅びを前もって預言してこう言っています。

「多くの国の人々がこの都を通りかかって、互いに訪ね、『なぜ主はこの大いなる都にこのようになさったのか』と聞くならば、『彼らがその神、主の契約を捨てて他の神々を拝み、仕えたからだ』と答えるであろう。」エレ21:8

バビロンに連れて来られたイスラエルの人たちは、信仰の危機にありました。エルサレム神殿を失って、どのように自分たちが先祖から受け継いできた神への信仰を後世に伝えていけばいいのか・・・祭司たちは、言葉を紡いでいったのです。自分たちが聞いた預言の言葉を踏まえ、語り伝えられてきた様々な信仰の物語を一つにまとめていき、それが、今の「聖書」となりました。

バビロンへと連れて行かれたイスラエルの人たちには一つの大きな問いがありました。それは、「なぜこんなことになったのか。イスラエルがバビロンに滅ぼされたのは、イスラエルの神がバビロンの神に負けたからなのだろうか」ということです。バビロンで捕囚とされたイスラエルの民は、エルサレムを失った悲しみ、バビロンで生きる苦しみの意味を求めていたのです。

聖書はその問いに答えます。世界の初めという根源にまで遡って人々に教えるのです。

「イスラエルが国を失い、バビロンで生きるようになったのは、イスラエルの神がバビロンの神に劣っていたからではない。イスラエルが天と地を創られた創造主から離れ、神に裁かれたからだ」

聖書はイスラエルの罪を、世界の初めにまで遡って教え、苦難の中での神への立ち返りを励ますのです。

先週、「初めに、神は天地を創造された」という聖書の最初の言葉で、「初め」というのは、「根源」という意味がある、と話しました。今日私たちが読んだ天地創造の場面は、全ての信仰者にとって、物事を考える上での原点・根源となるところなのです。神に対して、世界に対して、人間に対して、自分に対して疑問がわいた時、私たちは実はここに立ち返って考えて行かなければならないのです。「そもそも自分は、そして自分が生きているこの世界は神がお創りになったものである」ということから考え始めていかなければわからないのです。

バビロンで捕囚とされた人たちにとってだけでなく、時代を超えて、全ての信仰者は聖書から問われます。

「天地創造の神の前に、あなたは今どう生きているのか、どう向き合っているのか。」

実は、この天地創造を描いた創世記一章というのは、過去の歴史としてのみ書かれているのではありません。創世記は、まさに私たちの今を描き出し、今の私達に問いかけている書物なのです。

私たちは大きな問の下に立たされています。聖書に向き合うということ自体、神に向き合うということであり、自分に向き合う、ということです。そしてそれは自分の原点に立ち返るということであり、全ての根源が創造主にあることを思い出すということなのです。

紀元前6世紀にバビロン捕囚を体験したイスラエルの人たちは、この天地創造の言葉をどう読んだのでしょうか。この創世記のどこに、自分の姿を見出したでしょうか。

「初めに、神は天地を創造された」という言葉で始まっています。天地創造というのだから、天と地をお創りになった、ということはわかりますが、2節を見ると、「天」ではなく「地」の方に、焦点が当てられています。

「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」

何度読み返しても、よくわからない表現ではないでしょうか。旧約聖書はヘブライ語で書かれていますが、元のヘブライ語原典を見ると、ここは言葉が韻を踏んでいて、詩的な表現がつかわれています。聖書は、人が言葉で説明しきれないような混沌、無秩序を、詩文学の言葉遣いで、「詩的に」表現しているのです。

それはどのような混沌だったのでしょうか。「地は混沌であった」という詩的な表現を聞いて、バビロンで囚われていたイスラエルの人たちにとってすぐに理解できただろう。「これは自分たちの今だ、自分たちが置かれている闇だ」。それは形もなく、中身も空っぽな、創造主から離れた闇でした。

神を見出すことが出来ず、生きる意味も見失い、自分が見ている景色に意味を見出せないでいたバビロン捕囚民こそ、「混沌・「闇」という言葉を理解できたでしょう。

さて、私達が考えなければならないのは、聖書がここで言っている「混沌」は今どこにあるのか、ということです。BC6世紀のバビロン捕囚が終わったら、この混沌は地上からなくなった、ということでしょうか。そうではありません。私たちが生きる今でも、神から離れた闇は存在し続けてます。

創世記が始めに言っている「深淵の闇」は、どれだけまぶしく電気を使って光らせて照らすことはできるものではありません。神がお与えになる光でしか照らしだすことのできない闇です。

同じ景色を見たとしても、生きる意味をもっている人と、生きる意味を見失った人では、見え方が違います。生きる意味を見出せないでいる人にとっては、この世界がどんなに美しくても無意味で空しいものになってしまいます。

生きる根源である神を見失い、そのことで生きる意味を見失っている人がいるのであれば、創世記が言っている「混沌・闇」は、現代的な問題として今も存在しているのです。

創世記は、絶望を描いているのでしょうか。世界の無意味さを伝えているのでしょうか。そうではありません。逆です。混沌とした地、意味を失ったかのように見えるこの世界を照らす光の存在を伝えているのです。

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3月12日の礼拝案内

次週礼拝(3月12日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書: 創世記1:1~2:3

 交読文:詩編16編

 讃美歌:讃詠546番、5番、138番、263番、頌栄542番

【牧師予定】

◇3月14日(火) 富士見町教会にて 伊豆諸島伝道委員会、東支区総会

◇毎週土曜日は牧師駐在日となっています。10時~17時までおりますので、お気軽においでください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

3月5日の礼拝説教

創世記1:1~2:3

「初めに、神は天地を創造された」(1:1)

創世記の一番初めの章を読みました。イースターへと向かうレントの時、聖書のはじめに立ち返って、キリストの十字架の痛みの意味をしっかりと捉えなおしたいと思います。

有名な、天地創造の場面です。現代を生きる私たちが、ここを読んでまず思うのは、「世界は本当にこのように始まったのだろうか」ということではないでしょうか。素朴な疑問ではありますが、創世記は聖書全体の一番初めの書物なので、ここを読んで持つ疑問は、聖書全体を読む際について回ることになります。

旧約聖書の言葉は、紀元前のイスラエルの民が書き記し、伝えて来たものです。果たして、聖書は「科学的」な書物なのでしょうか。私たちはこの創世記を科学の教科書・科学の論文のように、額面通り読むべきなのでしょうか。

創世記の始まりの1~11章は特に有名な、壮大なスケールの出来事が書かれています。天地創造、人間の堕罪と楽園追放やノアの洪水、バベルの塔の出来事など・・・不思議な物語が続きます。

創世記の初めから読んでいくと、素朴な疑問が次々に湧いてくるでしょう。

「創世記を書いた人は、神が天地お創りになるのを実際に見て、書いたのだろうか。エデンの園の様子や、アダムとエバのやりとりをこんなに詳しく、どうやって知ったのだろうか」・・・そのような疑問です。

私たちがなぜそんなことを思うかというと、創世記を、単なる歴史書か、理科の教科書のように読んでしまうからです。しかし、これらの出来事を記したイスラエルの歴史家は、信仰の教訓を伝える文学作品としてこれらの不思議な物語を後世に伝えたのです。イスラエルは世代を超えて、その物語を大切に受け取り、自分たちが生きる時代の中で信仰を吟味して来たのだ。

私たちは今日天地創造の初めの部分を読んだが、創世記の第一章を読んで、字面を鵜呑みにしたり、自分の科学の知識と照らし合わせて内容をつついたりすることは間違いです。

そうではなく、自分とは何者なのか、自分が生きているこの世界にはどんな意味があるのか、という、生きる上での根源的な問に向き合うために聖書を読むのです。天地創造から始まる不思議な物語は、今聖書を読んでいる私たちに問いかけている。

「これらの物語の中に、今のあなたがいるのだ。これらの物語を通して、今あなたがどのように神に向き合っているか、顧みなさい」

1:1には、「初めに、神は天地を創造された」とあります。ここだけを読むと、何にもないところ・無から神は天と地をお創りになったと理解するでしょう。

しかし、2節を読むと、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」と続いています。神はその「混沌の闇に包まれた地」に向かって「光あれ」とおっしゃって、照らされたのです。

こうして見ると、神の「天地創造」は、「何にもないところからこの地球をお創りになった」ということではなく、秩序の崩れてしまった闇の世界に、神が光を照らし、神の秩序を整えていかれた出来事であったということがわかります。

1:1の「初めに」という言葉は、単に「時間の初め」というだけでなく「根源」という意味もあります。私たちが自分の存在、この世界の意味を考える時には、神がご自分の光の秩序の中に私たちの命をお創りになった、ということから考え始めなければならないのです。

「初めに、神は天地を創造された」という言葉は、創世記の初めの言葉であり、それはすなわち、聖書全体の初めの言葉でもあります。これから聖書を最後まで読むのであれば、「神が天地を創造された」ということが大前提となるのです。そのことなしには、聖書をいくら読んでも、本当に聖書が伝えようとしていることを受け取ることはできないでしょう。まさにこの一文こそ、自分について、この世界について考えて行くための「根源」となるのです。

聖書は創世記の初めで「神」という言葉を使っています。これは聖書の中で一番大切な言葉でしょう。

我々現代人は神について考える時、「神は存在するかどうか」ということを考えたり議論したりします。しかし、聖書はそんなことを問題にはしません。「神が存在する」ということは大前提なのだ。聖書は、「神が存在するかどうか」ではなく、この世界をお創りになった神が人間(あなた)を、どれだけ愛して追い求めていらっしゃるか、ということを伝えているのです。

「神とか、奇跡とか、そのような非科学的なことを無しにして、倫理的、道徳的な教えだけを抜き出して読むのであれば、聖書はもっと読みやすくなるのではないか」という意見もあるかもしれません。しかし、そんなことをしても意味はないのです。例えるなら、聖書は神を指さしている指です。全ての言葉が、読む私たちを神へと導こうとしているのです。

創世記は、バビロンという国に滅ぼされたイスラエルの人たちによって書かれました。真の神から離れ、偶像礼拝に走った人間がどんな破滅を迎えるか体験した語り部たちが、「私達と同じ過ちを繰り返してはならない」この聖書の言葉を紡いて構成に残したのです。だから聖書はどこを読んでも、「神がこの世界をお創りになり、自分たちがその光の秩序の中に生かされている恵みを忘れてはならない」、という教訓に満ちているのです。

聖書はまず、創世記の初め「天地創造」を描き出して我々に問いかけます。

「あなたは自分が生きているこの世界をどう捉えているか」

「あなたは自分の命の源がどこにあると考えているのか」

「あなたは神が光をもってお創りになった聖い秩序の中でどう生きているのか」

「あなたは造り主に対してどんな姿勢でいるのか」

それらは、私達が生きていく上で「根源」となる問いであり、聖書はまず私達自身の「根源」を教えてくれているのです。

創世記1:1は、神のことをただ「神」と呼んでいます。聖書を読んでいくと、神はいろんな呼び方をされています。「イスラエルの神「とか、「アブラハムの神」とか、「万軍の主」とか、いろいろです。

しかし、世界の初めにおいては、神は、ただ、この世界をお創りになった「神」という言葉で書かれています。特定の国や民族や個人の神ではなく、ただ、この世界をお創りになり、ご自分の光の下に全ての命をお創りになった「あなたの神だ」と伝えているのです。

さて、我々は今日聖書の初めの創世記を読みましたが、忘れてならないのは、聖書には終わりもある、ということです。創世記から始まってヨハネ黙示録まで、聖書は、世界の始まりから、世界の終わりまでを私たちに見せています。

神によって造られ、始まった世界は、どこへと導かれて終わるのでしょうか。世界の終わりに私たちを待っているのは何でしょうか。ヨハネ黙示録を見ればわかります。いや、黙示録だけでなく、聖書のいろんな箇所で、私たちには世の終わりに「神の裁き」が待っていることが言われています。私たちが「生きる」ということ・私達の信仰生活は、どのように神の裁きに備えるか、ということでもあるのです。

終わりの日に、私たちは神にどう向き合うでしょうか。光をもって私たちの命を造ってくださった方から、問われることになります。

「あなたは、あなたの命をどう使ったのか。あなたは私の光の中を生きたか。暗闇を求めることはなかったか。」

果たしてその時、私たちは自分の顔を上げることはできるでしょうか。

繰り返しますが、創世記1~11章まで不思議な物語が続きます。私たちは、それらの物語を通して今の自分を問われていくことになります。楽園追放、兄弟殺し、ノアの洪水、バベルの塔・・・それらを過去の出来事や、意味のない神話のように読んでしまっては、本当の意味で聖書を読んだことにはなりません。聖書は、それらの物語を通して、今この瞬間私たちが置かれている現実を伝え、問いかけているからです。

創世記が時代を超えて描き出しているのは、創造主から離れようとする人間の姿・人間の罪の現実です。

楽園で人間が最初に受けた誘惑は、「あなたは神のようになれるのだ」という声でした。被造物である人間が、「創造主と同じ位置に立てる」、と言われ、その声に従った結果、人間は崩れてしまいました。世界の根源を描いている創世記は、人間の根源を壊すものが何か、ということを描き出し、伝えているのです。

被造物は、「創造主になってみてはどうか」という誘惑の声によって滅びへと向かってしまうのです。創造主を離れた被造物はどうなるのだろうか。自分が創造主になろうとして、自分の手で偶像をつくるようになるのです。そしてその偶像の神に自分を委ね、神の光の秩序を失い、混沌の闇へと戻ってしまうことになります。 Continue reading

3月5日の礼拝案内

次週礼拝(3月5日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書: 使徒言行禄18:12~23

 交読文:詩編15編

 讃美歌:讃詠546番、4番、196番、380番、頌栄542番

【報告等】

◇次週、聖餐式があります。

【牧師予定】

◇3月14日(火) 富士見町教会にて 伊豆諸島伝道委員会、東支区総会

◇毎週土曜日は牧師駐在日となっています。10時~17時までおりますので、お気軽においでください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後 Continue reading

2月26日の礼拝説教

使徒言行禄18:1~11

「『恐れるな。語り続け世。黙っているな。私があなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、私の民が大勢いるからだ』」(18:9~10)

パウロ、シラス、テモテの三人、聖霊に導かれてアジア大陸からヨーロッパ大陸へと渡って来ました。ヨーロッパ大陸へと渡ってからここまで、3人はいくつかの町々に入り、福音宣教をしてきましたが、どの町でも滞在の期間は短いものでした。マケドニアでフィリピやベレア、そしてギリシャに入ってアテネに行きましたが、パウロたちは迫害を受けたり相手にされなかったりで、どの町にも長く滞在できませんでした。

しかしそのような中でも、全ての町で、わずかですがキリストの福音を信じる人が起こされて来ました。

パウロはアテネの次に、コリントという町にやって来ました。アテネと同じ、ギリシャの町です。迫害によって離れ離れになっていたシラスとテモテがようやくここでパウロに追いつき、三人は結局この町に1年6ヶ月滞在して福音宣教をすることになりました。いつも目まぐるしく町々を巡って福音宣教を続けたパウロたちでしたが、このコリントでは長く滞在してキリストを伝えることとなりました。

パウロたちの、コリントの町での宣教の様子を見ていきましょう。

まず、コリントという町についてです。この町は古代世界では最も大きな都市の一つでした。ローマの植民地であり、国際都市でした。人と財が集まってくる地理的条件に恵まれていました。陸と海の要衝で、人の行き来、船の行き来の中心であり、自然と商業の中心になって栄えていました。

パウロはこの町で、これまでとは違う仕方で福音宣教を始めました。職人として町に住み、働きながらキリストを語るやり方をとったのです。

パウロは、コリントの町でアキラとプリスキラというユダヤ人夫婦を訪ねました。紀元49年にローマ皇帝クラウディウスがローマからのユダヤ人追放令を出したことでローマからコリントの町に移住してきた夫婦でした。

二人はパウロと職業が同じだったので、パウロは彼らの家に住み込んで一緒に仕事をはじめました。「同じ職業」というのは、「テント造り」であった、とあります。この「テント造り」というのは、もう少し広く「革製品造り」という意味がある。パウロたちは様々な革製品を作り、販売して生計を立て、同時にその商業的な活動を通して福音を語っていきました。市場で、お店で、通行人や客を相手に会話をしながらキリストを伝え、一か所に腰を落ち着けて福音を語ることができたようです。

こうして見ると、パウロの福音宣教の仕方は、非常に柔軟だと思います。それぞれの町でどのように福音を語ればいいのか、いろんな状況に自分を合わせていっているのです。

パウロは、後にコリント教会に手紙の中でこう書いています。

「私は誰に対しても自由な者ですが、全ての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。・・・弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。全ての人に対して全てのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、私はどんなことでもします」

パウロ自身が後にそう書いているように、アジア大陸ではアジア大陸に適した仕方で、ヨーロッパ大陸に来ればそれぞれの町に適した仕方で、パウロは柔軟に福音宣教のやり方を変えていきました。福音を伝えるために、それぞれの場で自分を変えて行ったのです。

コリントではまず仕事をし、安息日にはユダヤ人の会堂に行って聖書を論じ、キリストの到来を告げました。コリントの町の会堂にはユダヤ人だけでなく、イスラエルの神を求めるギリシャ人もいた、とありますので、聖書を知っているユダヤ人には聖書を詳しく用いて、聖書をよく知らないギリシャ人には、聖書をかみ砕いて福音を伝えて行ったのでしょう。

そのようにして日々を過ごすうちに、シラスとテモテがマケドニアから追いついて来ました。するとパウロはそこで職人としての活動をやめ、み言葉を語ることに専念するようになりました。

このようにパウロは、非常に柔軟でした。コリントに来て革職人として働きながらキリストを伝え、シモンとテモテが来ると、職人としての働きをすぐに辞めて福音宣教に専念するようになったのです。

パウロは福音を語る町、福音を語る相手、福音を語る状況に合わせて、どんどん自分を変えています。「福音のためなら私はどんなことでもします」という姿勢を見ることが出来ます。

このようなパウロの姿勢を通して私達は励まされ、また慰められるのではないでしょうか。「どこに行ってもこういうことをしなければならない」という重圧を、信仰者としてどこかで感じているのではないでしょうか。しかし、重圧を感じながら自分を追い込むようなことはしなくてもいいです。自分にできることを自分がやれる仕方で、キリストに仕えて行けばいいのです。

さて、そのようにしてパウロはコリントの町でキリストの福音を語り続けましたが、時間が経つにつれてコリントのユダヤ人たちから反感を買うようになってきました。パウロが語る福音に対して、「反抗し、口汚くののしった」、と書かれています。どうやらコリントのユダヤ人のほとんどはパウロが語る福音を受け入れなかったようです。

パウロは自分が伝える福音がコリントのユダヤ人に受け入れられないと分かるとすぐに、「あなたたちの血は、あなたたちの頭に降りかかれ。私には責任がない。今後、私は異邦人の方へ行く」と言って、ユダヤ人にキリストを伝えることをやめました。「もう少し頑張って、ユダヤ人たちを説得しよう」とは考えなかったようです。

ここだけ見ると、パウロはいとも簡単にコリントの町にいたユダヤ人たちへの福音宣教の責任を放棄しているように思えるのではないでしょうか。

パウロは、福音を受け入れないユダヤ人たちに対して「服の塵を振り払った」と書かれています。これは、神の言葉を預かる預言者として「自分の責任を全て果たした」ということの表現です。

預言者の責任は、預かった神の言葉を伝える、ということでした。伝えた相手が受け入れるかどうか、ということは、相手の問題です。

旧約聖書にエゼキエルという預言者が出てきます。エゼキエルは、紀元前6世紀に預言者へと召された人です。イスラエルがバビロンに滅ぼされ、祭司であったエゼキエルも捕囚としてバビロンに連行され、バビロンで預言者へと召された。エゼキエルは、預言者として召された際、神からこう言われました。

「たとえ彼らが聞き入れようと拒もうと、あなたは私の言葉を語らなければならない」

相手が聞くか聞かないかは、預言者の責任ではない。

預言者の責任は、伝えるか伝えないか、だ。

大体、預言者が伝える神の言葉は、神からのお叱りの言葉であり、普通であれば聴きたくない言葉でした。ほとんど聞き入れてもらえないのです。それでも預言者は、神から預かった言葉は全て伝えなければなりませんでした。そして預言者が語った言葉を受け入れるかどうか、その後のことは預言を聞いた側の責任だったのです。

エゼキエルと同じ時期に預言者として活動したエレミヤも、神からこう言われた。

「主の神殿の庭に立って語れ・・・全ての者に向かって語るように、私が命じるこれらの言葉を全て語れ。一言も減らしてはならない。彼らが聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない」

神は、正しい道からはずれてしまったイスラエルに、預言者を通して正しい道に立ち帰るよう招いて来られました。パウロの時代にもそれは変わりません。神はイエス・キリストに立ち返り、全ての人が神の元にある平和の内に一つになることをお求めになったのです。キリストの使徒たちは、そのために働きました。パウロたちの使命は、神の言葉を一つも減らすことなく伝えることだった。あとは、福音を聞いたその人の問題だったのです。

今、神の言葉は、教会を通して世に伝えられています。つまり、私達が今、旧約の預言者たち、キリストの使徒たちに託された神の招きの言葉が託されている、ということです。

イエス・キリストはおっしゃっている。

「全てのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」

教会は、この聖書の言葉を、一言も減らさずに、大事に受け止め、信じ、そして伝えていきます。聖書には何が書かれているのでしょうか。一言でいうと、「神は全ての人を愛し、お求めになっている」、ということです。

キリスト教会はなぜイエス・キリストという方を伝えているのでしょうか。キリストを通して神が世にご自分の愛を示されたからです。「私が神に招かれたように、あなたも神に愛され、招かれている。イエス・キリストがその証拠です」と、を教会はキリストを指さして世に伝えるのです。

神は、正しい道を外れた人がそのまま滅んでいくことを良しとされません。だからこそ、預言者は、使徒は、教会は、神の招きの言葉を全て伝えなければならないのです。

神は預言者エレミヤにおっしゃいました。

「私が命じるこれらの言葉を全て語れ。一言も減らしてはならない。彼らが聞いて、それぞれ悪の道から立ち返るかもしれない」 Continue reading

2月26日の礼拝案内

次週礼拝(2月26日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書: 使徒言行禄18:1~11

 交読文:詩編15編

 讃美歌:讃詠546番、3番、264番、312番、頌栄542番

【牧師予定】

◇3月14日(火) 富士見町教会にて 伊豆諸島伝道委員会、東支区総会

◇毎週土曜日は牧師駐在日となっています。10時~17時までおりますので、お気軽においでください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

2月19日の礼拝説教

使徒言行禄17:22~34

「これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見出すことが出来るようにということなのです」(17:27)

ヨーロッパ大陸に入ってからのパウロの福音宣教は、迫害を受けては次の町に逃げる、ということの連続でした。

「メシアはかならず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」

「このメシアは私が伝えているイエスである」

このパウロが語る福音を聞いた一部のユダヤ人たちから迫害され、追い出されてきました。

テサロニケでも、ベレアでもそうでした。

今、パウロは一人でアテネの町へと逃げて来て、シラスとテモテが後から追いつくのを待っています。二人の仲間がアテネに来るのを待ちながら、パウロは今まで同じようにキリストの福音を語りました。

アテネの町の「いたるところに偶像があるのを見て憤慨した」パウロは、広場に行き真の神を伝えようといろんな人たちと討論しました。そこにはストア派やエピクロス派といった哲学者たちがいました。

「全てのアテネ人やそこに滞在する外国人は、何か新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていた」と聖書に書かれています。アテネの人たちはパウロが語ることに興味を覚え、パウロをアレオパゴスへと招きました。パウロは一人でアレオパゴスの丘に立ち、人々に真の神を証しすることになったのです。

今日私たちが読んだのは、その時語ったパウロの言葉です。聖書を知らない人たち・イスラエルの神を知らない人たち・イエス・キリストを知らない人たちに、パウロがどのように神を証ししたのか、見ていきたいと思います。

偶像がたくさんある町の人たちだからといって、パウロは諦めませんでした。むしろ、パウロは、アテネの人たちはそれだけ神を求めているのだ、という希望をもって福音を語っています。

パウロははじめにこう言いました。

「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなた方が信仰のあつい方であることを、私は認めます。アテネの人たちが『知られざる神』と呼んでいる神について、あなたがたが知らずに拝んでいるものをお知らせしましょう」

パウロがアテネで見た「知られざる神に」と刻まれた祭壇は、「神をこの目で見たい」という人間の思いの表れでもありました。人は自分の目に映るものに弱いのです。漠然と「神」という存在を認めて、求めてはいる、しかし、目に見える形でなければ、求めにくい・・・だから、自分たちの手で木や石などの像を作って「これが神だ」と見える形にしたがるのです。

そのことは、アテネの人たち・異邦人だけのことではありませんでした。ユダヤ人であったイエス・キリストの弟子達もそうでした。

イエス・キリストと弟子達が、エルサレムに上って来て神殿を見た時、弟子達は興奮して言いました。

「先生、ご覧ください。なんと素晴らしい石、なんと素晴らしい建物でしょう」

しかしキリストは冷めた口調で答えておっしゃいました。

「これらの大きな建物を見ているのか」

ハッとさせられる言葉ではないでしょうか。弟子達が目に映るもの・外側だけを見て、その本質を全く見ていないことを指摘されたのです。弟子達が見たのは、「神殿の石、神殿の建物」でした。神殿を通して神に心を向けたのではありませんでした。ただ、石と、建物に心を奪われたのです。そのことを主イエスは冷静に指摘なさいます。

「君たちは建物を見ているのか」

また、ヨハネ福音書にはイエス・キリストの墓が空になったのに、主の復活を信じられなかったトマスのことが記録されています。トマスは、他の弟子達から主イエスの墓が空になったと聞いても、主イエスが復活なさったということは信じませんでした。「あの方の手に釘の後を見、この指を釘後に入れて見なければ、また、この手をそのわき腹に入れて見なければ、私は決して信じない」とまで言いました。

その後、復活のキリストに会い、自分の目でその姿を見たトマスは、「私の主、私の神よ」と言いました。キリストはそのトマスにおっしゃいました。「私を見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」

「見ないで信じる人は幸いである」とは、私たちがいつ聞いても反省させられる言葉ではないでしょうか。

パウロは、「知られざる神」と刻まれた偶像を礼拝していたアテネの人たちに希望を見出しました。拝んでいるのが「知られざる神」「偶像の神」であっても、そこに神を求める心がある、ということなのです。

アテネの人たちに向かって、パウロが一番に伝えたことは、神は「世界とその中の万物を作られた神である」ということでした。神は天地の造り主である、というのは聖書が創世記で一番に伝えていることです。つまり、神を知ろうとする上で一番大切なことでした。

パウロは、この世界をお創りになった神は人間の手によって造ったものの中に納まるような存在ではない、ということから伝え始めました。繰り返しますが、人は見える物に弱いのです。パウロは、偶像を作って拝むということの恐ろしさを知っていました。聖書が伝えているイスラエルの歴史は、偶像礼拝による滅びの歴史でした。

イスラエルの王、ソロモンがエルサレム神殿を建てた時、ソロモンはこう祈りました。

「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることが出来ません。私が建てたこの神殿など、なお相応しくありません。」

ソロモンが言うように、神は天から目を注がれる方でした。人が造った建物の中に押し込められるような方ではありません。

神は、神殿を捧げて祈るソロモンにおっしゃいました。

「もしあなたたちとその子孫が私に背を向けて離れ去り、私が授けた戒めと掟を守らず、他の神々のもとに行って仕え、それにひれ伏すなら、私は与えた土地からイスラエルを断ち、私の名のために聖別した神殿も私の前から捨てる」

しかしイスラエルはその後偶像礼拝に走り、神の言葉通り、400年後にエルサレムは滅んでしまうことになります。パウロは聖書を通してその歴史を知っていました。偶像礼拝がどんな破滅をもたらすかを知っていました。だから、神は人間の手で作られるものではなく、人間を・世界をお創りになった神である、ということを一番に伝えたのです。

パウロは次に、神が人間を求めていらっしゃることを語りました。神は人をお求めになり、人に求められることをお望みになっているのです。

その招きのしるしとして、神はイエス・キリストの十字架と復活を世に示されました。パウロが伝えるのは、この方でした。

パウロは広場で語ったように、アレオパゴスでも、神が天創造の神であり、人を愛して求めていらっしゃる神であり、そのために、御子イエス・キリストを十字架に上げ、墓から復活させられたことを順を追って語りました。

アレオパゴスでパウロの言葉を聞いた人たちはどう反応したでしょうか。人々は「死者の復活」ということを聞いてあざ笑いました。そこでパウロの言葉を聞いていたのは、主に哲学者たちでした。「死者の復活」なんてことは、哲学的ではないのです。

「死者の復活」ということは、信仰の躓きとなる出来事ではないでしょうか。「そんなことは信じられない」と、誰もがトマスのように言うでしょう。

もしもパウロが、イエス・キリストの出来事を死者の復活に触れずに神について・キリストについて語っていたら、もっと受け入れられたかもしれません。しかし、パウロは、メシアの十字架と復活という、一番信じにくいこと・一番信仰の躓きとなることを抜きに神の救いを語ることはできませんでした。 Continue reading

2月19日の礼拝案内

次週礼拝(2月19日)】

 招詞:詩編100:1b-3

 聖書: 使徒言行禄17:22~34

 交読文:詩編15編

 讃美歌:讃詠546番、2番、168番、247番、頌栄542番

【牧師予定】

◇3月14日(火) 富士見町教会にて 伊豆諸島伝道委員会、東支区総会

◇毎週土曜日は牧師駐在日となっています。10時~17時までおりますので、お気軽においでください。

集会案内

主日礼拝 日曜日 10:00~11:

祈祷会 日曜日 礼拝後

牧師駐在日:毎週土曜日 10時~17時 ご自由にお越しください

2月12日の礼拝説教

使徒言行禄17:10~21

「『彼は外国の神々を宣伝する者らしい』という者もいた。パウロが、イエスと復活について福音を告げ知らせていたからである」(17:18)

テサロニケの町でのパウロの福音宣教は一部のユダヤ人たちによって妨害され、キリストを信じた人たちにも害が及びました。9節にヤソンという人の名前が出てきます。この人は、パウロを捕えようとしていた人たちによってつかまってしまいますが、自分の身を犠牲にしてパウロの福音宣教を続けさせようとしました。ヤソンが捕らわれている間に、テサロニケの町にいたキリスト者の仲間たちが夜の闇に紛れてパウロたちをテサロニケから逃がし、ベレアの町へと送り出したのです。

パウロたちはベレアの町でも同じようにユダヤ人の会堂に入って福音宣教をしました。伝えたのは、テサロニケで伝えたのと同じことでした。

「メシアはかならず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた」

「そのメシアは私が伝えているイエスである」

ベレアの人たちは、テサロニケの人たち以上に素直に、そして熱心にみ言葉を受け入れた、と書かれています。それだけではなく、自分たちが受け入れた福音がどれだけ確かなことなのか、毎日聖書を調べ続けた、とあります。

パウロが伝えた福音をベレアの人たちが信じたのは、それが聖書に基づいていたからでした。パウロは、ただ自分に起こった不思議な体験談を語ったのではありませんでした。ベレアの人たちは、パウロが体験したことを面白いから受け入れたのではありませんでした。パウロが伝えるイエスという人の十字架と復活が聖書に預言されていた神の救いと合致していたからです。

ベレアの人たちは、一つ一つ丁寧に聖書の言葉を確認しながら、イエスがキリストであることを受け入れていきました。そして「もっともっと」と、聖書の言葉とパウロが語る福音の内容を吟味していきました。

そのようにして、ベレアの町には、次第にナザレのイエスの十字架と復活を神の救いの御業として受け入れる人が増えていったのです。その人たちの聖書を求める姿が、新たにギリシャ人の上流婦人や男性も信仰へと導くことになりました。聖書を求める人たちの姿が、他の人たちに「聖書には何かがあるのではないか。自分も知りたい」と思わせていき、共に聖書を読むようになり、信仰へと導いて行ったのです。

最初にベレアに福音を伝えたのは、一人のユダヤ人、パウロでした。それを聞いた人たちは、聖書の言葉を熱心に求め、吟味していきました。そしてその人たちの信仰の姿が、人々を新しく信仰へと招き入れることになっていきました。

私達はここで、人をキリストへと招くものは何か、ということを考えることができるのではないでしょうか。ベレアの町でたくさんのギリシャ人を聖書の信仰へと導いたのは、福音を聞いて聖書を求めた人たちの信仰の姿でした。信仰者が聖書の真理を求める姿が、次の聖書を生みだすことになるのです。キリスト者が聖書のみ言葉を求める姿が、聖書の真理へと通じる道を示すことになるのです。

私たちは、ここに自分たちの礼拝生活、信仰生活の意義を見出すことが出来るでしょう。誰かをキリストの元へと導くには雄弁でなければならない、理路整然と聖書を説明できないといけない、自分が立派でなければならない、などと考える必要はないのです。それ以上に、私たちはキリストを求めることで、キリストを世に指し示すことになるのです。道を求める者、つまり、求道者として歩む足跡が、次の求道者のための道しるべとなっていくことになるのです。

一回一回の礼拝に向かう私たちの礼拝者としての姿が、日々の生活の中で人知らず祈る私たちの姿が、次の信仰者を生みだすことになります。そう考えると、私達の小さな礼拝がどれだけ多くの力をもっているのかがわかるのではないでしょうか。

テサロニケでの迫害から逃れてきたパウロたちは、ベレアで人々に福音が受け入れられ、根差していく様を見ました。しかし、それを見てゆっくり喜ぶ時間はありませんでした。テサロニケのユダヤ人たちがベレアにまで押しかけて来て、パウロの福音宣教を妨害したのです。

またパウロはすぐに逃げなければならなくなりました。ベレアのキリスト者たちがパウロをアテネの町へと逃がしました。今回は、パウロだけがアテネに先に逃げました。シラスとテモテと一緒に逃げるだけの時間もないほど、切羽詰まっていたということでしょう。パウロは一人でギリシャのアテネまで逃げて、そこでシラスとテモテが後から来るのを待つことになりました。

パウロの時代、アテネはギリシャ文化の中心でした。広いローマ帝国の中でも、様々な文化の交流地点になっていた国際的な町でした。

ユダヤ人であったパウロの目には、アテネは「偶像の町」として映りました。そもそも、守護神である女神アテネにちなんで名づけられた町です。「パウロは、アテネで二人を待っている間に、この町のいたるところに偶像があるのを見て憤慨した」と書かれています。

パウロは二人が追いつくまでの間、一人でもアテネの町で福音を語り続けました。ユダヤ人の会堂だけでなく、広場にも行って、そこに居合わせた人たちにイエス・キリストのことを伝えていきました。

有名な哲学者、ソクラテス以来、アテネの人々は広場で議論して来ました。パウロが広場に行くと、ストア派、エピクロス派の人たちがいた、ということが書かれています。これは、哲学の学派です。

広場にいた哲学者たちは、パウロが語るのを聞いて、「このおしゃべりは、何を言いたいのだろうか」とか、「彼は外国の神々の宣伝をする者らしい」と言いました。

「パウロが、イエスの復活について福音を告げ知らせていたからである」と聖書に書かれています。人々は主イエスの復活、死者の復活ということに躓いたのです。

パウロは「外国の神々の宣伝をする者らしい」と言われていますが、アテネでそのように言われることには特別な意味合いがあります。有名な哲学者ソクラテスは、「アテネの人が信じることができない外国の神を持ち込もうとした」という罪で処刑された。パウロがアテネの町でそのように言われることは、敵意をもって見られた、ということですし、下手をするとソクラテスのように殺されかねません。

パウロはアレオパゴスへと招かれました。それは会議や法廷が開かれた場所でした。パウロは公の場で語ることを求められたのです。それは危険なことでもありましたが、パウロはそれでもアレオパゴスでイエス・キリストの復活を語ろうとしました。敵意と嘲笑に囲まれた中でも、イエスという方の復活を語ることをやめなかったのです。

パウロはここまで、イエス・キリストの十字架と復活を語り続けてきた。そのことで迫害されながら次の町、次の町と流れて来ました。それでもパウロはイエス・キリストの受難と復活を語ることをやめませんでした。

パウロは、後に、コリント教会にこう書き送っています。

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。」

パウロは迫害を受け、何度も町から追い出されても福音宣教を諦めませんでした。迫害の中で宣教を続ける自分のために、神がいつでも「逃れる道」をお与えくださっている、ということを体験から知っていたからです。使徒たちの福音宣教は試練の連続だった。しかしテサロニケでも、べレアでも、パウロたちが宣教を続けられるよう、周りに助けようとするキリスト者たちが備えられていました。

試練の中で「逃れの道」のが与えられてきたパウロはそのことを伝え、コリント教会にこう言っている。

「私の愛する人たち、こういう訳ですから、偶像礼拝を避けなさい」

パウロは、「どんな苦難の中にあっても、耐えられない試練を神はお与えにならない、逃れの道も備えてくださる、だから偶像礼拝を避けなさい、神は信頼に足る方だ」と伝えるのです。

我々人間にとって、偶像礼拝ほど魅力的なものはないでしょう。自分の手で神を作ることが出来るのです。自分の願いを込めて、自分で形作ることが出来る・・・それは自分を神とすることでもあります。

聖書にあるように、私たちにとっての一番の誘惑は、自分が神になる、ということです。真の神を忘れ、自分中心に生きることしかできなくなった人間が行きつくところは、偶像を求める、ということではないでしょうか。

そのことがどんなに危険かことかを、パウロは知っていました。コリントの信徒への手紙の中で、パウロはこう書いています。

「もし、死者が復活しないとしたら、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』ということになります。」

イエス・キリストの復活がもしなかったとしたら・・・我々人間にとって、目の前にある快楽だけが全てになってしまう、明日のことにも希望をもてなくなってしまう・・・空しいのです。快楽による幸せは一瞬なのです。後には空しさが残ります。

パウロはその空しさからキリストは私たちを救い出してくださったことを伝えます。パウロはこう書いています。

「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」

キリストの復活は、我々にとって大きな意味がありました。イエス・キリストが「初穂」として復活なさった、ということは、それに続くものがある、ということです。つつまり、キリスト者です。キリスト者が、キリストの復活に続く者とされている、ということです。

復活が無ければ食べて飲もう、どうせ死ぬのだから、一瞬の快楽を求めようという空しい命になります。しかし今や、キリストの復活が、肉体の向こうにある永遠の命という希望を私たちに見せてくれているのです。 Continue reading